第3章

第17話 セーラー服ときかん坊

 ニスコは銀河令嬢である。

 小さな頃から何不自由なく、自由にのびのびと育ってきた。

 望めば、何んでも叶う。願えば、何んでも叶う。

 そんな環境が、彼女をわがまま姫に育て上げた。周囲に言えば用意されるのだから、それはそうだろう。

 しかし、そんな彼女も成長に従い、願いが叶わない事も出てくる。

 その場合、切り捨てる事も有れば、力技で叶えてしまう事も有る。願いを叶える為なら何んでもする。そんな少女だった。

 今日もまた、ニスコは叶わない願いをどうやって叶えるか、悩んでいたのである。


「このニスコ様、もっと宇宙的に知名度が有ってもいいと思うの」

 フリル多めなルームウェアでくつろぐニスコが言う。広大な自室は、半分が家具の並ぶ普通の部屋だ。その半分でも、普通の一般家庭の部屋よりも広い。

 そして残り半分は、トレーニング器具が置かれたゴム床のトレーニングエリアと、板貼りの武道練習場で分けられている。

「宇宙的というとっ、どれぐらいですかっ!」

 武道練習場で蹴り技主体の武術訓練を行うエイタルバが訊く。

 エイタルバはニスコの護衛で、ニスコと同じ年齢、同じ学園に通い、同じクラスで、席はニスコの後ろ。ニスコをいつでも護れるように、彼女が選ばれた。エイタルバは武術惑星キラトの出身で、幼い頃から修行を積んできている。ニスコの護衛に選ばれてから、この星へとやってきた。

 訓練をしているエイタルバだが、その姿はセーラー服である。このセーラー服は、ニスコの通う学園の制服とは違う。彼女は前任の護衛がニスコのわがままに着いていけずに辞めた後、別の学園から転校してきたというのも有るが、

(セーラー服姿の方が何かと都合がいいから)

 という理由に他ならない。エイタルバ曰く、特別な品なのだそうだ。

 訓練中もセーラー服姿なのは、より実戦に近づける為で、いざニスコを護る時に「動きにくい服装だから護れませんでした」というのは、言い訳にならない。訓練時の服装はその日の気分で変わり、ドレスやパンツスーツ、登山服や水着と多岐に渡る。今日は学園でも着用しているセーラー服の気分で、セーラー服は通学用、訓練用、予備、布教用と複数枚持っている。

 ニスコの護衛をしているエイタルバは、どんな時もニスコと一緒。

 学園でも。

 家でも。

 通学途中でも。

 食事でも。

 風呂でも。

 寝る時でも……。

 トイレ以外は一緒だ。一度は二人で個室に入ってはみたものの、

わたくし、このような辱めを受けるのは初めてです……」

 と、エイタルバの方が音を上げた。怖いもの知らずなニスコは動じる事が無かったどころか、少し残念に思っていた。

 そんなニスコとの生活は紆余曲折。ニスコのわがままに手を焼く事も有るが、

(これも修行の一つ!)

 と割りきり、乗り越えている。

 それゆえ、学園ではわがまま姫を護る王子様として、女子生徒に人気が高い。

 なお、ニスコは人気が無かった。


 さて、ニスコの言う宇宙的だが、

「宇宙的と言えば宇宙的よ。どこの惑星ほしでも私の名前を出せば『ハハーッ! ニスコ様ぁー!』とひれ伏すレベルで、ですわぁ」

 と、デカい。

「お嬢様ってっ、そんな偉い地位なんですかねっ!」

 エイタルバは会話しながらも、訓練の足は止めない。ニスコは護る対象で、一緒に生活していてもそのお嬢様ぶりに驚かされる事も有るが、実際にどれぐらい偉いのかは、よく知らない。

「当然よ。このニスコ様が偉くない訳無いでしょ」

 ニスコは胸を張る。

 だからエイタルバのような護衛がついているという訳だが。

「でも、このニスコ様は学園でも目立つ方だと思うんだけど、あくまでも学園レベルなのよねぇ」

 ニスコはそばに有ったいちごのクッションを強く抱きしめる。

「もっと知名度を上げたいのですわ。学園にとどまらず、宇宙的に」

「動画とかっ、どうですっ?」

「動画って、どんなのよ」

「…………っ、銀河冒探アディアムとかっ?」

「前人未踏の地を映像で残す、あのイケメン声の?」

 なお、その声は加工している。中の人はおっさんだ。

「本人がイケメン……かどうかは知りませんがっ!」

「アディアムと同じような事やっても目立たないし。大体あの人、顔隠してるじゃない。もっと手早く、簡単に知名度上げるような方法やりたいですわ」

「逮捕されればっ、広まりますよっ!」

「ふざけていますの?」

 ニスコは明らかに不機嫌な態度になる。むしろ、ニスコぐらいの年齢なら名前が出ない可能性も有る。

「なら無理ですっ! 諦めて下さいっ!」

「やだやだぁ! 諦めなぁい!」

 ニスコは足をバタバタさせる。こうなったら、もう言う事を聞かない。わがまま姫の要望を上手く着陸させないと、変な方向へと向かってしまう。

「あー……」

 ニスコはクッションを抱いたまま倒れ込んだ。その頭上――壁に取り付けられた大型モニターでは、銀河日報ニュースが流れていた。ニスコはニュースを毎日見て、世の中の動きを把握している。今は怪盗がメガネを盗んだというニュースを流していた。ミュージアムの館長がインタビューを受けていて、盗られた悲しみを訴えかけている。

「あっ!!」

 ニスコの短い声とともに動きが止まる。

「にひひっ! いい事思い付きましたわ」

 と、ニスコはニヤリ。

 エイタルバも訓練の足を止めてしまう。

 着陸が間に合わなかったかもしれない。嫌な予感しかしなかった。

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