天然でポンコツで、でも優しくて甘い幼馴染な俺のおよめさん ※「G’sこえけん音声」音声化短編コンテスト作品 

明石龍之介

第1話 ずっと一緒だね

「しゅうちゃん、ほっぺにご飯粒ついてるよー。取ってあげよっか?」

「いいよ別に。それに、紫月こそどうしておでこにご飯粒がついてるんだ?」

「え、うそ? や、やだ、とってよしゅうちゃん!」

「はいはい」


 神前秀太かんざきしゅうた、現在二十三歳。


 社会人一年目の今、公務員になって役所に勤める俺は同棲している彼女の四条紫月と一緒に、休日の朝を満喫しながら朝食をとっている。


 四条紫月しじょうしづく、俺と同じ二十三歳。

 母の家系譲りというくせ毛の銀髪が特徴的な、俺の幼馴染。

 切れ長の大きな目、鼻筋は高く通って色白で、いつも頬がほんのりとピンクがかっている小柄な女の子。

 自分の彼女のことをほめまくるのは少々恥ずかしいが、容姿だけで言えば紫月は誰が見ても納得の美人。

 かわいいときれいのちょうど相中という感じで、すれ違う人は誰もが紫月の浮世離れした容姿に振り向いて二度見する。


 そんな彼女と俺は、ずっと幼馴染。

 いつから、と言われてもあいまいなくらい、とにかく物心ついた時からずっと一緒。

 で、高校二年生の春に正式に付き合ってから、それまで以上に彼女とはずっと一緒だ。


 大学に進学するにあたって、同棲。

 四年間ずっと同じ部屋で過ごして、一緒に地元に帰ってから今も同棲中。


「しゅうちゃん、今日はお休みだから一緒にお出かけしようね」

「いいけど、また足が痛いとか言わないでくれよ? 紫月をおんぶするの、学生ならともかく社会人になってまでは恥ずかしいからな」

「あー、そうやって大人ぶるんだー。やだー、私はずっとしゅうちゃんとラブラブしていたいんだもん」

「今でも十分ラブラブしてるつもりだけど」

「もっとなの。甘やかしてほしーなー」

「はいはい、こっちこいよ」

「うん」


 向かい合わせでご飯を食べていたのに、いつの間にか紫月は俺の隣にやってくる。


 そして、いつものように俺の膝に頭を置いて、猫のように甘えてくる。


「えへへー、しゅうちゃんのお膝ってすっごく落ち着く」

「よしよし。相変わらず、くせ毛なのになんかサラッとしてるよな紫月の髪って」

「しゅうちゃん、私の髪を触るの好きなんでしょ? 知ってるー」


 もふもふと、紫月の髪の感触を楽しんで。

 紫月が「充電かんりょー」って言って起き上がったら、俺が食器を片付ける。

 料理は紫月が担当。片付けとか洗濯は基本的に俺の仕事だ。


 昔っから、紫月はドジでポンコツで、料理なんてろくにできないどころか、紫月クッキング一回につきお皿一枚クラッシュは覚悟していたレベル。

 それでも、高校の途中から練習し始めた料理はすっかり俺なんかより上手になって。


 今じゃ紫月の手料理が楽しみである。

 まあ、昔もある意味では楽しみだったんだけど。


「なあ紫月、買い物って何見たいんだ?」

「んーっとね。まあ、色々と。服とか、ベッドとか」

「この前夏服買ったじゃん。それにベッドは今ので十分だと思うけど」

「えへへ、しゅうちゃんならそういうと思ってた」

「?」

「いーのいーの。とにかく買い物行こ」

「はいはい」


 洗い物をする間、部屋の中央でのんべんだらりとする紫月を見てちょっと癒される。

 ほんと、猫でも飼ってる気分だ。

 いや、猫の数倍は癒し力がある。

 それに、


「しゅうちゃんしゅうちゃん」

「ん、なんだよ。もう終わるから」

「んーとね、しゅうちゃん大好き」

「……急になんだよ」

「えへへ、一生懸命洗い物してるお顔、かっこいいなって」


 こんなことを猫は言ってくれないだろ。

 ほんと、いつまでも見ていられる。

 飽きないよなあ、ほんと。



「ふんふーん、おでかけおでかけ」

「転ぶなよ。ほら、手」

「うん、しゅうちゃんの手、あったかーい」

「暑いだろ。もうすぐ夏なのに」

「夏かあ。お祭り、今年も行きたいなあ」

「行けばいいじゃん。どうせいっぱい食べるんだろ?」

「うん。行きたいな」


 一緒に手をつないでショッピングモールへ。

 休日とあって、家族連れでにぎわっている一階フロアでは、小さい子どもたちの笑い声があちこちで響いている。


「なんか小さい子、増えたね。高校生の頃はあんま見なかったのに」

「なんか二年前に駅開発があっただろ? それで店とかマンションとかが増えて、移住者とか地元に帰ってくる人が増えたって言ってたぞ」

「へえ。じゃあ私たちも一緒だ。いいなあ、子供かわいい」

「……そうだな」


 一緒にエスカレーターに乗って二階に上がりながら、ふと思う。

 ずっと一緒に住んでるから今の同棲も当たり前って感じで特に何も思わなかったけど。

 プロポーズとかって、まだなんだよなあ。

