第03話


 「離せッ…!!オイっ…!卑怯だぞ!!」


訓練場内では時折爆発音のような轟音も鳴り響いているが、それをかき消すような大声が場内を満たしていた。

 駆けつけた救護班に担架に乗せられた血だらけのレイが目を覚した途端に盛大に暴れていたのである。


「不意打ちだ!やり直せッ!卑怯だ!!ノーカンノーカン!!」


どうやら、先程の試合が不意打ちだと騒いでるらしい。

どう見ても正式に成り立っていた試合だし、レイも反応してたように思うが…。

 明らかに不当なレイの指摘に、ラミスフェリは色んな意味で何も言えずにムスッとした顔で黙っていた。

何をどうしたらあそこまで正面からコテンパンにされて、悪質な観客のようにヤジを飛ばせるのか…。

 しかしこのままでは担架で運ぶこともままならない。

救護班の女性が必死でレイを宥める。

「レイさん落ち着いてください。不意打ちでこんな姿になってしまったのなら残念ですけど、この怪我ではどのみち続行できませんよ。まずは一旦我々が医務室に運びますから大人しくしてください」

「じゃあ仕方ないな!!俺は卑怯な不意打ちでたまたま気絶しただけで、まともに試合してたらめちゃめちゃ圧勝してたし、なんなら俺が同じ魔法使ったら壁を貫通して粉々にしちゃってたけど、今回はドクターストップだから卑怯極まりないお前に勝ちを譲ってやるよ!!」

