第一章 ─ダインストン支部の魔導教官─

第04話

 神都グラムは寒暖差が小さい。

基本的には寒冷地であり、北側に寄れば雪国のような景色を見ることもあるくらいだ。

むしろ、温暖な地域が神都には殆ど存在しない。

一応、レイの元住んでいた南東方面の中層・下部であればその限りでもないのだが、総じて見ればほとんどが寒冷地と言えよう。

 他の国では決して有り得ないことだが、ただの1都市の中であるにも関わらず大きく景色が移り変わるのも、グラムの沢山の特徴の一端だ。

それは神都グラムの雄大なる土地の広さ故である。


 我らが神聖グランザム王国は神を崇拝するライゼン教会の影響力の強い国で、その国民たちも信仰心の大きさに違いはあれど皆一様に神を心に抱いているものだ。

特に、北側はその特徴が強い。

汽車での移動中、何度教会のステンドグラスを目撃したか分かったものではない。

 レイがケイティの家を出てから既に14時間以上経過しており、外は白一色の雪景色に包まれている。

もはや元の町並みは見る影もなかった。

どうやら神都グラム北側の更に西方面────ダインストン地区に入ったらしい。

 外の代わり映えの無い景色をつまらなそうに眺めていたレイは、窓に反射する人影を目に止めた。

「な、なんで貴方がここにいるんですの……」

同時に、聞き覚えのある声が耳に飛び込んでくる。

慌てて振り返ると────ラミスフェリ・テイカーが頬を引きつらせてレイを見下ろしていた。

「お前こそなんだよ?あ?」

汽車に揺られる中でストレスでも溜まったのか、なぜか高圧的な態度でラミスフェリを威圧するレイ。

「お前のせいで俺は試験に落ちたが?あ??あ??」

……………。

どうやら、ただの逆恨みだったらしい。

やはりクズである。

 しかしその発言にむしろ機嫌を良くしたのか、ラミスフェリはフフンッと小さな胸を張って自慢げな表情でレイを見下ろした。

「あらあら。私は見事合格しましてよ?今から配属先に向かってるところですのよー!!オホホホホホホッ!!」

嫌味たっぷりにレイを見下したラミスフェリは、汽車の中だというのに大きな声で「貴方は?もしかして観光ですの?(笑)」「あらまあ、試験に落ちてみっともなく暴れた挙句に観光ですのねぇー!!(笑)オホホホホ!!」と高笑いしている。

