第2話 綺麗な花嫁
「ええと、こ、こんな感じでいいのかなあ?」
「化粧なんて向こうでやってくれるだろ。それより、時間ないぞ」
「えー、待ってよー。しゅうちゃんはお化粧しなくていいからずるい」
「紫月は化粧しなくても十分綺麗だって」
「そ、そうかな? えへへー」
紫月が身ごもったことを知ったあの日から、目まぐるしく日々が過ぎている。
まず翌日、俺と紫月の両親に報告。
ただ、結婚についてはほぼスルーだった。
そりゃするだろ、ていうか子供はまだか、早く孫が見たい。
好き放題だったけど、本当に子どもができたと言ったらみんな大騒ぎ。
気の早い紫月の父親なんて、翌日にベビーベッドを買って届けにきてくれたっけ。
まあ、みんなに祝福されてるってのはいいことだけど。
ちなみに紫月は、一緒に勤めている役所を入所早々に産休となった。
役所内でも紫月のファンはもちろん多く、男性職員の多くは俺の方を見ながら恨めしそうな顔をしていた。
ま、そういうのは高校の時から慣れてるし。
誰にも譲る気はないからいいんだけど。
で、今は何をしてるかって話だが。
うちの母親に「写真くらいは取っておきなさい」って言われて、結婚写真を撮るために写真館へ行くための準備をしているところ。
お腹が大きくなる前にってことで急いで予約したんだけど、紫月のお腹はほんの少しだけ膨らみかけている。
「でも、しんどかったら言えよ? 写真なんかいつでもいいんだし」
「うん。でも、しゅうちゃんと一緒に写真とか撮ることなかったから、楽しみ」
「そういやなかったな。ま、ずっと一緒だから今更だったし、小学校の時の写真とかしかないもんな」
「でしょ。だから早く早く」
「いや、お前を待ってるんだよ」
◇
「わー、すっごいきれー」
結局紫月のマイペースに付き合わされて時間ギリギリに駅前の写真館に着いた。
表に飾ってあるサンプル写真には、きりっとしたタキシードの男性と純白のウェディングドレスを着たきれいな女性が写っていた。
「ふーん、こういう感じか」
「あ、緊張してるねしゅうちゃん。えへへ、私のドレス姿みたらもっとドキドキするかもよ?」
「もうすでに緊張はピークだよ。なんか、恥ずかしいよな」
「ふふっ、しゅうちゃんのタキシード姿楽しみ」
ルンルンな様子で紫月と店内に。
そして受付の女性に迎えられ、予約の名前を伝えると奥に通された。
まあ、親が多少金を出してはくれたものの、働きだしてすぐということや子供が生まれるという事情もあって、写真は向こうにお任せで一枚だけということになっている。
最も、店の人に選んでもらうというのは正解で、なぜなら紫月は昔っからファッションセンスというものが皆無でもあるからだ。
部屋では灰色のスウェットでうろうろしてるし、黒のジャージで普通に買い物に行こうとするし、たまに私服を買ってきたかと思えば、中学生みたいなファッションばかり選んでくる。
元がいいからそれでもギリギリ成り立つが、普通の人が同じことをやったらやばい奴と思われるほど、服装に対しての頓着のなさとセンスのなさは今も変わらない。
「ねえしゅうちゃん、あのドレスかわいくない?」
「うーん」
指さす先にあったのは、ピンク色のちょっと見てて恥ずかしくなるようなドレス。
いや、やっぱりセンスねえ。紫月はかわいいんだから、ノーマルなタイプでいいんだよ。
「店の人に任せてあるから」
「あ、そっか。うん、それじゃ着替えてくるね」
「ああ。待ってる」
俺も俺で更衣室へ。
ただ、俺はシンプルな黒のスーツに蝶ネクタイという格好に着替えるだけですぐに終わる。
で、花嫁衣装に袖を通す紫月をドキドキしながら待つ。
ゆっくりと時間が流れる。
まだかなと、何度も時計を見直して、そわそわしていると係の人がやってきて、
「お嫁さん、すっごくきれいでびっくりしますよ」