中指を立てながら叫び回るレイ。

「…………………」

もはや汚物を見る目から可哀想なものを見る目に変化していた。



 そんな2人を遠くから眺める人影が3つ。

面接官達である。

 試験会場は高所から観察が可能となっており、上から見た会場は、カットされた蜂の巣のように天井吹き抜けとなっている。

彼らは各々が受験生たちの立ち回りや戦闘技術、センス等を観察し点数を付けて回っているのだ。

「いいね、彼女。あの年齢で既に第三位階の【ウィンド・カッター】を高練度の魔力操作で完璧に具現化してる」

「彼女、テイカー家のご令嬢らしいわよ」

「へぇ。魔導士の名門貴族じゃねえか。そりゃあ相手も可哀想なことだねぇ」

彼らは手持ちの紙の受験番号に、点数と○、✕をそれぞれ記入した。

 ご満悦にラミスフェリを評価したあと、一転。

暴れ回るレイに悲しそうな目を向けた。

「あーあー、醜態晒しちゃって…」

「面接会場の時から色んな意味で凄いわね、彼」

「ありゃあ、騎士に夢でも見て入隊してきたクチだろうな。最近は『底辺騎士から成り上がって行く!!』みたいなオタク向け作品も多数出てるって話だしな」


『不合格』


三人の頭の中にその言葉が浮かびあがる。

無理もないだろう。

騎士として、向かい合った相手に不意を突かれたのが事実でもそうで無くとも、恥でしかないのだから。

それを、あそこまで大声でアピールしてるのだから程度が知れる。

なにより酷いのが、事実ではない点だ。

 ここまで来れば子供の癇癪というレベルで、王国の正規兵としてその顔を民衆に晒す者に相応しいとは言えない。

あんなものを採用しては、民からの信頼に関わる問題である。

戦闘センスが抜群にいいとか、いずれかの特筆すべき事項があるならばまだしも、彼にある特徴は顔面と声だけ。

残念ながら顔がいいだけの無能はお呼びでない。

「まあ、彼も一応は魔導士志望だし、あと2試合を見てから決めても遅くないだろうね。なにせ彼はまだ魔法を使ってないわけだし」

その発言に、残りの2人も頷く。

今の時期の魔導士は一人でも多いほうが都合がいい。

人間性は軽蔑に値するが、もしかしたら戦闘センスがないだけで魔法のセンスの方には長けているかもしれない。

もしそうなら魔導士は無理でも、研究部門に配属するのはありなようにも思う。

何より、できる事なら採用したいのが本音だ。




✱✱✱✱✱✱




 「ぜ、全敗…」

「逆に凄いわ…」

「なんだか俺の方が心臓痛くなっちまったぜ…」

あの後、華麗に復活したレイはその後の試験でも尽く瞬殺。

文字通り一撃で吹き飛ばされており、その全てで「本気を出してたら余裕だった」と発狂を繰り返して退場。

正直言って頭が痛い。

しかも、彼は今の所魔法を一度も使っていな───いや、使えていない。

「大丈夫?彼…」

「身体の方はね。精神の方は…ちょっと大丈夫じゃないかも。というか、私なら恥ずかしくて二度と家から出れないわ」

「一方のテイカー嬢は全戦全勝。レイ候補生とは真逆の意味で『瞬殺』だったな」

「名門は格も違うわね。特に、最後に見せたアレは圧巻だったわ。練度が桁違い」

「まあ、彼女はこのまま行けば面接がどうであってもほぼ合格だろうねぇ。けど…」

チラッと担架で運ばれるレイに目を落とす。

「はぁ…。流石にアレでは合格にさせたほうがおかしな話だね…」




 ラミスフェリは移動したあとの部屋にまで響くレイの発狂を聞いてため息を一つこぼす。

(どうして私はあんな男を警戒したのかしら…)

戦闘前こそ威圧的だったが、不遜な態度を取ってるだけで実力の伴っていない男。

文字通りの見掛け倒しである。

第三位階の魔法…、それも攻撃力を犠牲に射出速度の高い魔法を選んだのだ。

その程度の魔法で失神していたのでは、他の魔法でさえレイの勝てる道理はない。

要するに、大体何をしても彼女は勝っていたのである。

 まあ結局、蓋を開けてみればラミスフェリは無傷の全勝。

対して奴は重症の全敗。

ほんの少しでもビビってしまった己の体に腹立たしさすら覚えるような結果である。

「ふぅ…」

 一息ついたラミスフェリは自分の魔法で粉々になった壁を見つめて己の実力を確かに再確認した。

(大丈夫、私はちゃんと強いですわ…)

 余談だが、ここは正式な訓練施設だ。

外壁は元より、ラミスフェリの破壊した壁も決して脆くはない。

薄くはあるが頑強にできており、壊すことは並の魔導士では困難。

それをただの一撃で、クッキーでも割るかのようにグチャグチャに崩壊させたのだ。

ラミスフェリの魔法の威力がどれだけ洗練されているのかが伺える。

────閑話休題。

 ラミスフェリが顔を上げると、ちょうど他の人達も試験が終わったらしく、上の方から面接官の声が響いてくる。


「これにて、実技試験は終了とする!!各自休憩の後、面接試験まで残ったものは順次番号を発表していくので、呼ばれた候補生は面接会場に残ること!!」


 全戦全勝、その上無傷で瞬殺だ。

流石にこの状況でラミスフェリが面接に進めない理由などなく、それはラミスフェリも理解していたので、急いで面接会場に向かって歩みを進めた。




 面接試験まで残った候補生は意外にも多かった。

選りすぐりのエリートだけが選別されると思いこんでいたラミスフェリにしてみれば、拍子抜けである。

まあ、これは学校の入学試験でも何でもないので、今の騎士団の状況でそこまで過度に絞り込みをかける理由がないのだろう。

先述の通り、一人でも多く採用したいのが本音である。

 そんな彼らは先程の実技試験の戦果や、改善点などを話し合っており、会場内はザワザワと賑わっている。

 そして、案の定面接試験まで危うげなく残ったラミスフェリ。

彼女は、例の男────レイがどこかにいないものかと辺りを見回す。

もし仮に、万が一彼が実技試験をパスできていればここに姿があるはずだ。

(彼は…、違いますわね。ん?いえ、違いますわ…)

暫くのあいだ不審者のようにキョロキョロしていたラミスフェリだが、やはりどれだけ探しても見つからない。

(ま、まあ当然ですわよね…。とても弱っちいみたいですし)

ラミスフェリはあの忌々しい男がいない事に安堵して、ハンカチで汗を拭う。

 だがどうしても気になってしまうらしく、黒髪の男性を見つけてはチラチラと目の端で追ってしまっていた。

レイとの事情を知らなければ、一見して恋する乙女である。


(って!!なんで私があんな男の事を探さなければならないんですの!?)


