第02話
近年、神聖グランザム王国に限らず魔導士のレベル───この場合平均的な実力の事を指すわけだが、それが低下していく傾向にあった。
理由は各国共に明白で、どこも似たような理由であったが、ここではグランザムの内情を特別取り上げて説明しようと思う。
主な推移の原因は大きく分けて3つ。
まず最も大きな要因だが、それは魔法適性を持つ人間の絶対数の少なさにあった。
確かに職人、武芸家、スポーツマン、研究者等のあらゆる分野に『天才』というものは存在しており、それは等しく他を引き離す存在感を放つ事で知られている。
だがしかし、この世に存在するありとあらゆる分野は基本的に努力をすれば同じ芸当、または近しい芸当を習得することが可能になっている。
例えば────大工。
例えば────格闘家。
例えば────魔法学者。
天才とはこのいずれに置いても先陣を切るものだが、この天才が死んだところで大工の技術は損なわれない。
格闘家の技も魔法学者の研究成果も、確実に次の世代に、より多くの人間に伝わっていくものである。
だが、魔導士、魔術師に限っては違う。
彼らのソレは、文字通り天から授かった才。
ギフテッドとでも言うべきもので、どれだけ凡人が努力を積み重ねようとも適性がなければそれら魔導士の芸を会得することは叶わない。
魔法や魔力に対する適性が認められない限り、これは絶対の掟でありルール。
破るべからざる事実なのである。
その為、増やすことの出来ない『魔導士』という存在の絶対数は、明らかに少ない傾向にあった。
1000人魔法適性を持つ人間がいる場合と、100人しか魔法適性を持つ人間がいない場合では、明らかに前者の方が優秀な人材が多いと言うのは誰でもわかるだろう。
要するに、人数が少ないせいで優秀な人材も生まれにくいのである。
次に2つ目の原因は、その希少価値にあった。
先述の理由から、魔導士というのがどれだけ貴重な人材なのかは多少なりともわかってもらえた事と思う。
未だに分かっていない人の可能性を考慮して念の為に記述しておくが、魔法の適正を持つ子供は生まれたその瞬間に人生の勝組が確定した金の卵であり、同時に魔導士の卵なのだ。
問題は、その希少価値に対する幼少期からの特別待遇にある。
彼らの多くは幼少より手塩にかけて育てられている。
そもそも魔導士などという人間兵器のような生き物に理由もなくキツく当たろうとする人間はいない訳だが、それを抜きにしても金の卵を過保護に育ててしまう気持ちはわからなくはないだろう。
そのせいで…という言い方は適切ではないかもしれないが、結果的に殆どが────あまり言いたくはないが蛮族の王を連想させるような傲慢な性格になっている傾向が強い。
無論、ここで言う傲慢とは社交性がないという意味ではないが。
むしろ礼儀礼節〝だけ〟は人一倍出来る。
話を戻そう。
彼らは自らがトップであるという謎の自信のせいで先達の教えや指南に対し熱心に教えを請うことが無く、良い技術や知識も後に続かない傾向にある。
そんな偉大な知識達は専ら研究者たちの記述する魔導書の、『些細な数ページ』に見事な退化を遂げてきたのである。
また、上記の『絶対数の少なさ』からもわかるように、優秀な人材が少なく知識の継承の頻度がそもそも少ないことが、加速度的にレベルの低下を促していた。
そして3つ目の原因は単純で、他国との戦争による魔導士の死去である。
この場合『優秀な』魔導士の死去、と言い換える方が適切であろう。
これは説明不要だろうから強いて記述することはないが、これらの3つの要因
①魔導士の数
②それらの上達意識の欠如
③優秀な魔導士の死去
が原因であると言えよう。
さて、長々と語ったが、レイにとっての本題はそんなことではない。
むしろその副次的結果にある。
