第5話 船に奴隷

 キャラメルは謎の声に悪寒が走った。誰もいないはずの船で、人の声がする。

「幻聴? それとも幽霊かよ」

 それを否定したいかのように、強めに言う。

 ――怖い。

 怖いが、声の正体が気になって仕方ない。

 キャラメルは恐る恐る声がした方を見ると、人が座っていた。

「ひっ!」

 逃げ出したくなったが、幽霊の類いと違ってハッキリ見えていた。

 その人は立てた両膝を抱えた、いわゆる体育座りをしている。服装はくすんだ色のボロボロになったチュニック。カナリーイエローの髪もボサボサで、顔もよく見えない。

 現実世界に存在する人では有るが、普通ではないのは一目で分かった。

「オネエサン、ダレ?」

 少したどたどしく喋るこの少女、幽霊ではなさそうだ。足もあるし。

 かと言って、おっさんの娘とかでもなさそう。娘にここまでするだろうか。いや、育児放棄ネグレクトの可能性も。

「なあ、外におっさんが倒れてたんだが、ありゃ誰だ?」

 分かるかどうか分からないが、キャラメルは少女に聞いてみる。

「オッサン? ……カイヌシ?」

 その一言で、キャラメルはようやくおっさんと少女の関係性が分かった。

「おめえ、銀河奴隷か!」

 人類が宇宙へ出るようになって相当な年月が経っているが、今でも奴隷がいると言う噂は聞いた事がある。キャラメルは今まで出会う事も無かったが、まさかこの目で本物を見るとは思わなかった。

「とりあえず、あのおっさんを確認して欲しいんだけど」

「ワカタ」

 少女はスっと立ち上がったが、歩き出そうとした時にバランスを崩し、コケてしまった。

「イテッ」

 その拍子に、チェーンで両足を繋ぐ足枷が見えた。

「おい、それじゃあ歩きにくいだろ。鍵とか持ってないのか?」

 キャラメルが聞くと、少女は首を左右に振った。

 まあ、当然だろう。奴隷が鍵を持っていたら、そりゃただのプレイだろう。足枷なんて、逃げないようにする為の物だ。

「ちょっと待ってろ」

 とコックピットを飛び出したキャラメルが戻って来た時、手には大型のチェーンカッターを持っていた。チェーンやワイヤー等を切る工具だ。オルバートに戻って取ってきたのである。

「これで……」

 と、キャラメルは足枷のチェーンを切った。これで少女の脚は自由に動くはずだ。

「おう、来いよ」

 キャラメルは地面に倒れているおっさんの所へと戻る。少女はキャラメルの後ろをついてきた。

「カイヌシ……」

 倒れているおっさんの姿を見るなり、少女は不安そうに呟いた。

 このおっさんが少女の飼い主なのは間違いない。

 あと確かめる事が一つ有る。

「なあ、このおっさんの名前はなんてえんだ?」

「……アディアム?」

「アッチャー……」

 これで、このおっさんがアディアム確定か。

 有名で、好き放題やって来た人物の最期がこれとは、運命というか、自業自得というか。

 むしろ、何があってこうなった?

 しかし、それを知る人物はこの世にいない。

 炎の勢いはまだまだ収まっていない。いくら人が死んだからと言って、火葬でこの炎にぶち込むのも可哀想だ。

 それ以前に、この少女がこのままになるのが可哀想だ。死んだおっさんは放置してもいいが、まだ生きている少女を放置する訳にはいかない。

 かといって、奴隷の少女を連れ回す趣味は、キャラメルには無い。

 奴隷……。

 いや、奴隷でなければ良いのか――。

 キャラメルは閃いた。

「よっしゃ! 今後はオレがお前を連れて行ってやる。ついてこいよ!」

「オネエサン、ボクノアタラシイ、カイヌシ?」

 少女は小首を傾げた。

「ぶぁーか。飼い主じゃねえ。親分だよ。お前は子分だ」

「オヤブン……?」

「んじゃ、行くぞ」

 キャラメルが歩き出すと、子分となった少女は黙って後ろをついてきた。


 二人はオルバートへと戻ってきた。

 今後に関して、いくつか問題があった。

 まず、この船は二人だと狭い。コックピットなんて一人で精一杯。なので、今キャラメルと少女は倉庫にいる。アディアムの船はコックピットが広かった。あれなら二人いても問題ないだろう。持ち主がいなくなったアッチにするか。いや……。

