第15話 世界でいちばん暑苦しい奴
「ああーっ! 待てっ!」
まだ四階のヒョーロック。キャラメルが見える範囲に居るのに、捕まえられない。手の届かない。
暗闇に消えるキャラメルを見送るしか無かった。
「こうなったら、俺様も飛び降りて……」
「死にますよ!!」
まだ羽交い締めにしているリンガが強く言う。これぐらい言っても飛び降りそうなのがヒョーロックだ。
「分かった。階段降りて追いかけるから、離してくれ」
「本当ですか?」
「早くしてくれ。じゃないと、キャラメルは逃げるぞ」
「では」
リンガがヒョーロックを解放した瞬間、ヒョーロックは二段飛ばしで階段を駆け降りていく。
「どうせ、あいつはボロ船で逃げるはず。飛ぶまでに時間がかかるから、その前に捕まえられるはずだ」
「どこに……はぁ……船は……はぁ……あるんですかぁ……はぁ……」
リンガも必死に追いかけながら訊く。銀河警察で訓練は受けているが、運動は得意な方ではない。段々引き離されていく。
「知らん! が、逃げた方だろ。リンガ、車を回せ。俺様はこのままキャラメルを追いかける」
「はぁ……はい」
キャラメルしか見えん!
もう怪盗の事は、どうでもよくなっていた。
二手に分かれて逃げていたキャラメルとシロタマは、バイクを隠していた場所で落ち合う。ここへ先に着いたのはキャラメルで、少し不安になってはいたが、呼吸を整え終わる頃にはシロタマが現れた。
「オヤブン、早い」
シロタマは息一つ乱れていない。どんな体力だ。
キャラメルはバイクのエンジンを始動させたところで気付く。
「メットがねえぞ?」
「ほい」
と、シロタマがヘルメットを差し出した。
「どこに有った?」
と訊くと、シロタマはサコッシュをポンッと叩く。
「大きさ合わねえだろ」
「カバン屋さんが『なんでも入るバッグだよ』と言ってた」
キャラメルはヘルメットとサコッシュを見比べてみるが、どう見てもヘルメットの方が大きい。
シロタマが嘘をつくとも思えない。
それに、逃げ出す前にはサコッシュに手を突っ込んだが、ヘルメットの感触は無かったような……。
――キャラメルは深く考えるのをやめた。
「そういや、そのバッグ、どうしたんだ?」
このサコッシュはキャラメルが持っていた訳ではない。シロタマが元々持ってたという事も無い。
カバン屋の話が出ていた。
チカモールで盗んだ? それならここには居ない。あそこで何かやったら、生きて陽を浴びることは無い。
「カバン屋さんが『シロタマちゃん、可愛いからあげるよ』って、くれた」
シロタマは最初の仕事として、チカモールの人たちの心を盗んでいたようだ。
「カバン屋さん、『キャラメルちゃんなら、相場の二倍で売るかな?』とも言ってた」
絶対許さん。
リンガが車をヒョーロックが走って行った方向へと進めている。この車はザビィで借りた物。緊急走行なんて当然出来ないし、事故なんてもっと出来ない。最大限の安全運転で走っていると、道路上を走るヒョーロックの姿が見えてきた。
汗だくのヒョーロックを拾うと、車内温度がグッと上がる。
「ふぅ……途中で聞き込みをしたが、二人乗りのバイクが猛スピードで走って行ったそうだ。真っ直ぐ行くと外れに駐船場が有るんだとさ」
ガムシャラにキャラメルを追いかけて走っていたのではないと分かって、リンガはホッとする。
「目的地はそこで間違いないだろう。よし、追いかけるぞ! 今日こそ捕まえてやる!」
「はい!」
リンガはキャラメルが走っていったであろう道を車で進む。
制限速度いっぱいで。
「――――ねえ、もうちょっと出せない?」
決まりだとはいえ、今もキャラメルが逃走中だと思うと、急ぎたいところ。
しかし、
「駄目ですよ。これは一般車です」
当然、リンガに断られる。
「ちょっとだけ! ちょっとだけだから」
「駄目です!」
リンガの口調は厳しくなる。
「なら、運転変わってくれ」
「嫌ですっ!」
リンガの厳しさは増す。
ここで運転を変わろうものなら、リンガはヒョーロックの汗で湿ったシートに座らないといけないのである。それだけは絶対に避けたい。
「もしキャラメルが目の前で逃げちゃったら、『あの時もっと出しておけば……』と後悔するよ?」
「それでも駄目です」
リンガは頑としてヒョーロックのお願いを聞かない。
「――というか、トイレ行きたい」
ヒョーロックが不意に呟く。
「トイレとか駄目で……え!? トイレ?」
もう街の中心部を離れて建物も点在しているような地帯。先にはトイレなんて無さそうだが、戻る訳にもいかない。駐船場ならトイレが有るのは確実だが。
「我慢して下さい」
「もうガマンできないよ」
「だだだ駄目です!
非常事態にリンガは慌てふためいている。レンタカーでも搭乗者の汗はまだ想定内……だと思うが、尿は想定外だろう。絶対に体外へ出す訳にはいかない。
「あぁっ、
「こ、こうなったら……」
リンガはアクセルを強く踏んだ。
キャラメルとシロタマは駐船場へと着いた。シロタマはすぐにオルバート二世の出発準備にかかる。
キャラメルはバイクを船に載せる準備の前に、街の方を見た。今日の出来事が甦ってくる。
「今日の仕事は比較的ラクだったな、助けてもらったとはいえ。アイツら、また会えるかな」
「あらぁ? これから出発?」
そこに居たのは、大きな筒を持ったコフカだった。
「予想以上に早く会っちゃったよ!」
キャラメルはまとめていた髪を解いて、いつものポニーテールにしながら言う。
「それ、なんだ?」
キャラメルはコフカが持っている筒が気になった。
「祭りの最後と言えば、花火でしょぉ?」
花火――はいいが、あれは打ち上げ花火の筒に見える。
「祭りの最後が花火とは限らないだろう」
別に祭りは夏限定ではないし、季節的な面を考えたら花火は少ない方だと思う。
「花火が一番盛り上がるのよぉ」
コフカのコーデは夏祭りだ。まぁ、花火でも悪くは無いだろう。
「早く行きなさぁい。花火で追いかけられないようにしてあげるからぁ」
「オマエらは?」
「花火を見届けてから逃げるわぁ。後片付けもあるしね」
「そっか。オマエら、いいヤツだな」
いいヤツだ。いいヤツだが、話し方はやっぱり暑苦しい。ねっとりしてるし。
「オヤブン、準備できた」
船の中からシロタマが言う。ずいぶんと早い。前の船ならまだまだ時間がかかっていただろう。
「またどっかで会えるといいな」
「
「
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