第13話 煙TRY AGAIN

 キャラメルとシロタマが動き出した頃。

 屋上では、ナップに殴り飛ばされたヒョーロックが身体を起こしていた。まだ痛みは有るが、動けないほどでは無い。この程度、我慢すればいい。

 ヒョーロックが周囲を見回すと、リンガが少し離れたところの手摺柵の手前で倒れているのが見えた。

「リンガ!」

 ヒョーロックは少し安心。もし普通にしていたら、ナップに刃を向けたところを見られていただろう。またリンガに叱られるところだった。

 だが、その直後にリンガに何か有ったのではないかと不安が襲う。見られる以上に、それは有ってはならない。

 ヒョーロックは立ち上がり、後亜門を赤い鞘に収めて駆け寄る。

 リンガは静かな寝息を立てていた。術に強くかかって眠っているだけのようだ。

「ったく……」

 ヒョーロックは再度安心。

 リンガも銀河警察で訓練を受けているので、この程度で潰れるとは思っていないし、弱いとも思っていない。それでも傷つくような事が有れば気になるし、心配になる。

 それは仲間として? それとも……?

 ――それを考えている時間は無い。今は、怪盗どもを追いかけなければならない。

 ヒョーロックはリンガの背中に腕を滑り込ませて上半身を起こしたあと、頬を軽く叩いた。

「リンガ、生きてるか? おいっ」

 口調はキツメながらも優しいヒョーロックの声に反応したのか、リンガのまぶたがゆっくりと半分ほど開いていった。

「ぅ……ん……イカ焼き、東京ケーキ、あゆの塩焼き……おいしい……」

 リンガは寝ぼけている様子。というか、どんだけ食べる気だ。

「リンガ、ここは祭りの屋台じゃないぞ」

 その声で、リンガのまぶたは大きく開いた。

「んあっ? え?」

 見開いたリンガの目に飛び込んできたのは、間近に有るヒョーロックの顔。

「えっ、あっ……」

 リンガの顔が一瞬で赤に染る。顔から火が出るというレベルじゃ無い。もはや爆発炎上である。

「リンガは純粋だから、術にかかりやすいのかもしれんな。気を失うのも仕方無いが、人様に見せられない顔をしていたぞ」

「ぇぇ……」

 と、リンガの消え入りそうな声。

(ヨダレでも垂れていたのかな……)

