第14話 暑がくれたミラクル

 そして四階。

 キャラメルとシロタマはここまで登ってきた。

 ここからは時間との勝負になる。通常の煙玉の煙は、なるべくその場にとどまるようにしている。あっさり分散されたら効果時間が短くなるからだ。しかし視界も塞ぐ煙が無くなれば、外の人間も上へと来るだろう。

 一気に階段を駆け上ってきたキャラメルは呼吸を整えようとするが、

「なん……じゃ、こりゃ……」

 目に飛び込んできたのは、薄暗い通路に警察官が多数倒れている姿。

「死んでる?」

 息一つ乱れてないシロタマが訊いてくる。

 これが若さか……。

 いや、二桁以上離れている訳では無いと思うが……そう思いたい。

「――生きてるな、多分」

 キャラメルは深呼吸で息を整えてから答える。

 空気の急激な変化を感知するセンサーも反応はしていないので、ガス等の気体を使った形跡も無い。

 倒れている人に致命傷となるような外傷は見られない。が、殴られたような跡は有る。呼吸もしている。

「これは……ナップがやったのか?」

 気を失っているだけなら、目を覚まされると面倒な事になる。

「なら、もうアイツら行ってるな。急ごう。盗られてしまうぞ」

 シロタマは力強くうなづいた。

 その直後、非常ベルの音が停まる。恐らくは誰かが一階のドアを破って、止めたのだろう。

 もう時間が無い。応援がここへ来るかもしれない。

 二人は展示室へと飛び込む。

 その瞬間、展示室の照明が点いた。

 展示室の真ん中には、目的のメガネがショーケースの中で展示されている。照明に照らされて、メガネはキラキラと輝いていた。

 そのショーケースの横にはナップとコフカの姿。予想外の客に、コフカは驚いていた。

「むっ? 誰だ?」

 萩色の祭り法被がはだけて大胸筋を露出しているナップがポージングをしながら言う。汗が肌の上でテカっていて、筋肉を演出しているようにも見える。

「あらぁ? ずいぶんとカワイイ子が来ちゃったぁ」

 本紫の祭り法被がはだけてこぼれおちそうなコフカは、キャラメルとシロタマを頭のテッペンからつま先まで舐め回すように見ていた。こちらも汗が肌の上できらめいているが、なんだか艶めかしい。

「か、かわ……」

 そしてキャラメルは『かわいい』と言われ慣れていなかった。気恥ずかしくて顔が赤くなる。

「オヤブンの中、ハズカシイというのがあった!」

 一方、シロタマは動じていない。

「有るわ! 恥ずかしさぐらい有るわ!」

 逆に羞恥心が有るのか疑問なシロタマは、コフカを見ていた。

「あの人、セクシー。オヤブンのしり出したパンツぐらいセクシー」

「いや、あれは動きやすさを重視しているからで、見せたいから履いてるワケじゃねえぞ? 見ても誰も喜ばないし、見せる人もいねえのに」

「コブンのレモンがらパンツも、見せる人いない」

「それは見せるな。見せちゃいかんヤツだ」

 キャラメルは、シロタマとの会話で平静が取り戻せた。

「おう。こうやって会うのは初めてだな。オレはオマエらみたいに目立つタイプじゃないから、オレを知らないとは思うが」

「ということは、同業者ぁ?」

「そういう事だな。そこをどいてもらおう。オレはそれが必要なんだ」

「私たち以外にが欲しいなんて、変わった人ね」

「オマエらに言われたくねえよ」

「でもダァーメ。私たちがいただいて行くんだからぁ」

 コフカの喋りはねっとりとしていて、それでいてしつこい。これ以上は耐えられない。

「こうなったら……」

 とキャラメルがシロタマのサコッシュに手を突っ込んだところで、通路の方から足音が聞こえてきた。

「誰か来たみたいね。もう時間が無いから、いただいていくわぁ。ナップ!」

「むっ!」

 ナップはガラスのショーケースを拳で砕いた。

 後ろに有った赤いメガネで作られたドレスが入った方を。

「え? そっち?」

 その行動に一番戸惑っているのは、キャラメル。ナップとコフカが狙っているのは、メガネだと思っていた。

「――そっちって……どれが欲しかったのぉ?」

「そっち」

 キャラメルがメガネが入った方を指さすと、ナップがショーケースを壊してくれた。

「すまねえ。というか、そのドレス、オマエが着るのか?」

「まさか。ハミ出ちゃう」

 今もハミ出そうだが?

