第8話 男の子女の子 オンナのコオトコのコ

 銭湯を出たキャラメルとシロタマが来たのは、理容室だった。

「カミ、キルノ?」

 さすがのシロタマでも、理容室ぐらいは知っているようだ。理容室は散髪する場所である。

「も、やるはずなんだが、親父ジジイがここで全部出来るって言うんだよなあ」

 ブンタが手で示したのは、ハサミ。紙切り師や盆栽職人ではなく、理容室のはずである。

 この理容室はキャラメルも利用しており、そんな雰囲気は一切感じたことは無い。

「ま、行きゃ分かるさ」

 キャラメルがドアハンドルを引くと、ドアに取り付けられたベルがカランカランと音を立てる。昔ながらの理容室は、木材をふんだんに使った内装で、鏡の前に有る棚には雑多にボトルが並ぶ。その前には臙脂色の分厚いイスが存在している。

「おう大将、いるかー?」

「お、キャラメルちゃん、いらっしゃい」

 軽い感じで店の奥から出てきたのは、初老に片足突っ込んだ男。理容室の大将である。

「ボスから話は聞いてるよ」

 大将はキャラメルの後ろにいたシロタマを見る。

「しかし、キャラメルちゃんか女の子飼うなんて、何があった? そっちに目覚めた?」

「うるせえよ。違うっつってんだろ」

 これからも、馴染みの店に行く度に言われるのだろうか。それを考えるだけで気が滅入る。

「来たついでにオレもカットしてくれ」

「いいよ。今、手が空いてるから」

「で、シロタマは誰がやるんだ?」

「ああ、彼がやるよ。おーい」

 店の奥から出てきたのは、ここにいる三人よりもはるかに大きな男。広くない店内の天井に頭が付きそうだ。こんな店員いたのか。初めて見る気がする。

「あら、いらっしゃい」

 見た目に反して、可愛らしい乙女な声が聞こえてきた。変声器でも使ってんのかよ。麻酔針撃ってこないだろうな。

「……」

 その情報の多さに処理しきれず、キャラメルは言葉を失った。

「やって欲しいのは後ろの子? 可愛いぃ~! 私に任せて~!」

 シロタマは完全にキャラメルの後ろへ隠れてしまった。姿は見えないが、服を力強く握っているのは感じる。

 この男とキャラメルとでも身長差があるのに、シロタマだと更に身長差が広がる。怖がるのは無理もない。

 でも、多分恐怖の原因は身長差じゃない。

「…………ていうか、誰だよ」

 キャラメルは何とか声を絞り出した。

「彼はウチに来る女の子と、女の子になりたい男の子全員を担当しているトココだよ」

 キャラメルは大将の言葉に引っかかる。

「女の子全員――ってえ、オレは?」

 キャラメルは男女で分けると、女になる。男になりたいとは思っていない。

「彼にはシロタマちゃんのコーデまで全て任せておけば大丈夫だ」

「なあ、オレは?」

 もう一度訊くが、大将は完全にキャラメルを無視している。

 でも、キャラメルもキャラメルで「彼が担当」と言われると、断っていただろう。それを読んで大将自身が担当しているかもしれない。

 そんな担当されるシロタマは、まだキャラメルの後ろに隠れていた。突き出すのも可哀想かなと思う。猛獣への生贄感しかない。

「シロタマちゃん、だったかしら?」

 トココは膝と上半身を屈めて目線を低くした。大きく屈んで、ようやくシロタマと同じ高さになる。

「誰にでも女の子になる権利はあるの。男女問わず、ね?」

 シロタマに優しく声をかけたトココは、そっと手を差し出した。

「だからおいで。スタートラインに立ちましょ?」

 それを聞いたシロタマは、恐る恐るキャラメルの後ろから前へと出てきた。

 見ればシロタマは小さく震えている。この状況でも平気な強心臓は持ち合わせていない。キャラメルだって、当事者になったらこの状況は怖かっただろう。

 しかし、シロタマは勇気を持って踏み出した。

「オネガイシマス」

 シロタマの小さな手で、トココの大きな手を握った。

 トココは満面の笑みを浮かべる。

「それじゃあ、あっちの個室へ行きましょうか。私専用のルームなの。男の子には見せられない禁断のセ・カ・イィ~」

 そう言うと、トココはシロタマの手を引いて奥の部屋へと消えていった。

 個室か。今まで見なかった理由が分かった気がする。

 その様子を見ていたキャラメルに、

「キャラメルちゃんもどうだい? 彼に」

 と大将が声をかけたが、キャラメルは少し考えてから静かに首を横へと振った。

「オレは大将がいい」

「キャラメルちゃんなら、そう言うと思ってた」

 やっぱり見透かされていた。


 毛先を揃える程度だったキャラメルは、当然シロタマよりも早く終わってしまった。今は店内にあるソファーでくつろいでいる。