大陸の各国々は、これらの原因を根本から解決すべく動き出した。
そして、その一つが、指南教官に対する注力だ。
偉大なる神聖グランザム王国も、正規軍の指南教官にかなり力を注ぐようになって久しい。
結論から言うと、指南教官には相応の責任と期待がのしかかるわけだ。
それをレイが受け止めきれる訳もなく。
故にレイはケイティの推薦状の提出を全力で拒否したのである。
王政が全力で憂いてる事柄なんてレイには知った事ではない。
そんなレイは現在、神都の中層と上層のちょうど境目付近にまで来ていてた。
神都の重犯罪が下層を中心に起こっている事実からも想像できるだろうが、騎士団の本拠は下層には無い。現在地である中層と上層の中間線付近にその門を構えてあるのだ。
単純に、貴族邸の建ち並ぶ上層を騎士団が優先警護しないわけにもいかず、かと言ってその他の臣民たちを見捨てて貴族だけを守るわけにもいかない、ということでその折衷案としてこのような立地になっている。
勿論、騎士団の支部はその限りではないが。
レイは昨晩の宣言通り(というよりはケイティの脅迫のせいで)魔導士としての面接に伺った次第である。
「はぁ…」
心底帰りたかったレイだったが、あの後ケイティに本当に家を解約されてしまったのでもはや帰る場もなく…。
退路を断たれたレイにできることなどそう多く無い。
逃げ道に限った話では、一つもない。
ため息一つついたレイは軽く息を吸い込むと─────。
「よし…」
─────とてつもない美声を放った。
俗っぽく言うなれば、とんでもないイケヴォ。
昨晩のレイからは想像もできないような美声に、貴族邸の専属護衛らしき女性も、思わず「うわぁ…」と感嘆の声を洩らした。
僅か1単語でその場の空気を支配するかのようなその声には流石に圧巻である。
この男、実はとんでもなく社交的なのを御存知だろうか。
昨日も軽く触れた話題だが、彼は礼儀礼節を重んじる紳士のふりをするのが上手い。
実際、顔は元よりイケメン寄りである。
髪や髭、服装を綺麗に整えたその顔はまるで王族の降臨を疑うような出で立ち。
こうなると昨日の『身体的特徴のない』という文言は根本から変えざるを得ない。
柔和な微笑みを浮かべる黒髪の美青年。
そしてそれは貴族のような風格で、高圧的に見えない程よい身長は、まるで彼の温厚な精神状態を体現してるかのような錯覚に陥る。
また、程よく隆起した手足は3年の間も鍛錬を欠かさなかったことが容易に想像可能。
そう、レイは外面だけは重厚なグランザム城の城壁よりも分厚い。
まさに多重人格を疑うような2面相を操るクズなのだ。
なので、彼を表面的に知る人物はその殆どがこう述べる『一緒に居てとても心地の良い紳士である』と。
だが─────。
「さて、楽して金をガッポガッポ稼ぎに行こうかな」
それは3年前の話である。
正直、今はそこまで完璧人間を演じる気持ちにはなれなかった。
『一見完璧に見えるクズ』
彼の目指すところはそこだ。
実に低い目標である。
実際、レイのイケヴォから放たれた最悪の発言を聞いた先程の女性は「うわぁ…」と、今度は汚物を見るような目で悲しそうに呟いていた。
✱✱✱✱✱✱
騎士団の保有する敷地面積は広大。
王国の面積が広い分、兵の数は比例して相当数が必要となる。
特に、ここは栄えある神聖グランザム王国の王立騎士団本部であり上層の警備の中心的な建物だ。
警備面積に比べて、所属している兵の数は尋常ではない。
40000以上という軍団規模の王国の正規軍兵がこの騎士団本部に属しているわけだ。
その為、訓練施設、宿泊施設、事務施設、等々のあらゆる建築物の面積も当然デカイ。
結果的に騎士団はかなりのサイズの敷地を有するのだ。
ここだけ切り取ったら、兵の数が足りないなんて事実が嘘のようである。