 まあ、昔っから紫月が「将来はしゅうちゃんのおよめさんになるの」って言い続けていたし、俺もそのつもりだから今更改めて言うことでもないんだけど。


 やっぱり、はっきり言葉にした方がいいよな。

 そういえばだけど、高校生のある時期に紫月が俺のことを好きすぎて避けるという謎の状態に陥ったことがあったっけ。


 あの時も確かおんなじことを考えてた。

 言葉にしないとわからない。

 俺がちゃんと言わないから、紫月がずっと不安なんだって。

 結局付き合ってくれとは言えたけど、今の状況はあの頃とよく似ている。


 一緒にいて当たり前、一緒に住んでて当たり前、だから結婚するのも当然って。

 頭ではわかっていても、だからといって何も言わないっていうのはまた紫月を不安にさせるんじゃないか。


 どっかでちゃんと、タイミング見ていわないと。

 ……指輪とかも、やっぱりいる、よな?


 二階に上がってすぐのところにある宝石店をちらりと。

 でも、紫月は「おなかすいたからまずごはんにしよー」なんて言って俺を引っ張っていく。

 ま、もうちょっとタイミング見て、だな。



 紫月が食べたいっていうので、フードコートでたこ焼きを食べているところ。


「んー、おいしかった。デザートも食べていい?」

「食べ過ぎるなよ。昔食べ過ぎて吐いたことあったの、覚えてるだろ?」

「むー、あれは言わない約束なのにー。でも、あの日にしゅうちゃんから告白してもらったんだよね。だったらそれもありかなー」

「なしだよ。こっちはそれどころじゃなかったんだからな」


 高校生の時、紫月が家で作ったたこ焼きをたべすぎて吐いたって事件があった。

 その時、泣きながら「およめさんにいけない」って言ってた紫月を見て、安心させてやろうって決心が固まって告白したことを、自分で言いながら思い出して恥ずかしくなる。


 なんか締まらない告白だったよなあ。

 だからこそ、プロポーズくらいはびしっと、ちょっといいレストランで食事でもしながらしたいって思うけど。

 

「ええと、それじゃ買い物、いい?」

「まあそのために来たんだからな。どこ行きたいんだっけ?」

「ふふーん、ついてきてついてきて」


 先に行く紫月についていくと、着いた店はなんとベビー用品店。

 そして外からベビーベッドや前掛けなんかの展示品を見ながら、「いつかこういうの買うんだなあ」って。


「……紫月、まさかとは思うけど、まさかなの?」

「え、な、なな、なんのことかな? い、いつかの話だよ? うん、いつだろうねー」

「……」


 嘘が下手すぎる。

 それに、いきなり赤ちゃん用品を見たいなんて、まあ、そういうことなんだってわかる。

 いや、ずっと一緒にいて気づかない俺も俺だけど。


「……何か月、なんだ?」

「え、な、なにがかなー?」

「もういいよ。卒業旅行行ったあと、そういや体調おかしかったもんな」

「……うん。実はね、三か月なんだって」


 お腹をさすりながら、紫月はちょっと嬉しそうに笑う。


「ほんとはね、もうちょっとしてお腹おっきくなったところで、しゅうちゃんに「太った?」なんて聞かれたら驚かせようって思ってたんだけど」

「そ、そんな大事なことならもっと早く言えって」

「えへへ、たまにはしゅうちゃんがびっくりするとこ、見たくて」

「ったく……、でも、嬉しい」


 店の脇で。

 紫月をそっと抱きしめた。


「でも、大事なことはもっと場所選んで言ってくれよな」

「ごめんなさい……なんか、どうやって言えばいいかわかんなくって」

「いや、俺の方がはっきりしないから悪かった。紫月、結婚しよう。俺、頑張って働くから」

「うん……しゅうちゃんのおよめさんに、なるの」


 耳元で震える声で囁く紫月を。

 ぎゅっと抱きしめたかったけど、おなかの中の子供のこととかが頭にあって。

 そっと、包み込むように彼女を抱きしめてから。


「じゃあ、ベッドとか服とか、買わないといけないな」

「えへへ、どっちなんだろ? まだ病院行ってもわからないよね?」

「どっちでもいいって。それより今度は一緒に行くよ。俺も早く見てみたい」

「うん。男の子なら秀二かな?」

「どっちもしゅうちゃんになるからそれはダメだろ」

「ふふっ、そうだね。しゅうちゃんはしゅうちゃんだけだからね」


 結局、一緒に店の中をぐるぐる回って店を出た。

 プロポーズは、きれいなレストランでもホテルの最上階でも夜景の見える丘でもなく、休日で賑わうショッピングモールの一角なんて、やっぱり俺たちらしいけど。


 でも、ずっと隣で「しゅうちゃんの子供、早く見たい」なんて言ってくれる紫月と本当に結婚するんだって思うと。


 嬉しすぎて帰り道の会話なんて、覚えてもいなかった。

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