と、どうやら本人もそれに気がついたのか、目を閉じて頭をブンブン振る。

(あんな男が居ないならむしろ好都合ですわ…!)

煩悩を振り払ったラミスフェリがゆっくりと目を開けたその時────。


バァンッ


─────勢い良く扉が蹴り飛ばされた。

丁度何かを言いかけた面接官の女性も、あまりの出来事に「いっ!?」とおかしな声を上げて振り向く。

当然ラミスフェリを含めた候補生全員も一斉に静まり、扉に目をやった。

 全員の注目を集めて扉の外から姿を覗かせたのは…。


「なんで俺が不合格なんだよおかしいだろがッ!!死ねッ…!!」


やはり、レイである。

「「「………………」」」

レイの噂は既に候補生の殆どの耳に入っており、皆死んだような目でレイを見ていた。

いったいどうしたらあんなに恥ずかしい真似ができるのだろうか。

羞恥心という概念を忘れてしまったのだろうか。

レイは入室するなり面接官に中指をぶち立てて「どう見ても俺の方が有能な魔導士だろうがコラァ!!」と騒ぎ立てる。

もはやレイ・外モードの姿は見る影も無かった。

 しばらく騒ぎ散らかしたレイは「お前らもそう思うよなぁ!?」と全く誰も共感できない発言を投げかけ、我に帰った面接官の二人に3秒ほどで拘束された。

「やめ───ウギっ!」

弱い。


「あっ」


いきなり落ち着いたレイ。

どうやら何かを見つけたようで、その視線の先にはラミスフェリがいた。

一番顔を合わせたくない状況でニッコニコのレイは話しかけてきた。

「おーい!ラピスラズリじゃないか!」

しかもこのクズ、名前を全然覚えていない。

(わ、私はラミスフェリですわっ…!)

心の中で言い返すものの、実際は顔を逸らして知らない人のふりをするラミスフェリ。

「ラピスラズリも言ってくれよこいつらに。俺めっちゃ強いって」

「おい君、もういいだろ。早く退室しなさい」

「おい離せやッ!辞めろ!!」

今のこの地獄のような状況をケイティが見たらどう思うだろうか…。

 面接官二人に引きずられてレイは廊下に消えて行った。

パタンッ、と扉が閉じられた時には既に先程の賑わいはなく、全員が歴戦の戦士のような顔であった。

(こ、これでは皆さんに知り合いだと思われましたわ…。最悪ですわ…)