そして、その正面玄関を少しばかり進めば、受付に辿り着く。
「あら?どうも」
どうやら足音に気が付いたようで、顔を上げた受付の女性の可憐な声に迎えられる。
来客は珍しいのか、奥で作業をしてる男性達が手を止めてちらりとコチラを一瞥したのがレイの目にも入った。
だが、特に反応するわけでもなく羊皮紙に目を落として、一心不乱に筆を走らせ始める。
「なんだか随分と忙しいんですね」(ニコッ)
レイ・外モードの声と美しい顔に受付の女性は少し目を見開いたが、流石は騎士団員と言ったところか、直ぐに客用に貼り付けた笑顔に戻って口を開いた。
「ええ。恥ずかしい事に最近は犯罪件数も軒並み増加していますからね。休んでる暇はありません」
「なるほど。無能なせいで自滅してるんですね。絶対に働きたくない職場事情ですね」(ニコッ)
人当たりのよい笑顔で微笑みかけながら、とんでもない事を大声で吐き散らかすレイ。
「そ、そうですね…精進します…」
流石に顔や声からは想像もできない失礼な発言に…、いや顔や声を度外視にしても失礼極まりない発言に笑顔が引きつる受付。
今の発言はどうやら後ろの男たちにも聞こえたようで、チラチラこちらを見ていた。
だが、恐ろしいことにこのクズ、これっぽっちも悪気が無いのである。
ただ、思ったことをそのまま言っただけなのだからクズというものは恐ろしい。
「と、ところで今回はどのような要件で…?」
ヒクヒクと口角を引きつらせながらレイに要件を尋ねる受付に対し、レイは「面接を受けに来ました」と眩しい笑顔で微笑んだ。
「は…?」
「ですから、王立魔導士の採用面接を受けに来ました」(ニコッ)
先程の発言の後に面接希望が来るとは思っていなかった受付はしばしフリーズ。
「あ、えっと…、そうですよね。面接、ね。はい。面接でしたらこちらの窓口ではないですね。こっちですね。はい」
女性は混乱しながらも立ち上がり、レイを面接室まで案内した。
到着した面接会場には既にかなりの数の入団希望者がいた。
中には同年代と思しき人達や、年下と思われる人も少なくない。
皆思い思いの格好をしていて、腰や背中に納めてある武器の種類や格好を見た限り、ここは魔導士以外の面接もやっているらしい。
王立騎士団には3種類の部門がある。
1.騎士部門
2.魔導士部門
3.研究部門
の3つだ。
騎士部門は片手直剣を始めとした近接戦闘や騎馬、弓と言った非・魔法の戦闘技術を磨く部門だ。
魔導士部門は逆に、魔法やそれを応用した戦闘に関する技術を磨く部門である。
そして、研究部門は魔導学会とも協力して、戦争兵器を研究する部門である。
磨く部門と記述したが、実際やっていることは軍事学校の延長である。
訓練、勉強、研究。
ただ、唯一差別化できる点はそれらの研鑽の日々に『実践』という項目が追加されることだろうか。
王立騎士団とは聞こえがいいが、やってることは要するに軍隊である。
警備、戦闘、救護…、仕事は多岐にわたる。
無論、仕事のない日でも指南教官によるシゴキが行われるという具合だ。
で、そのすべての面接をまとめて執り行おうというのだから、如何に騎士団の人員も時間も足りていないかが伺える。
それもそのはずで近年の犯罪件数の増加傾向は右肩上がり。
突出した重犯罪こそ少ないものの、他国の要人には決して見られたくない治安状況になっている。
一刻も早く面接なんてものは終わらせたいことだろう。
と、レイはしばらく辺りをキョロキョロしたあと、椅子を発見。
レイは隣りに居た純朴そうな茶髪の青年の肩に手を置いて「アレしか椅子が用意されていないなんておかしな話だよね」(ニコッ)と話しかけた。
見た限り、椅子は7個程しか用意されておらず、そのうち2つはすでに強面の男と老齢の男性の縄張りと化していた。