 それを考えると、顔は更に赤くなる。人はどこまで赤くなれるのか。

「見られたのが俺様だったから良かったようなものだ」

「いえ……ヒョーロックには見られたくは……」

 リンガは口籠もる。

「奴らは中へ行った。行けるか?」

 ヒョーロックに訊かれて、リンガは意識をハッキリと取り戻した。

「は、はい! 行けます」

「それじゃあ、あそこから行くぞ」

 と、ヒョーロックはナップが開けた穴を指さした。

「はいぃ?」

 気を失っていた短時間で屋上に穴が空いている事が、リンガには理解出来なかった。


「誰だ!」

 地上では、突然飛び出してきた影に警察官が反応していた。

「なんだぁ? 怪しい奴め!」

 影は一つ。

「怪盗か?」

 直後、サーチライトの強い光が入口付近を照らす。

「うわっ!」

「まぶしいっ!」

 すさまじい光を当てられた入口の警察官たちは、視界が奪われる。

「ごめんよ」

 キャラメルが二人の警察官を気絶させた。

「オレたち、怪盗じゃあ無いんだなあ」

 とキャラメルがニヤリ。伊達メガネは遮光メガネに変わっていた。

「やったぁ!」

 再び上にサーチライトを向けたシロタマが、キャラメルがいる入口の方へと走ってくる。

「どうだったか? 希望通りに人をサーチライトで照らしてみて」

 キャラメルは遮光メガネから元の伊達メガネに戻し、警察官のポケットを探りながらシロタマに訊くと、

「思ったよりカッコよくなかった」

 シロタマは残念そうに言う。

「そりゃまあ、警察を照らしてもな……有った!」

 キャラメルがポケットから取り出したのは、鍵束。これで入口扉を解錠する。

「いたぞぉー!」

 遠くから声が聞こえてきた。応援の警察官だ。異変に気付いて来たのだろう。

「シロタマ、入れ!」

 先に入ったキャラメルが、扉を開けたままにする。

 シロタマが中に入ると、キャラメルは扉を閉めて鍵をかけた。

 中はエントランスホール。今は営業終了の時間。当然、照明は点いていない。暗くて高い天井のホールが不気味に思えた。

 人は誰もいない。隠れている気配もない。恐らくは、上へ応援に行ったのかもしれない。無人の受付カウンターすらも不気味に思える。

「オヤブン、どうする?」

 シロタマがキャラメルの方を見ると、キャラメルは天井の方を見ていた。

ホールここで『煙玉 濃いめ』を使うぞ」

 煙玉 濃いめは、通常よりも煙が多めの煙玉である。これを使うと大体自分たちにもダメージが来るので、通常はあまり使わない。特に目的地が同フロアの場合は。今回の目的地は、上の階になる。

「だれもいないのに?」

「ああ。使ったらすぐ階段を登るぞ。少しうるさくなるだろうが、中のヤツらを一斉に足止めする」

「目的は分からないけど、分かった」

「本当に分かったか?」

 少し不安だ。


 その頃の五階。

 ヒョーロックとリンガは屋上から五階にあるデスクの上に飛び降りていた。屋上塔屋の方は動けるようになった警察官が殺到した事で詰まっており、穴から降りた方が早かったのだ。

「怪盗の目的地は四階だろう」

 ヒョーロックが周囲を見回す。今居るのは事務所で、ぼんやりと見える室内には、事務机が多数並んでいる。

 部屋の出口扉はいくつか有った。

「五階の構造はよく分からんが、階段はどっちだ?」

「普通に考えると、塔屋の方向に行けば有るのでは?」

「それだ! 行こう」

 ヒョーロックは塔屋が有った方のドアノブに手をかけ、ノブを回して扉を開けた。

 その瞬間、フロアにけたたましいベルの音が鳴り響く。

「ヒョーロック! 何をしたのですか!」

 ベルに負けないぐらいと思えるほどの、リンガの怒号が響く。

「お、俺様は何もしてねーよ! ドア開けただけだろ!」

 ドアやドア枠を確かめてみるが、センサー類は付いていない。防犯装置が反応した訳ではなさそうだ。そもそも防犯装置を付けるなら、通常は室内にも動きや熱に反応するセンサーを付ける。ドアを開ける前に反応しているはずである。

「ほら、俺様は無実だ!」

 ヒョーロックはドアを開け閉めした後、ドアを指さしながら弁明。

「この音、非常ベルですか?」

「知らん!」

 知る訳が無い。非常ベルのような警報ベルもある。音だけでは、どちらか分からない。

 丁度その時、開けていた扉の向こうに有る廊下を走ってくる警察官の姿が見えた。何か知っているかもしれない。

「おい、何があった?」

 ヒョーロックが声をかけると、警察官は足を止めた。

「外からの話だと、一階ホールに煙が充満しているそうです。恐らく、このベルは煙探知機けむたんに反応したかと」

「煙? 火事か?」

「火は見えないそうです。私は一階へ行きますので」

 と、警察官は再び走り出した。

「煙って……上に来るんじゃないか?」

 煙と馬鹿はなんとやら。

「逃げますか?」

 ヒョーロックは少し考える。

「いや、四階に急ごう。煙は怪盗の罠かもしれん。煙で俺様たちがダメになりそうなら、非常口から逃げるぞ」

 こういう建物なら、普通に非常口ぐらい有るはずだ。怪盗どもには常識が通じないが、建物には常識が通じるはず。それを信じている。

「はい」

 リンガもまた、ヒョーロックの言葉を信じる事にする。

 ヒョーロックとリンガは四階へ降りる為、階段が有ると思われる方へと向かった。

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