第11話 笑うおとこ

 観光案内所を離れたキャラメルとシロタマは、近くの公園へと来ていた。さほど広くない公園で、広場に少数の遊具が有り、周囲は木に囲まれているという典型的なまちなかの公園だ。二人は公園内のベンチに座り、今後を考える。ブランコでもよかったが、そちらは子供に占領されている。

「オヤブン、予告状出した? コブンのデビューをいろどろうと」

「出すかよ。俺は予告状出すタイプじゃあ無い」

「だれが予告状、出す?」

 キャラメルはしばしの沈思。

「――思い当たるのは何人かいるが……誰だ? まあ、それはどうでもいいんだ。今は誰が出したかよりも、今夜どうするか、だよ」

 キャラメルは眼鏡ギャラリーミュージアムの案内リーフレットを開いた。これは観光案内所で貰ってきた物で、A4サイズの紙を三つ折りにしてあった。怪盗が何を狙っているのか気になって貰ってきたのだが、銀河速報に見せられた物と同じメガネが載っていた。

 予告状を出した怪盗がキャラメルと同じ物を狙っているかは分からない。しかし、盗られた場合は完全に負けとなる。

 泥棒の世界はゼロかイチ。盗るか盗れないか、だ。目的の物を盗れなければ、なんの意味も無い。

「せめて下見したかったなあ」

 リーフレットにはフロアマップが載っている。どこに何が展示されているかは、ここから予測が出来る。

「一度でも現場を見ているのと見てないのでは違うんだよ。怪盗の方はその辺も見ているだろうし」

 準備が出来ているであろう怪盗を相手にするのは非常に不利だ。しかし、予告を出しているという事は、怪盗に注目が集まっているという事。逆にチャンスの可能性も有るし、怪盗が盗んだと押し付ける事が出来るかもしれない。

 ここで弱気になっていては駄目だ。

 キャラメルは気持ちを切り替える。

「シロタマ、いきなりデビューになっちまったが、大丈夫か?」

 訊かれたシロタマは、力強くうなずく。

「コブン、がんばる」

「そっか。よし、今晩に備えて準備だ。やれる事はやっておくぞ」

「あいさ!」


 夕方。

 町の中心部に有る眼鏡ギャラリーミュージアム周辺には、ザビィ警察の面々が集まっていた。もちろん、ミュージアムの警備である。元々治安が良く警察官の総数も多くないザビィだが、動員出来る人間は全て呼んだ。

 そして警察官に混じって、この男の姿も。

「ワハハハハ! どこの怪盗か知らんが、俺様が来たからには捕まえてやるぜ!」

 そう、銀河警察のヒョーロックである。

 銀河警察の管轄は基本的に宇宙だが、許可が出れば地上でも活動が出来る。ただ、捜査が出来ると言うだけで、現地警察のような特別な権限は無い。捜査も出来る一般人だ。

 この星のしきたりに従い、ヒョーロックはメタルフレームのメガネをかけている。

「怪盗って……キャラメルさんでしょうか」

 地上での活動が慣れていないリンガが心配そうに訊く。彼女は元々ピーコックブルーのメガネを着用している。特別に用意する必要は無い。

「いや、アイツは予告状なんか出すタイプじゃない。コッソリ盗って、コッソリ逃げるタイプだ。別人だな」

「では誰が」

「知らん! 怪盗も泥棒も宇宙には星の数ほどいる。誰が来ようが、この刀の錆にしてくれるわ!」

 ヒョーロックは腰に差した刀の柄に手を乗せた。地上で活動する場合、ヒョーロックはこの刀を差している。名は『後亜門うしろあもん』と言う。

「人を斬ればヒョーロックが捕まると思いますが?」

「安心せい。峰打ちじゃあ!」

「『うっかり斬る』に全部」

「リンガ、キビしくない?」

「暴走を止めろと命じられていますので」

 ヒョーロックにはハッキリと言う。そうでないと止められない。

 オペレーターであるリンガの地上での仕事は、暴走するヒョーロックのコントロール。仕事熱心なのはいいが、それが行きすぎてしまう事も有る。それを抑えるのが、地上でのリンガの仕事である。

「大丈夫大丈夫。身を斬らないぐらいですませるから。安心してくれ」

「そ、そう言うなら……いやいや、傷付けては駄目ですよ!」

 後になって、ようやく気付いた。


 そして夜がやってくる。

 静まり返る夜。

 怪盗が現れる夜。

 泥棒だって現れる。

「準備は出来たか?」

 いつもはポニーテールだが、盗みシゴトの時はお団子にまとめるキャラメルが訊く。

「完ペキ!」

 サコッシュを斜め掛けにしたシロタマが返事した。この中には盗みシゴトに使う道具が入っている。今まではキャラメルが身体のあちらこちらに隠していたが、このバッグにその多くを入れたので、身軽になった。