明らかに面接会場の人数に椅子の数が適していない。
そのせいか、他の5つの席は譲り合いが行われているようで、誰も座ろうとせずにいた。
「た、確かにそうだな。俺らも座りたいもんだ」
いきなり話しかけられて慌てているのか、青年はキョドった様子で返答した。
しかし、レイはその返答に満足したのか、青年の返答を無視して椅子に歩み寄り、腰掛けた。
✱✱✱✱✱✱
「おい、おいッ…‼」
「んぁ?」
ついつい爆睡していたようだ。
鼓膜を揺らす怒号に、レイの意識が急速に覚醒していく。
目を開けると、少しばかりイカツめのオッサンがレイを見下ろしていた。
なかなかの強面で、もしこの場に子供がいたら顔を見ただけで小便を漏らしていただろう。
男は黒い肌に禿頭。
正装の上からでも筋肉がはちきれそうなほど大きいのが見て取れる。
事実、手首は丸太のように太く巨大。まるで岩のような男だ。
黒い肌も、日焼けしたと言うよりは人種的特徴だと判断できる。おそらく隣国産まれの人間…、または親がグランザム人ではないかのいずれかだろう。
その筋肉を見ただけで、これまでにどれだけ鍛錬しているのかがよくわかる。
便宜上、筋肉ダルマと称しておくことにしよう。
だが、レイも男だ。
多少凄まれた程度で逃げるなんて情けない真似は出来ない。
「その椅子は俺の席なんだが、何勝手に座ってるんだ?」
と、筋肉ダルマがレイの胸ぐらを掴んでグラグラ揺らした。
よく見れば、他の椅子は既に全て埋まっている。
そのいずれも多少なりとも魔法や武芸に心得があるのは雰囲気を見ればわかる事だった。
レイは(ハハーン)と得心がいったようだった。
要するに他の人間に比べてレイなら喧嘩しても勝てそうだったから椅子を奪い取りに来た、と言うわけだ。
となれば話は早い。
「おや?こういうのってさ、先に座った者の勝ちだよね‼オジサンも座りたい気持ちは理解できるけど、マナーは守ろうよ!」(ニコッ)
と、席を譲るつもりの無さをアピールしたついでに肩をポンポン叩くレイ。
なんともウザい。
しかし、追い払うつもりだったのだが、どうやら男の方も引く気はないようで、「何を…言ってるんだ貴様…?」と困惑している。
だが引く気がないのはレイも同じ事だ。
「普段ならその見た目で他人を威圧して椅子を奪えたんだろうけど、俺には効果ないよ!悪いけど諦めてくれないかな?」(ニコッ)
既に周りの人間もレイと筋肉ダルマのやり取りは視界に入ってるようで、「おい、あいつやべえだろ…」「流石に礼儀がなってないよな…」という雰囲気でザワザワしており、男の方もたじろいでいる。
完全に民意を味方につけたレイは、ここぞとばかりに手を広げてオッサンを威圧した。
「それでも君がこの席を奪おうと言うなら、ここにいる全員が敵になるよ!わかってるかい?」(ニコッ)
筋肉ダルマと殴り合いになったら、レイが勝てるかは疑問視したいところだ。
正直レイは多少筋肉がついてはいるものの、筋肉ダルマに比べて体積は半分程度しかない。
客観的に事実を述べるなら、まず勝つのは無理だろう。
だがレイはクズである。
数の暴力であればレイに分があると踏んで、筋肉ダルマに喧嘩を始めさせないように威圧。
さすがの筋肉ダルマも、この大衆の中で椅子一つのために揉め事を起こしたくはないだろう。
レイがここから椅子を譲る未来などありはしな─────
────「いや、そこは面接官用の席なんだが」
「……………」
レイが確認すると、確かに面接会場には椅子が複数用意されていたが他の椅子に座っている者達は明らかに面接官らしき格好の人物。
レイのような受験者らしき人物は一人も座っていなかった。
しかも周囲をよくよく見渡すと、ザワザワ言ってるのはほぼ全部レイに向けられた言葉だった。