 まあ、確かに面接で発狂して不合格判定にされた無能が、これから配属される支部の指南教官だとは誰も想像できないだろう。

彼女は今、己の教官に煽り行為をしながら高笑いしているのである。

その事実にいち早く気がついたレイは、ラミスフェリにバレないようにニヤリと笑い、わざとらしく悔しがった。

「ち、ちくせう!!己の非力さが憎いぜ!!ちくせう!!」

と、独特な悔しがり方を披露したレイに対して「間抜けですわ!!オホホホ!!」と更に高笑いするラミスフェリ。

「では、私は自分の席に戻らせて頂きますわね。ごきげんよう(笑)二度と会うことなんてないのでしょうけど!!オホホホ!!」



 汽車が駅に到着。

ダインストン─────王国南東方面の下層・中部区画。

ここは今や犯罪が激化しつつある地区になっている。

だがその一方で、この近辺の地区と比較すると比較的賑わっている地区でもある。

その為、ダインストンの駅で下車する人の数は存外に多かった。

そして、レイはこの地区でこれからの人生を過ごすことになるのだ。


 駅から見える街並みは雪景色ではあるものの、遠目に見てもわかる程度には賑わっており、商売根性たくましい者達による客呼び込みの声がここまで響いていた。

急な引っ越しの割に小さめのトランクを一つ抱えただけのレイは、すぐに移動する気にはなれず、トランクを地面に置いて暫く駅から見える景色を眺めた。

「はぁぁあ……」

寒い。

吐き出した息はとても白く、目視可能な程。

「俺の居たところも寒いとは思ってたけど、ここはレベルが違うな…」

手を擦って温めたあと手袋をはめて、ゆっくりとした動作でトランクを持ち上げる。

 と、そこで隣りにも人が残っていた事に気がついた。

女は耳にモフモフとした羊毛のような生地のイヤーマフラーを付けており、厚手のコートと相まって随分と暖かそうに見受けられる。

が、どういう訳か手袋だけは忘れてしまったのか、ハァハァと息を吐き出して手を温めている。

レイはニタァと気味悪く笑ってその女に話しかける。

「おやおや?なんだなんだ、騎士様じゃねえか」

ラミスフェリはレイと同じく景色を眺めてボーッとしていたらしく、話しかけられてビクッと身体を震わせる。

 ここで『騎士様』と立場を分かりやすく呼びかける辺り、レイも性格が悪い。まあ、レイの性格が悪いことは今に始まったことではないが。

話しかけてきたのがレイだと分かると、ラミスフェリは途端にニマニマした顔になり、「あら、貴方もこの街で下車するんでしたの。それならば、わ・た・く・し・が貴方を守ってあげることもあるかも知れませんわね。観光中は安心して街を巡られるとよろしいですわ(笑)」と煽り始める。

どうやら、彼女の方も同じく品がないようだ…。

 一応彼女の名誉のために記述しておくが、彼女はレイ以外の相手には礼儀礼節をきちんと重んじた態度を取る淑女である。

煽られたレイは自分の両手をガッチリ合わせて、膝を付きながら「あぁ、ありがとうございます騎士様。感謝します」とわざとらしく謙った。

それを見て気分を良くしたのか、ラミスフェリはオホホホと笑ったあとカバンを抱える。

「あらあら。どうやらやっと貴方も礼儀というものを理解したご様子ですわね。その調子で励むとよろしくてよ。それでは、ごきげんよう(笑)」

そう言うと、スタスタ駅の改札に消えていった。

「ふぅ…」

 やっと冷静になったのか、レイは一息ついてから改札に向かうのだった。



 レイの教官就任日まで、あと2日ほど日数がある。

というのも、急な推薦だったせいで新人の入団日時と被ってしまい、ガイダンス等の日数が確保できないためだ。

その為、レイはダインストンに来て2日ほど余裕ができてしまったわけだ。

「んま、軽く散策でもしておきますか…」




✱✱✱✱✱✱




 「以上で、新人の入団式を終了します」

雪の降り積もるグラウンドに響くアナウンス。

新入団員は騎士31名、魔導士5名という少人数。

ラミスフェリもその一人である。

(神都は広いので1地域の割当が少ないのは理解できますけれど…流石にこの人数では…)