 ザビィの夜は静かだ。常に夜で、常に賑やかなメルエのチカモールとは真逆。しかしこの雰囲気、嫌いでは無い。

 キャラメルはグローブをはめて準備を終えた。

「少し早いが行こう。仕込みをして、その後場所取りをして侵入の機会をうかがう」

「あいさ!」


 それからしばらくして。

 五階建てビルの四階に有る眼鏡ギャラリーミュージアムには、警察官が溢れていた。その中に、ヒョーロックの姿は無い。

 彼は別の場所にいた。


「怪盗とやらが来るなら、ここだろうな」

 ヒョーロックは静かに呟いてから天を見上げた。頭上には数多の星が輝く。

「まさか」

 リンガはヒョーロックの言葉が信じられない。

 今居るここは、通常なら到底現れそうも無い場所である。

「そのが起こるのが、怪盗や泥棒の類いさ」

 そう言って、ヒョーロックは周囲を囲う手摺柵を掴んだ。

 二人が居るのは、眼鏡ギャラリーミュージアムの屋上。ここから地上までは、少し高さが有る。距離で言えば十八メートル。ザビィの中では一番高いこのビルからは、ザビィの町を見下ろせる。

「見てなって」

 落ち着いている時のヒョーロックが優秀なのは、リンガもよく知っている。銀河警察も、その部分は評価している。

 熱くなれば、ああなる訳で……。

 その為にリンガがいる。それはリンガ自身がよく分かっている。

 分かっているはず。

 はずだが――。

 リンガが地上を見下ろすと、照明に照らされた警察官の姿が小さく見えた。

 周囲を見回しても、高い建物は無い。

 やはり信じられないのである。


 同じ頃、地上では。

「思ったよりたけえな」

 キャラメルは近くの茂みから眼鏡ギャラリーミュージアムを見上げていた。外観から見て五階建て。大して高くは無いが、低層の建物が多いザビィでは高層の建物になる。また、高層の建物が無いチカモールで暮らすキャラメルにとっても、この建物は大きく見えた。

 キャラメルはミュージアムの周りを見回すが、それに匹敵する建物は無い。

「下から地味に行くしかねえかな」

 五階は事務所になっており、お目当ての眼鏡ギャラリーミュージアムは四階にある。一階の入口は当然、警察官によって固められている。人数は二人。

 建物周囲にはサーチライトが複数台設置されていた。

「あれ、カイトウが照らされるヤツ! カッコイイ!」

「オレらはあんまり照らされたくねえけどな」

 キャラメルはシロタマがサーチライトに照らされたがらないか心配だが、

「コブン、カイトウを照らしたい」

 と言いだした。

(そっちは捕まえる側がやる物だろう)

 と思うが、キャラメルは言うのをやめた。

「さて……ん?」

 キャラメルは後ろでシロタマがなにやらゴソゴソしている事に気付く。

「どうした? シロタマ」

「荷物、最終確認」

 振り向くと、シロタマはサコッシュの中身を確認していた。

「今更?」

「今だから。バッグの中、パンパンだし、ケムリ玉、種類多いし」

「用途で使い分けるんだよ。煙玉、あんまり大量に使うなよ」

「なんで?」

「高いから」

「えー……オヤブン、ケチ」

 シロタマは口を尖らせている。

(出会った頃と比べても、表情豊かになったな……)

 キャラメルはシミジミ思う。

 いや、思っている場合では無い。

 ケチと思われるのはいい。それは自分でもそう思っている。

 しかし、シロタマに「やめる!」と言われるのが困るし、機嫌を損ねたら何をするか分からない。

「分かったシロタマ。制限は付けない」

 キャラメル、一世一代の大盤振る舞い。

「でもここで全部は使うな。何が起こるか分からんからな」

 上手く言って制限をかける。そうしないと全部使いそうだからだ。

 口を尖らせていたシロタマは、笑顔に変わった。これで心配は無さそうだ。

 後は、侵入のタイミングだが……。

「ガハハハハハ!」

 上の方から男の笑い声が聞こえてきた。

 ヒョーロックバカ? いや、バカっぽい笑いだけど、アイツはこんな笑い方じゃない。

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