「依頼があったのよ。あなたも、そのメガネかけるの?」

「まさか。オレも依頼だ」

「そう。なら、ソレ持って逃げなさい。もう来るわぁ」

「ワハハハハハ! いたか怪盗ども。観念しろ……ってぇ、キャラメルぅ?」

 ヒョーロックが変な顔芸を見せながら展示室に現れた。どうもキャラメルが居る事は想定していなかったらしい。

「こんなところで泥棒してたか! 丁度いい。今日こそ捕まえてやる!」

「キャラメル……いい名前ね」

 コフカは叫ぶヒョーロックを気にすること無く、話す。

「また逢えたらいいわね」

「盗るモノが被ってなければ、な!」

 キャラメルはシロタマのサコッシュから取り出した煙玉を床に投げつけた。周囲が煙に包まれる。

 直後、展示室の照明が落ちた。こっちはきっとコフカかナップがやったのだろう。

 煙と暗闇で、視界は失われた。

「それじゃあね、カワイイ泥棒さん」

「か、かわ……」

 一日にその言葉を二回も言われるなんて、もう気絶しそうだ。

 それでも頬を叩いてなんとか意識を取り戻すと、コフカの気配は消えていた。逃げたのだろう。逃げ足の早いヤツらだ。

 なんて思ってる場合じゃない。

「行くぞ」

 キャラメルは小声でシロタマに伝えて、目的のメガネをシロタマのサコッシュに入れた。

「ゴホッ! どこだぁー!」

 ヒョーロックは煙と暗闇で何も見えていない。腰の後亜門で斬ってみるが、それは形の無い煙。またすぐに視界を塞ぐ。

 キャラメルはシロタマの手を引いて、別の出入口から通路へと出た。

「あっ! そっちか!」

 ヒョーロックに気付かれた。

「逃げろーい!」

 キャラメルはシロタマの手を離して駆け出す。シロタマもキャラメルに付いていく。

「待てぇい!」

 ヒョーロックが追いかけてくる。後ろから聞こえる足音は二つ。相方のリンガもいるのだろう。

「オヤブン、どこへ?」

 二人は登ってきた階段とは別方向へ走っている。

「突き当たりまでさ!」

 突き当たりには非常口が有った。キャラメルがドアを開けると外気が一気に流れ込み、外の空気が肌を撫でていく。目の前には外階段が見えた。

 ここは四階。このまま階段を降りていってもいいが、時間がかかる。

「シロタマ、アレを出してくれ」

「あいさ!」

 シロタマがサコッシュから出したのは、鉤縄二つ。鉤に縄が取り付けられた、シンプルな道具である。

 キャラメルは鉤縄を受け取ると、手摺柵を揺すって丈夫なのを確かめてから、鉤を引っ掛けた。縄を引っ張ってみて再確認した後、縄を握りながらスルスルと降りていった。地面が近付くと縄を強く握って速度を落とし、華麗に地面へと降り立つ。慣れた手つきである。

 それから少し間が有って、シロタマがゆっくり降りてきた。

「もうちょっと早く降りてきて欲しいのだが」

「コブン、ブレーキのタイミングがつかめない」

「それなら仕方無い」

 経験をもっと積んでいけば、それは改善されるだろう。

「待てぇー!」

 上からヒョーロックうるさいヤツの声が聞こえてきた。

「俺様もこれで降りるぞ!」

「やめて下さい! 手を火傷します!」

 ヒョーロックはリンガに羽交い締めで止められていた。グローブをしているキャラメルやシロタマと違って、ヒョーロックは素手。同じ事をすれば、摩擦熱で火傷をするだろう。

 降りてくるまでに時間がかかるのは、予測出来る。

「待ってろ! 今そっちに行ってやる!」

(待つかよ)

 と思った瞬間、上の方からガラスの割れる音が聞こえてきた。

 見上げると、大きな塊がガラスとともに空から降ってくる。

「なんだあ?」

 強い衝撃とともに地面へと降りてきたのは、コフカを抱きかかえたナップだった。

 なんだろう。このお姫様抱っこされた女王様と、それを護る騎士感は。

「むっ! まだいたのか」

 ナップは平然とした顔でキャラメルを見る。

「えぇー……」

 再び見上げると、窓硝子が割れているのは四階。この男、四階から飛び降りて平気なのである。

「カッコイイ! コブン、これやりたい!」

「いや、普通に死ぬぞ?」

「むっ! それは鍛え方が足りんからだ!」

「鍛えてどうにかなるレベルじゃねえよ!」

 特殊な訓練を受けないと、無理だ。

「こっちだーっ!」

 遠くで声が聞こえてきた。この騒動で警察官がこっちへ向かっているのだろう。

「早く逃げた方がいいわよぉ」

「むっ! そうだな」

 ナップはすさまじい速度で走り出した。とても人を一人抱えているとは思えない速度で暗闇へと消える。

 ここにとどまる訳にはいかない。

「オレらも行くぞ」

「あいさ!」

 キャラメルとシロタマも暗闇へと消えていった。

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