─────守るべき範囲に比べて、騎士団の人数が明らかに少ない。

 犯罪件数の高まっているダインストンでさえこの現状なのだ。

他の地域は一体どうなっているのか…。

「全体、敬礼ッ!!」


ザッッ


一糸乱れぬとはこの事だろうか。

支部団長の掛け声にあわせて新人を含めた全騎士達が動きを揃えて敬礼する様は、もはや圧巻の一言だ。

 とは言っても魔導士59名、騎士368名の計427名しか居ないので、本部のソレとはレベルも質も雲泥の差だが。



 騎士と魔導士の訓練は内容がかなり異なる。

騎士はほぼすべての時間を肉体訓練と戦闘訓練に使っているのに対して、魔導士は7割が座学、2割がその実践訓練で、1割は騎士と同様に肉体訓練という配分になっている。

その為、騎士は兎も角、魔導士の方は『学校の延長』という表現のほうが的を射てるかもしれない。

 「では、各自案内に従って寮で荷解きを行いなさい。その後、施設の案内を含むガイダンスを実施しますので寮の前で整列して待っておくように」

「「「ハッ!!」」」

 支部団長─────ケレスト・ネガー。

36と言う若さで1支部の団長にまで上り詰めた男。

彼は数年前の戦争で戦略性に富んだ発案、実行を繰り返し、多大な功績を残した生ける伝説の一人でもある。

彼自身は騎士の出身なので魔導の方面にはからきしだが、近接戦闘に置いては彼の右に出るものは各支部の団長を含めても数えるほどしか無く、勝てる者となると更に限られる。

戦争で片目を負傷した結果、今や隻眼となっているものの、威圧感は日を追うごとに増すばかりである。

 そんな彼が任された地区であるにも関わらず、他の地区に比べて犯罪件数は異常に多い。

彼の指揮官としての手腕は先の戦争で既に十分すぎるほど証明されており、そこに疑う余地はない。

事実、彼が街の警備に参加するようになってからは、確実に犯罪が少しばかり減っている。

だが、それでも万全ではなかった。

支部団長の仕事は多く、犯罪者の引き渡しや行政官との連携手続きを始めとして、本部からの招集や戦時での緊急配備の対応。

その他、あらゆる方面で多忙を極めている。

 以上のことからわかるように、警備部隊に参加、指揮を取ることが可能な日数は極端に限られており、十全な効力を発揮できずにいた。

特に、魔導士が担当する区域の犯罪件数は軒並み増加傾向。

その原因は恐らく魔導に精通した指揮系統が不在で、各小隊の判断に任せっきりであることが大きいだろう。

今いずれかの大国との戦の火蓋が落とされたら、どうなるのかわかったものではない。



 ─────2日後、朝。

早朝よりケレスト支部団長は執務机で書類仕事を開始していた。

まだ太陽は登っておらず、薄っすらと空が明るくなりかけているような状況だ。

 ただ、民間人の安全を守る騎士団には休息の時間は少ない。

現に、団員の自主訓練の掛け声が既に執務室まで響き始めていた。

熱心なものである。

 室内であってもまだ肌寒いのだから、外がどれほどの環境かもおおよそ知れたものだ。

彼らのやる気があってこそ、この地区の平穏はギリギリのところで保たれているのである。

ケレストは葉巻に火を付けて、窓の外に目をやった。


コンコンコンッ


 と、ちょうどそのタイミングで部屋の扉をノックする音が彼の耳に届いた。

こんな早い時刻からの訪問者は予定に無く、かと言って名乗りを上げない事から団員ではない事が伺える。

「開いている」

ケレストがそう言うと、ガチャッと扉が開き、奥から引き締まった顔のレイが入ってきた。

「お邪魔します」(ニコッ)




✱✱✱✱✱✱




 「えー、今日から王立騎士団ダインストン支部に指南教官として配属されることになったレイです。よろしくお願いします」(ニコッ)

レイ・外モードの華麗な挨拶に拍手が沸き起こる中、ラミスフェリは顔面蒼白だった。

それもそのはずで、あれだけ煽り倒した無能が上官として自分の前に立っているのだ。

辛うじて笑顔は保っているが、内心は冷や汗ダラダラである。


 本日はいずれの魔導小隊も警備当番ではないので、普段ならば自主訓練の日だった。

当然、休暇は無い。

ただ、指南教官がやっと配属された以上は『自主訓練』ではなく『座学の授業』という項目に変更される。

そして現在はその講義室であった。

 講義室は教壇を扇形に囲むような形で横長の机が設置されており、後ろの席に行けば行くほど座席の位置が高くなるように配置されていた。

「ねぇ、思ったよりイケメンだよッ…!」

 この支部の女性魔導士はラミスフェリを含めて10人しかおらず、希少だ。

そのうちの一人─────メアリーがラミスフェリにウキウキした顔で話しかけてきた。

「え、えぇ…そうですわね…」

 メアリーは同期なので、恐らくラミスフェリとは別の面接を受けた者なのだろう。同じ会場にいたのであればレイの着任を喜ばしく思うことなんてできるはずがないのだから。

 他にも数人、レイを見て苦笑いを浮かべている者は、恐らく彼のことを知っている人物だろうというのが推察できる。

なにせ、ラミスフェリ本人も苦笑いを浮かべるしかないのだから。

(まあ、どうせ彼に教わる事なんて何も無いのでしょうけど…)

 ラミスフェリはレイのようないい加減な男は好まないが、それを抜きにしても彼に教わることは無いように思えた。

なぜならラミスフェリは既に彼と対峙し、そして一撃のもとに退けた経験がある。天才魔導士のラミスフェリが、底辺のレイに教えを請われることはあり得たとしても、その逆はないはずだ。

(でも…そもそもどうやって指南教官の座に…?)

そう。むしろそこが疑問だった。

彼の実力を知っているからこそ、今の信じられない現実に首を傾げる。

 前に説明した通り、魔法に対する適正を持っている者は『生まれながらにして人生勝組が確定した人間』なのだ。

魔導士候補生なんて、騎士団からしたら喉から手が出るほどほしい人材である。

にも関わらず、魔導士を志望して不合格。

ということは、かなり実力に乏しいと判断せざるを得ない。

レイには根本的に向いてないのだ。

かと思えば、指南教官として彼がそこに立っているではないか。

では、一体なぜか。

(つまり、魔導学の知識だけは豊富、ということでしょうか…?)

