第9話 勉強を知らない子供たち

 理髪店を出たキャラメルとシロタマ。

「オヤブン、コレカラ、ドウスル?」

親父ジジイん所へ戻る。ちょっと頼んでた事があってな」

 と、ブンタの店へ向かう途中で、

「おーい、キャラメルちゃーん!」

 チカモールにある電器店の店長が手を振りながら声をかけてきた。おっさん、じいさんの多いチカモールだが、ここは代替わりで若い店長になっている。

「あ? 今日は電器屋に用事ねえぞ?」

 キャラメルは出会い頭に電器屋へ厳しい一言。

「大将に聞いたんだよ。その子がシロタマちゃん?」

 シロタマはキャラメルの後ろに隠れた。トココと違って、電器屋は怖い外見じゃない。人見知り、なのかな?

「なんだよ。シロタマを見に来たのか?」

「違う違う。大将にこれをプレゼントしろって怒鳴られてさぁ」

 店長が出してきたのは、小学生向けの学習キット。小学校レベルの学習を自分のペースで出来るという機械だ。

「トココちゃんが『こういうの、有った方がいいんじゃないかしら』って言ってたんだとか。カットの時に話してて、そう感じたんだとさ」

 確かに、シロタマが学校に行ったような感じはしない。

「シロタマ、学校って行った事有るか?」

 訊いてみると、シロタマは頭を左右に振った。

「ガッコウッテナニ?」

 学校すら知らない様子。そこからなのか。

「じゃあ、なおさら必要だな。受け取ってくれよ」

 店長は学習キットをキャラメルに渡そうとするが、キャラメルは受け取らない。なにかためらっている。

「いや、でもいいのか?」

「なにが?」

「その……高そうだし」

 守銭奴揃いのチカモールの人たちなので、キャラメルは何か裏があるようにな気がしてならないのである。

「いいよいいよ。倉庫でずっと眠ってた古い型だし。現役なら新しい機械が必要だろうけど、シロタマちゃんならこれでも十分だよ」

 シロタマは年齢的に現役かもしれないし、現役じゃ無いかもしれない。が、経験の無い以上、まずは知る事が大切である。

「だとよ。どうする? シロタマ。勉強するか?」

「スル!」

 キャラメルの後ろに隠れているシロタマを見ると、目を輝かせていた。興味はあるようだ。

「だってさ。じゃあ貰っていくよ」

 キャラメルは学習キットを受け取った。

「シロタマちゃん。電化製品が欲しい時は言ってね。うんとサービスするから」

「ウン」

 そう返事するが、シロタマはまだキャラメルの後ろに隠れたままだ。

「オレは?」

 答えは見えているが、念のため聞いてみた。

「いっぱい買ってくれたら、サービスするかを考えるかなぁ……」

「ケチめっ」


 その後、店長と別れてブンタの店へ急ぐ二人。途中でモールの人たちが声をかけてきては「シロタマちゃんに」とお菓子等を渡してくる。

 ブンタの店に着いた時は、両手いっぱいの荷物になっていた。

「なんだ、その荷物は。そんなに買う物が有ったのか?」

 その荷物の量に、ブンタは目を丸くしていた。

「貰ったんだよ。『シロタマに』ってなあ。オレにはなあんにもくれねえ」

「スタートダッシュでボーナス貰えるような物だろう。『今なら○○貰える』ってな」

「ゲームじゃねえ」

「それより頼まれた調査、少しやっておいたぞ」

「お? どうだった?」

 キャラメルは邪魔にならない位置に大荷物を置いてイスに座った。シロタマはその貰った物の中身を確認している。

 そんなシロタマを、ブンタはジッと見ていた。

「なんだい。ロリコン親父ジジイもシロタマかよ!」

 みんなシロタマシロタマ言うので、少し不機嫌なキャラメル。

「いや、最初に来た時と随分変わったなと思ってな」

 シロタマは山積みになった荷物の下の方の箱を引っ張って取っている。荷物の山が崩れて、身体をビクッとさせていた。なにやってんだか。

「ん。トココに任せてよかったな。キャラメルだったら、汚いタンクトップ着せられてた」

「汚くはねえよ」

 一応、洗ってはいる。

「それより調査はどうだったんだ」

 キャラメルは、これ以上何か言われないように話を戻そうとする。

「ああ、あのオルバート二世の調査だな」

 キャラメルはブンタにオルバート二世の調査を頼んでいた。チカモールでは宇宙船の改造や点検の他、盗聴器等の不審物が無いか調査が出来る。キャラメルは船の素性も知らずに乗れないと、調べることにしたのである。