結局ラミスフェリは、しばらくレイの知り合いという勘違いに悩まされることになるのであった。



✱✱✱✱✱✱




 神都グラム・上層。

ここはケイティ邸の個人用研究室。

「で、私の家に来たと…?」

昨日に比べていくらかラフな格好のケイティが、不機嫌そうにレイを睨み付ける。

「帰る家なくなったから…」

そのケイティの研究室の床で、盛大に土下座するレイ。

「はぁ…」

 ケイティからしてみれば、一般の方の面接で受かるのは難しいとは思っていた。

まあ案の定、不合格通知をもらっている。しかも一次で不合格。

 確かにレイの人間性はゴミカスの家畜以下だが、今回に限ってはそういう話ではなく、単純にレイに実技試験は向いていないという話である。

ケイティの読みでは、今のレイは兵隊よりも指南教官のほうが余程適しており、仮に魔導士としての試験に合格していたとしても実践は不向きと言わざるを得なかった。

 それでもレイの技能を鑑みると他に適した職業もなく、仕方なく勧めた仕事だったわけだが…。

「んま、推薦状書くか…。荷物まとめとけよ」

「えっ」

思わず顔を上げて信じられないものを見るような顔を向けるレイ。

「仕方ないだろ。他に仕事ないんだから」

「……………」

何も言い返せない。

特に、今日の醜態を隠して結果報告だけしてる手前、もう一度挑戦させろなんて言えたものではない。

今のレイでは1000回チャレンジして1000回不合格になるのは目に見えている。

流石にもう一度家を買い与えてくれなんて図々しいことも─────。


「もう一度俺をヒモにしてください」


─────言える男であった。

クズの教科書のような人間である。

「アホかこの無能がッ!!お前のせいで私の評判ダダ落ちだわッ!働けッ!」

 どうやら昨日引き払ったケイティ名義で借りていた一軒家の話で、不動産の人間に周囲の評判を聞かされたらしく、大恥をかいたらしい。

「断るねぇッ!!俺は遊んで暮らすのが大好きなんだよ!!」

「このクソニート‼なんだ『ヒモニシテクダサイ』って?猿語か??猿語だよなそれ!!」

「うるせぇ‼お前のスネをかじって一生お前のペットとして生きていくことに俺は何の恥もないんだよ!!」

仮にもケイティの家は上層区画である。

そこでとんでもない宣言をするレイ。

もう少し敷地が狭ければ恥を上塗りしていたところである。

 ケイティは土下座するレイの横腹を蹴り上げて、椅子に座る。

「はぁ…。真面目な話、お前しか適任はいないんだよ」

「……………」

急に真面目なトーンで諭すように話しかけてくるケイティに、レイも黙る。

「北西のダインストン地区では特に犯罪件数が多くてな。子供を狙った誘拐事件が多発してるらしい。それも、かなりの高頻度でな」

「ハンッ、そりゃクズだな」

……………。

「………。んで、そのダインストン地区の警備を任されている支部には、現在たったの54しか魔導士が割り当てられていない。その上、指南役は未だ不在だそうだ」

そこまで言って、「あとは分かるだろ?」と言う視線をレイに向けるケイティ。

「んまあ言いたいことはわかるが、俺はあの無能どもをまとめ上げて王国の忠実な犬になるのは無理だ」

心底嫌そうな顔をして手をプラプラさせるレイ。

 だが、どうしても折れないレイに、ケイティは警戒したようにおずおずと口を開く。

「これは……、本当はあまり言うつもりじゃなかったんだが…」

ケイティはひと呼吸おいてレイをしっかりと見据えた。


「あそこには、シシリィの子供が居るらしい」


ピリッ────

その言葉を聞いた途端、レイの纏う空気が二段ほど強烈に引き締まる。

ありていに表現するなら見ているだけで緊張感が走る空気感を纏った。

「なに…?」

それまでとは一転して怪訝な顔を浮かべるレイ。

いつもよりワントーン低い声は、捉え方によっては少し恐怖心すら煽る。

(アイツの話になると、まるであの時のような顔をするのだな…、お前は)

ケイティは懐かしいような、哀しいような表情を浮かべて、続ける。

「私も人伝に聞いた話だから確証はないがな。名は確か───シンシア」

シシリィというのはどうやらレイにとってはかなりの重要人物であるらしく、時間が経過するにつれてレイの表情はどんどん強張っていく。

「なぜ、今まで教えなかった……?」

「私も知ったのはつい最近だよ。それに何より、教えたとして、お前が何をするかわかったものではないからな」

「何もしないだろうが」

「いやするさ。お前は」

ケイティは、蝋燭の揺れで動く影をじっと見つめたまま「例えば…」と呟く。



「例えばグランザムを潰したり………な」



「………………」

 ケイティはくだらない冗談は好まない性格である。

勿論彼女は魔導学者であり魔導士でもあるので、ある程度感受性は豊かでもあるが、殆どの場合は今のような発言を冗談で言うことはない。

それはつまり、彼女が本気で「レイがその気になったら国を潰す」と思っていることになる。

はっきり言えば、頭がどうかしてるとしか思えない発言をケイティがしてるにも関わらずレイは何も言わない。

それはまるで……。まるで図星でも突かれたかのように、暗い表情で押し黙っている。

……………。

……………。

……………。

………暗い顔をした二人の間を、気まずい沈黙が流れた。

 が、先に痺れを切らしたのはレイの方だった。

「明後日、ダインストンに発つ。推薦状は今日提出してきてくれ」

「ッ……!?だが────」

「大丈夫。なにもしねぇよ」

ケイティの言葉を遮るようにレイはそう告げると「寝る場所ねえし、応接間借りるぞ」と一方的に言って部屋を出て行った。






─序章 終─

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