「しかし、キャラメルちゃんが女の子を拾ってくるとはなぁ」

 大将はカットの終わったイス周りを片付けながら、キャラメルに言う。

「まあ、あのままコザムに置き去りにするのは可哀想だったからな。いくら銀河奴隷とはいえ」

「コザム、って閉山惑星かい? なんでまた、そんな所に」

「アデ……シゴトだよシゴト」

 本当の目的と結果は、銀河速報以外に漏らさない方がいいだろう。その結果も、公表される前に銀河速報へ売らないといけない。

 シゴトはシゴトだ。嘘は言ってない。

「で、戦利品がシロタマちゃん」

 大将も盗みシゴトだと信じたようだ。言葉って、便利だ。

「シロタマだけじゃなくて、新しい船も手に入れたけどな」

「今じゃ中々見れないあのレトロな船、乗り換えちまったのかい!」

 オルバートはチカモール界隈でも有名だった。色んな意味で。

「あれだと二人乗るのはキツいしな」

 オルバートは一人で乗ることを想定している。オルバートに二人乗ることは、一輪車に二人で乗るような物だ。頑張れば出来るが、無理して乗るような物でも無い。

「なんなら、コックピットでキャラメルちゃんの上にシロタマちゃん乗せちゃえば、いいじゃあないの」

「アホか!」

 余計狭くなるし、重い。

「大体、寝る場所も無いだろ。シロタマを倉庫や通路で寝かせるワケにもいかんしな」

「だから上にシロタマちゃんを」

「幽体離脱か!」

 双子でも無いのに。

「仰向けがイヤなら、シロタマちゃんをうつ伏せにするとかさぁ」

 犯罪臭しかしねえ。

 大体、目の前にシロタマの顔があったら、キ……。

「でも、本当に連れて行く気なんだね、シロタマちゃんを」

「あの姿見りゃ、分かんだろ? 今までどんな境遇だったか」

チカモールここじゃあ珍しくないんだな。ま、その子たちが降りてくることはほぼ無いから、キャラメルちゃんは見たこと無いかもしれんが」

 大将が遠い目をして語る。

「そうなのか」

 キャラメルがチカモールに通うようになって随分経つが、まだまだ知らないことは多いようだ。

「でもなぁ……キャラメルちゃんが育てるんだろう?」

 大将は何か不満げな様子。

「何か問題か?」

「キャラメルちゃん、口悪いからなぁ。あの純真なシロタマちゃんがキャラメルちゃん色に染まっていくのを考えると……おじさん泣けてくらぁ」

「勝手に泣いてろ!」

「何かあったら俺に言うんだぞ。俺は全力でシロタマちゃんを応援していくぞ」

「オレは?」

「お金払ってくれたら」

「現金な奴め……」

 商売人だから、当然と言えば当然なのだが。

「できたわ~」

 店の奥から、トココの可愛らしい声が聞こえてきた。

 姿が見えなければ、普通だ。姿が見えなければ。

「こんな感じになったけど、どうかしら?」

 トココは一歩退いて通路を開けたが、奥からはシロタマが出てこなかった。

「あら?」

 トココは奥へと確認に行く。

「どうしたの? シロタマちゃん」

「ハズカシイ……」

 奥からシロタマの声が聞こえてきた。

「大丈夫よ。ほら、いってらっしゃい」

 トココはシロタマの背中を力強く押して送り出した。その勢いでよろめきながら、シロタマは奥から出てきた。

 その姿は膝上丈の白い袖フリルワンピースに瑠璃色のリボンベルト、足元は黒茶のショートブーツ。

 ボサボサだった髪の毛は整えられて、頭上には編み込みカチューシャ。その先にはキラッと光るカーマイン色したボールのヘアアクセサリが付けられていた。カナリーイエローの髪に赤いアクセサリーはよく目立つ。

「ドウ……カナ……?」

 シロタマは慣れない姿で恥ずかしいのか、スカートを掴んでモジモジとしている。

「ん……あぁ……そうだな」

 キャラメルもまた、変わりすぎたシロタマの姿に戸惑っていた。

「白いボールが付いたのは大事な物だったみたいだから、大切に保管しなさいと言っといたわ」

 そんなトココはしたり顔。

「どう? シロタマちゃんは」

「いやぁ……」

 トココはスタートラインと言っていたが、スタートラインのすぐ先にバカ高いハードルが設置してあるレベルじゃないか?

「決めた!」

 大将の大声が店内に響き渡った。

「どうした? 大将」

「チカモール全員で可愛いシロタマちゃんを全力で応援するよ! シロタマちゃんが困ったことがあったら、何んでも言ってくれ!」

「オレは?」

 キャラメルは念のために聞いてみた。

「もちろん、金次第だ」

「やっぱりかよ! クソッ!」

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