 船の問題は後回しにする。あとは――。

 キャラメルは倉庫の隅で体育座りをしている少女を見た。

(今、残っている問題は殆ど少女絡み)

 なのである。

「ところで、名前はなんてえんだ?」

「……ナイ」

 相変わらず声はか細い。

「ナイ……変わった名前だな」

「ソウジャナイ……」

 あ、名前が無いということか。

 この少女は、まだ謎が多い。

「どこの星出身だ?」

「ワカラナイ」

「歳は?」

「ワカラナイ」

「おっさんに変な事されてなかったか?」

「ヘンナコト……?」

 分からないことだらけだよ!

 まだ物心も付かない頃から、こんな生活をしていたのだろうか。

「ちょっと立ってみて」

 もっと少女を知るために、少女を立たせることにした。

 言われた少女は、のそっと立ち上がる。

 背はキャラメルより小さいが、頭一つ小さいぐらいで、すごく小さい訳では無い。幼すぎるという事でも無さそうだ。

 少女の周りを回る。髪はかなり長めで、先の方を白いボールが付いたゴムでまとめている。

 少女は小刻みに震えていた。まだ不安なのだろうか。なんとか落ち着かせないといけない。

 の前にまず、名前が無いと不便だ。

 キャラメルは沈思する。

「――名前を付けよう。シロタマでどうだ?」

「シロタマ……?」

 少女は小首を傾げた。相変わらずボサボサの髪で顔は見えにくく、表情はよく分からない。

「ああ、シロタマだ。白い玉が付いてたからな。どうだ? シロタマ」

「コブン、シロタマ!」

 少女の声が少し明るくなったような気がした。

 否定もしないので、名前はシロタマでいいのだろう。

「名前の問題は解決した。次は船の問題だな」

 オルバートは一人用の船。頑張れば二人乗れないことも無いが、キツい。

「オヤブン、アッチノフネ、ノル」

 シロタマが言う。あっちの船とは、アディアムの船だろう。

「あっちかぁ……」

 その意見には、キャラメルが乗り気ではない。しかし、ここで悩んでいても解決はしない。

 二人はアディアムの船へと戻った。

 アディアムの船は新しい。コックピットに来てみても、最新の機器が取り付けられているのが分かる。オルバートとは大違いだ。

「うーん……」

 コックピットでキャラメルが唸る。

「オヤブン、ナニカモンダイ?」

 心配したシロタマが聞いてきた。

「いや、オレ新しくて複雑な機械に弱いんだよ。これを操れる自信が無い」

 キャラメルがオルバートに乗り続ける一番の理由は、これだった。単純な機械ならなんとかなる。自分で単純な機械を作ったりもする。が、宇宙船が単純な訳がない。慣れたオルバートしか操縦が出来なかった。

「イマノフネ、ソウジュウカンタン」

「これを? 無理だろう」

「コブンデモ、ソウジュウデキル」

「まじで!?」

 それならありがたいが。

「コブン、カイヌシニソウジュウ、サセラレテタ」

「なんと!?」

 初めてあのおっさんに感謝するかもしれない。

「デモコブン、ホシヨクワカラナイ。ユキサキ、オヤブンキメテ」

「やるやる。それぐらいはやるよ」

 船の問題は解決した。

 オルバートから荷物を移す為、オルバートをアディアムの船の傍に移動させた。オルバートから荷物とともに、燃料エネルギーも移す。オルバートの燃料エネルギーはお金を出している。残していくのはもったいなかった。

 荷物をある程度移し終えたところで、キャラメルはこの船に何があるのかを知らないことに気付いた。

 シロタマに、

「この船の中身、分かるか?」

 と聞くと、

「タショウ」

 と返ってきた。

 何も知らない船に乗るのはイヤだ。キャラメルは新しい船の探検をすることにした。

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