第22話 こんにちは駐在さん
重い実用車なりのゆったりしたスピードで、その自転車は三人の方へと近付いてきた。
「こんにちは」
にこやかに声をかけてきたのは、中年期も終わろうかというベテラン感の有る警察官。慌てた様子も無く、何か事件が起きて移動しているという感じでも無い。
警察官は三人の近くで自転車を停めた。
「こんにちはぁ」
「こんにちは」
「こにちは!」
声をかけられた以上、何も返さないのは怪しまれる。
もしこれが制服着てない人からだったら、通報して『おっさんの声かけ事案発生』として広まっていただろう。
「美しいお嬢さんたちは、旅行かな?」
「やっだぁ! 美しいだなんてホントのことをぉ!」
一番喜んだのはコフカ。
「何も無い町にわざわざ。でもこの平和な町も、もうすぐ物騒になるよ。泥棒さんが来るからね」
「泥棒ぅ?」
なんの事かは知っているが、あえて知らないフリをするコフカ。
(このまま応対はコフカに任せても良さそうだ)
キャラメルは思う。
「知らないのかい? 泥棒への宣戦布告。向こうのお屋敷にいっぱい来るよ」
「えぇー! 向こうのお屋敷って、ニスコさんのですよねぇ? 私たちファンでぇ、外からでも見れないかなぁって思ったんですけどぉ」
「んー……見るだけなら出来るんじゃないかなぁ。何か有ったら駅向こうのニュータウンにに駐在所が有るから、そこへ来なさい。パトロールが終わったら戻るからね」
「はぁーい」
駐在さんは再び自転車を漕ぎ出し、パトロールを再開した。
ある程度離れてから、
「ねぇ、どうだったぁ?」
と、コフカ。
「大丈夫じゃないかな? ああいうのは、まったりしているように見えて、意外とキレ者だったりするんだよ。危なかったら代わろうかと思ったが」
「そう? ああいう駐在さんって、探偵物とかだと驚き役とかやってそうだけど」
「それは有るな」
「オヤブン、チュウザイさんってなに?」
駐在を知らないシロタマが訊いてきた。
「ああ、現地住みの警察官だな。地域との繋がりが強いから、意外とくせ者が多くてなあ」
一方、キャラメルたちと別れた駐在さん。
自転車を漕ぎながら考えていた。
「ファンなのにニスコさん、ねぇ……」
訝しんでいた。
さらに歩いて来たキャラメルたち。駅が近くなると住宅の密集度が増えて、田畑より住宅が多い状況になってきた。駅北側の踏切を渡り、駅前へと行く。踏切を渡る時に駅の方を見ると、構内は広かった。保管庫へのの引き込み線が有る為だろう。
三人は東口にある白い壁の古ぼけた小さな駅舎前へとやって来た。駅前は個人商店と小さな酒場が有るぐらい。そして住宅が点点、そして点と点在。他に何も無かった。
無い。何も無い。本当に何も無い。
駅前にはタクシーすらいないのである。
「のどかな駅ねぇ」
「のどかっつーか、何もねえな」
有るのは、吹き抜ける風の音ぐらいだ。
「宿も無いんじゃないか?」
「私、駐在さんにニスコの家見学に来たって言ったけど、本当に来る人いるのぉ?」
周囲には旅行客すらいない。まず、住人も歩いていない。
「もしかして、あの『旅行かな?』も罠だったのぉ?」
「まあ、それを言い出すと、全部怪しく見えるぞ」
「えー、バレたかなぁ?」
「分からん」
キャラメルとコフカが話し合う中、シロタマは古い駅舎に興味津々で、色々な角度から眺めていた。
それを見たキャラメルが一言。
「――駅鉄?」
あまり知識の無かったシロタマが鉄道の知識だけは豊富だったとか、それはそれで「教えたのは誰だ!」と言いたい。
駅前で言い合ってても話は進まないので、キャラメルたちはニスコの屋敷の方へ歩みを進めた。駅周辺は少ないながらも店は有ったが、離れると再び田畑に住宅が混じるような風景へと変わる。相変わらず足元のアスファルトから立ち上る熱は暑く、三人の体力を奪っていく。
「思ったんだけどぉ……」
先頭をダラダラ歩くコフカが口を開く。
「後で同じ距離を戻るのよねぇ」
キャラメルは少し考える。
「……そうだな」
「えぇー……もっと楽な移動方法無いの? 駐在さんみたいな自転車とかぁ」
「いや、それは多分無理だな」
キャラメルは後を歩くシロタマの方を向いた。
「シロタマ、自転車乗られるか?」
と訊くと、シロタマは首を横に振った。
「コブン、乗ったこと無い」
「な?」
キャラメルはコフカの方を向いたが、愕然とした表情をしていた。もうこれは歩く事が確定したからだ。
「今回、絶対
コフカは気を吐いてモチベーションを維持しようとしていた。
さらに歩いて歩道橋の有る大きな交差点を過ぎると、左手に高い壁が見えてきた。道路沿いに高い壁は続く。
どこまでも、どこまでも。
「これがニスコの家ぇ?」
「みたいだな」
「長い! コブン、初めて見た」
この長い塀の近くがニュータウンのようで、比較的新し目な住宅が立ち並んでいる。駐在所もここに有るようだ。
いつ終わるか分からない塀沿いに歩いていくと、かなりの距離を歩いたところで奥に入っていく道が現れた。その奥には、大きな鉄門が見える。門の向こうには、写真で見た噴水と巨大な屋敷が見えた。
そして門の前には、門番らしき黒いベストスーツにサングラスの女性が二人、凛として立っている。
「あれが入口、か?」
「でしょうねぇ」
入口は高い鉄門と高い壁、門番でガッチリガードされていた。
「正面は無理だな。行けるとは思って無かったが」
「オヤブン、スポットライトは?」
スポットライトは前回使った手。スポットライトで門番の視界を奪って、入口を突破した。
「まずスポットライトが無いからなあ。コフカ、変な技で足止めは」
「んー……できないこともないんだけどぉ、あまり何回もできないから、使う場所を選ばないとぉ。私はここじゃないと思うのぉ」
「そっか……」
例え門を突破出来ても、屋敷までが遠い。
どうしようか考えていると、一台の乗用車が門の方へと進んで行った。門番たちは身構える。
その車は門の少し手前で停車。中からは大男が降りてきた。
メイド服姿で。
「あたしー、メイド志望で来たんだけどー、入れてくんなーい?」
「ご……剛の者すぎんだろ!」
キャラメルは大声を出しそうになるのを抑えるのに必死だった。
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