「あれは一年どころか半年以内の新造船だな。簡易調査で不審な点は無い」

「やっぱ新しいんだ。匂いも、そんな感じがしたしな」

「ああ。メーカーは多分サティマムコーポレーションだな。外観からは分からないように作ってあるが、中身はあそこの特徴がよく出てる」

 サティマムコーポレーションは宇宙的企業で、よっぽどの事情が無い限り、誰でも知っているレベルである。よっぽどの事情とは、キャラメルと出会うまでのシロタマのような生き方だ。

 この会社、宇宙船製造においても高いシェアを持っている。駐船場で石を投げれば高確率でサティマムコーポレーションの船に当たると言われるほどである。

「ふーん……」

 そんな有名メーカーの名を聞いた途端、キャラメルは素っ気ない態度へと変わった。

「なんだ、急に」

 さすがに、その変化にはブンタも気付く。

「サティマムの船、あまり好きじゃないんだよなあ……」

「なんでだ? 乗りやすくていい船だろ。それとも、前のオルバートみたいな乗りにくい船の方が好みなのか?」

 オルバートは名も知られてない小さな会社製。なかなか頑丈で良かったが、もう今は会社が存在しないらしい。倒産か、解散か、吸収か、それは分からない。パーツ交換にも苦労するレベルだった。

「そうじゃないんだけど……なんとなく、な」

「まぁ、これから長く付き合うんだ。仲良くしてやれよ。シロタマの為にもな」

「うー……それ言われると弱い」

 そんなシロタマは、ブンタとキャラメルを気にすること無く、貰ったお菓子のパッケージを眺めていた。お菓子すら見たことが無いのか、気になって仕方無い様子。

「もっと詳しく調べれば装備品とかも全部分かるが、どうする? 少し時間がかかるが」

「やってくれ。どうせ一週間は最低でも居る予定だ。シロタマには色々教えることが有る。それに、得体の知れない船には乗りたくない」

「そうか。それならここまでも乗ってくるな、と思うがな。まぁいい。で、調査の早い高速料金と調査の遅い通常料金、どっちがいいんだ? ま、キャラメルがどっち選ぶかは、聞くまでも無いが」

「決まってんだろ。通常料金で」

 間髪入れず言う。キャラメルは非常にケチだった。


 キャラメルとシロタマは大荷物を抱えて、キャラメルがいつも使う宿へと行く。ここは古風な木造建築の宿で、温泉も楽しむことも出来る。

 シロタマは大浴場の温泉よりも、遊戯場に有った卓球が気になっていた。キャラメルはシロタマの運動能力を把握する為、風呂上がりに浴衣姿で卓球をやることにする。

 シロタマは卓球を知らなかったが、キャラメルも詳しく知っている訳では無い。なんとなく教えたところ、打てるようにはなった。

 覚えは早い。反応もいいが、力任せに打つので続かない。

 子どもか! ――子どもか……。

 浴衣を振り乱して卓球をした二人は、昼間の疲れも有ったのか部屋に戻ると熟睡してしまった。


 翌日以降、シロタマの勉強が始まった。

 本当は泥棒の基礎を叩き込む予定だったが、学習キットが有るのでまずは小学校レベルの基礎学力を付けてもらうことにする。そのレベルも分からないのでは、さすがに色々と支障が出る。

 やはり覚えは早く、一日で一年分はこなしていた。スポンジが水を吸うというレベルを超えた速度だ。知識を得たせいか、喋りもたどたどしさが少しは減った。

 合間に泥棒の基礎を教える。泥棒に正解なんて無い。

 いかに捕まらないか。

 その一点である。あとは現場の状況次第で行動だ。それらが出来るように、キャラメルのノウハウを教え込む。

 勉強で宿に泊まっている間、オルバート二世の調査も終わった。不審な点は無く、キャラメルが必要とする装備も揃っているので、改造せずに使えるそうだ。航行に関してはやっぱり通常よりもワープの方が燃費がいいと言うことで、今後はシゴトの期間も短くなりそうだ。ワープ酔いも無かったので、積極的に使って行きたいと思う。


 そしてキャラメルたちがメルエに戻ってきてから二週間。

 次の盗みシゴトが決まった。

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