レイが何分寝ていたのかは定かでは無いが、全員の敵対的な視線を見た限りだと相当長い時間立ったまま放置されていたというのは想像に難くない。
つまり、レイは勝手に面接官の席に座った挙句爆睡して、面接官を威圧して椅子を奪い取ろうとした頭のおかしい入団希望者、である。
「すみません」(ニコッ)
唐突に、それまでが嘘のように潔く謝罪したレイは、何事も無かったかのようにスタスタ歩いて当たり前のように受験者達の隊列に加わった。
「さ…さて、少し想定外の事態はあったが、予定通り実技試験から始める!」
レイが戻ったのを確認したところで、面接官の一人の女が大声出そう伝えた。
どうやら試験→面接を1日ですべて終わらせるらしい。
女は続けて口を開いた。
「実技試験の内容はそう難しくない‼各自、こちらが指定した受験番号の人物3名ずつと模擬戦闘を行ってもらうッ!その戦闘内容をこちらが判断して合否を決める事になるが、負けたからと言って不合格ではない!!あまり早ったコトはしないように!!」
女がそう告げると、他の試験管が大きな紙を壁に貼り付けた。
そこには各受験番号とその対戦相手の番号が記述されていた。
✱✱✱✱✱✱
「では、第一次戦闘試験!!各自準備!!」
先程同様に、女性の声が試験会場に響き渡る。
面接会場は白い壁で四方を囲まれた体育館のような空間だったが、試験会場は別の場所で執り行われるらしい。
広大な敷地を誇る王立騎士団本部の、第四訓練場。
そこが会場だった。
第四訓練場は対人の戦闘訓練用の設備で、40m四方を壁で囲まれた個室のようなものが大量に存在する。
おそらく壁の裏側では同じように一対一で向き合ってる人間が沢山いるのだろう。
レイの一戦目の相手はツリ目の女性。
金髪は遠目に見ても艶が出ており、入念に手入れされているのがわかった。
癖っ毛なのか、毛先は少し外側にはねており、可愛らしさも漂ってくる。
一方でその顔は怒りを滲ませており、親の敵でも見るような顔を向けてきている。
一見して美少女なのだが、絶対に仲良くなりたくない表情である。
まあそれを抜きにしても、王国が嫌いなレイがその王国の犬を志す彼女と仲良くなる事は無いのだろうが。
「よろしく頼むよ」(ニコッ)
レイの挨拶に、キッと睨みつけた顔を返してくる女性。
「私の名はラミスフェリ・テイカー。伯爵・テイカー家の長女ですわ」
誰も聞いていないのに、勝手に自己紹介をされる。
しかもそのキツイ表情に違わずキリキリと高い声だ。
やはり、レイが好まないタイプだった。
「私は貴方のようないい加減な性格の人間は嫌いですの!!」
「奇遇だね。僕もいい加減な人は嫌いだ」(ニコッ)
「ば、バカにしてッ!!貴方みたいに常識を知らない男性と同じ魔導士候補生だと思われたのでは溜まったものではありませんわッ!!」
どうやら先程の一件でひどく嫌われてしまったらしい。
レイは外面をやめた。
自分に敵意を持ってる人間に気を使えるほど、今のレイはできた人間ではない。
「ガタガタうるせえなぁ」
いきなり死んだような目になり、覇気の無くなったレイが気だるげにそういったものだからラミスフェリもビクリと体を震わせた。
「魔導士なんてくだらねえモン目指してる以上お前だって碌な人間じゃねえだろうよ」
レイにギロリと睨まれたラミスフェリ。
「ふん。淑女に名乗らせておきながら、自己紹介すらまともにできない貴方に言われたくありませんわね。それに何ですの?その覇気のない顔。やはり内面は外見に影響するということですわね。初戦の相手がこんな弱そうな方だとは、心底がっかりですわ」
「へぇ?」
ゾクッ
背筋に刃物を突き付けられたような感覚に、思わずラミスフェリは顔を上げる。
とても嫌な感覚。
その感覚に、ラミスフェリはいくつか心当たりがあった。
(この男ッ…!)