 考えられるとすればソレだ。

レイは戦闘にとんでもなく不向きだが、知識量が多い学者タイプ。

多くの魔法を習得し、研究した人間。

そう仮定したならば、あるいは理解できるというものである。

(フン。下らない。結局は実力のない頭のお硬い連中の一人でしたのね。それならそれで、お手並み拝見ですわ)

レイの教育者としての腕前を測ってやろうと考え直したラミスフェリは、ニヤリと笑って拍手を続けるのだった。




 「………………」


──────普通だ。


拍子抜け、というよりむしろ期待ハズレ。

レイ・外モードはニコニコした表情で魔導書に書いてあることを適当に朗読しているだけで、黒板に何か書く事もなければ、注釈を入れたり質問を募集することもない。

なんというか、これでは並の学校の底辺教授以下である。

 「なんか、つまんないね」

メアリーが両頬に手を置いてつまらなそうに呟く。

「そうですわね。まあ、大方想像通りですわ」

教官の前で私語、しかも頬に手を付くなんて普通は厳罰ものである。

が、レイはさして興味もないのか、機械的に本を読み上げ続けるだけ。

これでは居ても居なくても同じである。


「すみません!!」


と、後方に座っていた真面目そうな男────ガイルが手を上げた。

「はい?」(ニコッ)

それまで淡々と音読をしていたレイも音読を止めて、ガイルに目をやる。

「154ページ、上段2行目の魔術概論に関する『自然調和における魔力濃度の上下変動』の部分に関して詳しくお聞きしたいのですが!」

「私も知りません」(ニコッ)

「え、は?」

「では、続けますね。『その状態における魔動力場の不安定性を利用した12の魔導原理の限定崩壊とは─────』」

教官とは思えない態度で質問を一蹴し、そのまま続けようとするレイにガイルは食い下がった。


「ま、待ってください!!私は真剣に質問しているのです!!」


「そうですか。こちらも真剣ですよ」(ニコッ)

ややイラつきを滲ませたガイルの意見に対しても適当に返答し、レイは本に目線を戻した。

(無駄ですわ。あの男にそんな高度なことを聞いても答えられるはずありませんもの。はぁ…。本気で外れ地区を担当することになってしまったのですわね…)


「ふざけないでください!!私は民の安全の為に魔導士として上達したいんだッ!!」


我慢の限界だったのか、声を張り上げるガイル。

 魔導士にしては向上心に富んだ青年である。

が、それでもレイはどうでも良さそうに─────本当に、心底どうでも良さそうに「では、自分で調べてください」(ニコッ)と言った。

 これには黙ってみていた団員たちもブツブツと文句を言い始める。

 一方、ガイルは流石に諦めたのか、それとも呆れたのかはわからないが、黙って着席していた。




 ──────翌日。

警備当番以外の人間は、同じように講義室に着席していた。

数名、まだ眠そうな顔をしている。

と、入室してきたレイが眠そうな顔をしている人間を見つけてこう言った。


「私の授業では基本的に教科書を読む以上のことは致しません。眠い方や自主訓練をしたい方は退室して有意義な時間を過ごしていただいても構いません」(ニコッ)


流石にこの発言にはラミスフェリとガイル以外の人間はザワついた。

当然だ。ほぼ公認で睡眠が取れるのだから。

更に、ザワつく団員たちに「もちろん、ペナルティはありませんから、御自由に」(ニコッ)と付け加えて、また魔導書を読み始めた。

 団員たちは最初こそ戸惑ったものの、結局、10分もすれば講義室には25人程しか残っていなかった。

昨日の授業内容では、無理もない。

自分で教科書を読むのと大差無いのだから。




 ──────翌日。

今度は10人程度しか講義室には来ていなかった。

そんな状況で、レイは教科書を読み上げるのも飽きたらしく、団員に音読させ始めた。

そして、なんと自分は爆睡し始めたではないか。

何という横暴。

ほぼ自習のような状況で、それでも健気に団員たちは音読した。




 ──────翌日。

ついに3人しか講義室に来なくなった。

メアリー、ガイル、そしてラミスフェリ。

ガイルは授業こそ参加しているものの、何かを必死で書き込んでいる様子で、授業に参加してるとは言い難かった。

この頃になると、レイは部屋に入ってすぐに爆睡するようになっていた。




 ──────翌日。

またしても3人しか来なかったが、今度はレイが授業に来なくなった。

結果、3人はボーッと教科書を眺めていることしかできず、もはや名目上ですら授業ではなくなっていた。

メアリーは足をぷらぷらさせてペンをクルクルと指で回しており、授業を受ける態度ではないが、それを注意するものはこの場にいなかった。

「私、明日も教官が来なかったら来るの辞めちゃおうかなー」

メアリーがつぶやく。

 メアリーはラミスフェリが講義に参加すると言うから付き添ってるような形で付いてきており、はっきり言って期待していなかった。





 ──────そして翌日。

レイは授業に来なかった。


そして、講義室には誰も来なくなった。







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