なんて言って俺を和ませようとしてくれる。
でも、そんなことを言われたら余計に期待してがちがちになって。
これ以上待ってたら貧血にでもなりそうだなんて思ってたところで、ようやく奥のカーテンが開いた。
「……わあ」
思わず、声が出た。
純白のドレスに身を包んだ紫月がゆっくりと立ち上がって顔を上げる。
もう、この世のものとは思えない美しさだった。
銀髪の妖精が、ドレスを着てそこにいるような。
あれが自分のお嫁さんだなんてちょっと信じられないほど。
いつもより少し濃いメイクも、紫月を大人っぽく演出させる。
「しゅうちゃん、すっごくかっこいいよ」
「う、うん……」
「ふふっ。ねえ、私は、どうかな?」
そっと両手を広げて、俺に微笑む紫月を見て言葉が出てこなくなる。
綺麗だ、かわいい、似合ってる、最高だ。
どの言葉も安っぽい。
今の紫月にピッタリな言葉なんて、どこにもない。
どう言い表したらいいか……いや、かっこつけてる場合じゃ、ないな。
「紫月、めちゃくちゃかわいい」
「えへへ、ほめられちゃった。うん、しゅうちゃんのお嫁さんだから、きれいじゃないとね」
「……俺の方こそ、だよ。並んで撮るの、恥ずかしいな」
「ううん、しゅうちゃんはかっこいいもん。ずっと、私の大好きなしゅうちゃんだから」
「うん……」
見つめあって照れていると、係の人が笑いながら「そろそろ写真撮りますよー」と。
慌てて互いに目を逸らして、言われるまま二人で並ぶ。
俺の少し前の椅子に紫月が座って。
俺はちょっと斜めを向いて立たされて。
「はーい、撮りますよー」
記念撮影は、あっという間だった。
写真は数日後にアルバムに入れた形でくれるということで、俺たちは撮影を終えると着替えなおしてからお金を払って、店を出た。
◇
「ふう……紫月、なんか食べて帰るか」
「うん。ラーメン食べて帰ろ?」
「あはは、そういうの好きだな。ま、いっぱい食べないとだし、撮影終わったから多少太っても大丈夫だろ」
「えー、太るのやだ。きれいなママになりたいもーん」
「じゃあ子供生まれたらダイエットだな。野菜生活」
「えー、それもやだー」
さっきまでとは打って変わって、いつも通りのダボっとした私服で俺の隣を歩きながらやだやだと駄々をこねる紫月を見ていると、さっきのドレス姿の彼女が本当に紫月だったのかって疑うレベル。
でも、本当にきれいだったし。
ああいう姿の紫月を見れたのも、よかった。
ただ、
「いてて……」
「どうした? 足ひねったか?」
「しゅうちゃん、さっき履いた靴で靴擦れしちゃった……足がひりひりするの」
「はあ……もうちょっとだけど、我慢できるか?」
「うーん、痛い……」
「ったく。おんぶしてやるから」
「ほんと? わーい、しゅうちゃんにおんぶされるの久しぶりだー」
こうやって、いつまでも子供みたいに甘えてくる紫月がやっぱり好きだ。
別にドレスを着ていなくても、化粧で飾ってなくても、ありのままの彼女がいい。
「しゅうちゃん、いつもありがとね」
「何がだよ。いつものことじゃん」
「ううん、そうじゃなくって。写真、嬉しかった」
「……結婚式とか、できなくて申し訳ないよ」
「えへへ、私ね、人前は苦手だから。だから、しゅうちゃんと二人っきりでああやって写真撮る方が、よかったよ」
「もう、二人じゃないだろ」
「あ、うん。そうだね、赤ちゃんも、一緒に写ってるんだよね。えへへ、じゃあもっとよかった。パパ、大好き」
「まだパパは早いって」
「そだね、えへへー」
この後、二人で一緒にラーメンを食べて家に帰ってゆっくりして。
今日は何気ない紫月との日常の中で、少しだけ特別な一日になった。
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