「そこまで言うんだ。女ァ、当然強いんだろうな…?」
存外に強い圧を感じたラミスフェリだったが、心を落ち着ける。
そして真剣な構えを取って、ゆっくりと向き直った。
「と、当然ですわ。私は既に第四位階魔法を修得しておりましてよ!!」
慎ましい胸に手を当てて強気に返すも、体の方はそうでもなかったようで、敵対を拒否するかの様に震えていた。
ガクガクと震える体は、実力の差をとてもわかりやすく表現しているようだった。
(この男…、確実に強いッ…!)
実際どうかは別として、少なくともラミスフェリにそう感じさせるだけの圧をレイは放っていた。
しかし、そう考えると先程までの不遜な態度も、伯爵令嬢を相手に汚い口がきけるのも納得がいく。
実力があればこそ、と言うやつだ。
魔法には位階と言うものがある。
第一~第十までに区別化された魔法だが、数字の大きさに比例して現実に干渉する力の強さも大きくなっていく。
わかりやすく言えば、位階の高い魔法は低い魔法に比べて確実に強い。
第一位階魔法は簡単な火をつけたりする程度だが、第四位階魔法ともなれば殺傷能力の極めて高い攻撃魔法がいくつも存在する階級である。
大概の魔法使いは生涯で第六、よくても第七位階で死ぬことが大半だ。
見たところ17~8歳くらいの彼女が既に第四位階を習得しているという事実は驚嘆すべき成長速度である。
例えるなら、まさに天才。
恐らく数十年に一人の逸材と言えるだろう。
その少女に『確実に強い』と評され、その体をガクガクと震わせさせるほどの男。
まさに異次元の存在。
しかし、彼女は愚かではない。
すでに想定されるべき試合構成を脳内で急速に描き始めていた。
(くッ…!悔しいけれど、こうなれば先手必勝ですわッ…!)
無論ただの一手で倒せるなんて甘い考えは持っていないし、まして致命傷を与えることができるなんて楽観的な事をラミスフェリは思っていない。
彼女はとても聡明だ。
そんな下らない楽観視をして倒せる相手ではない事くらい一目見ればわかっている。
(けれどッ…!一撃でダメならッ!!)
もはや、己の怪我も辞さぬ覚悟である。
ラミスフェリは魔力を十分に練りながら所定の位置に立ち、臨戦態勢でレイに向き直る。
一方のレイは不敵に笑みを浮かべたまま、ポケットに手を突っ込んで立っていた。
すると、ちょうど会場に声が響いた。
「それでは、開始ッ…!!!!」
それが耳に入ると同時、ラミスフェリの足元が鈍い紫色に光り輝く。
「【御恵みを受けて吹きすさぶ風よ・我が魔力を持って・万敵を切り結べ】ッ…!!」
第三位階魔法【ウィンド・カッター】。
鎌のように鋭い風の刃を敵に向けて打ち飛ばす魔法。
殺傷力はそこまで高くないものの、身体を引き裂く風刃の嵐による出血で命を落とした例も少なからず存在する。
特徴として、素早く敵に接近する魔法であることが挙げられるだろう。
加えて、この狭い空間だ。避けるにも限度がある。
現状では、ラミスフェリの選択した魔法は初手の牽制にしてはかなり適した魔法だと言えた。
(今のうちに次の詠唱をっ…!)
ラミスフェリが焦りながらも次の呪文を唱えようと手を前に差し出したその時。
レイがゆっくりポケットから手を取り出し、向かってくる風刃に手を差し出したのが見える。
(ま、まさかッ…!)
まるで受け止めるかのようなその仕草にラミスフェリは目を見開いて驚嘆する。
(その魔法は…ッ!!)
そのまま向かってくる刃に衝突したレイは────
─────恐ろしい爆速で吹き飛び、壁にめり込んで失神した。
「…………………」
想定外の弱さに、思わず詠唱をやめて声を出してしまうラミスフェリ。
「え…?」
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