第19話 平らな露天風呂

 楽しそうなニスコの部屋と違って、暗い雰囲気が漂うチカモールの旅館では……。

「なんだアイツぅ!」

「やめろお! 弁償するのはオレだぞ!」

 コフカがテレビに向かってポットを投げようとしていたので、キャラメルが後から羽交い締めにして必死に止めていた。

「オネエサン。テレビの中の人、いない」

「当たり前だ!」

 キャラメルは思わず叫ぶ。コフカを止めるのに必死。意外と力強いのである。

「ポット投げても、ニスコに当たらない。ポットがカワイソウ」

「テレビの心配もしてやれよ!」

 キャラメルは必死にコフカを抑えていたが、不意にコフカの力が抜けた。バランスを崩しそうになるが、なんとか踏みとどまった。

「そうねぇ……シロタマちゃんに言われるなんて……」

 ようやく落ち着いたのか、コフカはポットをテーブルの上に戻した。

 だが、俯いたままのコフカ。

 その様子を見ていたキャラメルは、

(我慢出来ない)

 のである。

 そしてキャラメルはコフカの尻を叩いた。

「らしくねえな。いつもみたいに盛り上げてみせろよ」

 コフカは暑苦しいが、元気が無いのもそれはそれで寂しいのである。

「そうね。落ち込んでても始まらない」

 コフカが顔を上げた。

「でもね、売られたケンカは買うわぁ。火事と喧嘩は江戸の華って言うじゃない?」

「ここは江戸じゃないけどな」

「私が盛り上げなきゃ」

 コフカの目付きが変わった。いつものコフカに戻った。

「ニスコの挑戦、受けましょ」

「だな」

「まずやることと言えば……ニスコって誰ってところからぁ?」

「そうだな。全宇宙に名を轟かすって言うが、オレ知らんし」

「コブンも知らない」

 そう。誰も知らないのである。

 まずは情報を集める事にした。


 翌日の旅館。

「くっそぉ……銀河速報のヤツ、需要が有るからってふっかけやがってえ」

 不機嫌な状態で帰ってきたキャラメルは踏込で靴を脱ぎ、主室の和室へと入ってきた。

「あん?」

 広い和室には煎餅をかじるシロタマだけ。コフカの姿が見えない。

「コフカは?」

「オネエサン、オフロ」

「そっか」

(大浴場か……)

 コフカが帰ってくるのを待とうと和室で座ろうとした時、部屋の奥から水が流れる音がした。

「!?」

 すぐに立ち上がったキャラメルは早足で脱衣所へ向かい、疑似露天風呂の扉を勢いよく開ける。

 そこには眼下に森の広がる山間の風景が有った。

 チカモールは地下に有るので常時夜なうえ、風景も人工的な物しか無い。この旅館では壁スクリーンに風景を映しだし、疑似的な露天風呂を作り出している。あまり広くない浴室は、標高の高い場所に有る天空の露天風呂へと変貌していた。風も吹いていて、本当に露天風呂に居るような気分になれる。風景は数種類有り、入る前に変える事も出来る。

 そして銭湯や大浴場ほど広くない、あひるの浮かんだ湯船の中にはコフカの姿。風景を映している奥の方を向いていて、キャラメルが来た事には気付いていない。

「あーっ、ここ最高ぉっ! なんでもっと早く教えてくれなかったのぉ? キャラメルちゃんもケチねぇ」

「ケチで悪かったなあ」

「キャッ! ひゃあっ!」

 振り返ったコフカは、冷たい目で見下ろすキャラメルを見て、震え上がった。

「なーにやってんだ?」

「その……シロタマちゃんが部屋のお風呂あまり使ってないって言うから、使わないともったいないかなー、ってぇ……」

 キャラメルは大きな風呂が好きである。なので銭湯や大浴場を利用する事が多く、客室の疑似露天風呂は大浴場まで行く体力が無い時以外は使わない。

「私の部屋、露天風呂付いてないんだもぉん」

 使わないのにキャラメルがこの疑似露天風呂付きの部屋を選んでいる理由は、部屋が広いから。それだけだ。

「ほれ、行くぞ」

 キャラメルはコフカを湯船から引っ張り出した。

「ぁあぁぁん、ちょっと待ってぇ! せめて服ぐらい着させてぇ!」


 和室にキャラメル、シロタマ、コフカの三人。浴衣を着たコフカは風呂上がりなので、ほんのり部屋が暖かく感じる。

「ということで、ニスコの情報を仕入れてきた」

 と、キャラメルはテーブルにニスコの写真を置いた。銀河速報から貰った写真だが、なにか盗撮した感の有る写りだった。この写真をどうやって手に入れたかは、訊かなかった。訊けなかった。

「ニスコ・レイソン。複合企業コングロマリットレイソングループのお嬢様だな」

「レイソングループなら知ってるぅ。ニスコは知らなくても、レイソングループなら宇宙に名を轟かせているんじゃなぁい?」

「うむ」

「コブン、レイソングループ知らない」

 話に加われないシロタマは少し悲しそうにしている。

「どんだけ世間から離れた生活をしてきたんだ」

 レイソングループは買収で大きくなった宇宙的企業で、宇宙船製造のサティマムコーポレーションよりは、一般人にも身近に有る物を手がけている。

 ニスコは世間知らずのお嬢様っぽいが、シロタマは別の方向で世間知らずだ。世間と隔離されていたのだから、知らないのは仕方無いのかもしれない。

「で、この子はどこにいるのよ。レイソングループ本社? 強敵じゃない?」

「いや、今は一人暮らし……一人暮らし? メイドとかと新しく建てた家に住んでいるらしい。だから一人暮らし、じゃないよな? メイドと暮らしてるのなら」

 キャラメルは別の写真を出す。そこには瀟洒な三階建てのお屋敷が写っていた。窓は大きく、オシャレなバルコニーも有って、どこの神殿ですか? みたいな装飾の施された柱も見える。

「この旅館と同等か大きい建物だけど、旅館?」

「いや、家だよ。コイツの」

「おっきすぎぃ……。こんなの初めてぇ」

「まぁ、逆に行きやすいだろ。実家だともっとデカいぞ、多分」

「これ、建てたのぉ? 新しくぅ?」

「らしい。学園のお友達を連れてきてもいいように、もっと入りやすい家を、とニスコの為に建てたんだとか」

 両親の心配を余所に、ニスコは家にお友達を連れてきた事は無かった。残念な話である。

「もっと引きだと……ドン」

 キャラメルはさらに写真を出す。家の前には白い大きな噴水が見える。庭は広大で、駐船場には宇宙船が停まっているのが見えた。

「庭に宇宙船って……友だちでも入りにくいじゃない」

 だから友だちも来た事ない。もっとも、お嬢様すぎて近寄る人が少なく、友だちもいないのだが。

「いや、友だちなら普通に直接駐船場に降りるだろ。オレたちはそこに降りて『ちわー、三河屋でーす!』とか出来ねえけど」

 逆にそんなあっさり入れるようでは、罠としか思えない。

「これだけ庭広いんじゃあ、屋敷に着くのも大変そうねぇ」

「セキュリティも、どうなってるか分からんしな。ま、オレら以外の泥棒も行くだろ、あんな言われたんじゃ。ソイツらに便乗して殴り込む手も有る」

「で、この盗みオマツリ会場はどこにあるの?」

「新興惑星カシアードだ」

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