第5話 まさか、ね

 高柳加奈。彼女は半年程前、いじめを苦に自殺した。いつも長い髪を両サイドで三つ編みにして垂らしてたっけ。たまに後ろで一つに結んでる時は猫の柄がついた趣味の悪い真っ赤なシュシュを付けてたのが妙に印象に残ってる。黒縁眼鏡の地味女なのに妙にモテて忌々しかった。私が密かに憧れてた隣の男子校に通う田村先輩が彼女のファンらしいと聞いた時はホントむかついた。少し甲高い声が耳障りな苛つく女。正直言って死んだと聞いた時は清々したものだ。もちろん私が殺したわけじゃない。みんながいじめてたんだから私のせいじゃない。まぁ、たまたま自殺する前日、ちょっとした悪戯はしたけれど。

「さ、それより早く生徒手帳取りに行くよ」

 私は意気揚々と再びお化け屋敷に向かう。

「あの、落とし物をしたんですけど」

 ところが窓口にお目当ての彼はいなかった。私を待っていたのは池田さんではなく“佐藤”という名札を付けた女性。

「ああ、これね。はい、どうぞ」

 受付に置かれた生徒手帳をそのままにして私は池田さんの姿を探した。ここで生徒手帳を受け取って帰ったりしたらせっかくの計画が台無しだ。

「あの、これ拾ってくれたのはどなたですか?」

 拾ってくれた人にお礼がしたいと言うつもりで尋ねると、「私よ」と佐藤という女は絶望的な答えを口にする。尚もきょろきょろと池田さんを探していると彼女は妙なことを言い出した。

「それより、もう一人の子とは合流できた? あなたたちお友達置いてさっさと出ていっちゃうんうんだもの」

「もう一人?」

 私は首を傾げる。

「ええ、そうよ。第一、私たちを驚かせようと見てもない幽霊話みたいなのでっち上げてたみたいだけど」

 その通りなので思わず首をすくめる。

「でもそれにしたって一緒に来てるお友達を幽霊のモデルにするってのは少し趣味が悪いんじゃない?」

 訳がわからず私は由里と顔を見合わせた。

「私たち二人で来ました。三人なんかじゃありません」

 佐藤さんは眉間に皺を寄せ何やら考えこんでいる。

「そう? このお化け屋敷、一応監視カメラついてるの。私、ずっと画像見てたんだけど、あなたたちの後ろをもう一人、女の子がずっと着いて行ってたわよ? 長い三つ編みを両肩に垂らした黒縁眼鏡の女の子だったわ」

 私は背筋が寒くなった。まさか、ね。

「あ、そうそう、その生徒手帳の近くにこれも落ちてたんだけどあなたもそちらのお友達も髪短いから使わないでしょ。三つ編みのお友達が落としたものなんじゃない?」

 そう言って佐藤さんが取り出したのは猫の柄がついた赤いシュシュ。

「沙織、このシュシュって……」

 私は生徒手帳を受け取ることも忘れ、急いでその場を後にした。あのシュシュ、見覚えがある。加奈が大事そうに持ってたやつだ。「これ、お姉ちゃんからもらったの」確かそうも言っていた。その表情が妙に苛ついて、取り上げて雑巾の入ったバケツに投げ入れてやったら大泣きしてた。ちょっとした悪戯なのにくだらない。その翌日、加奈は自殺した。それにしてもどうしてあれがあんなところにあるんだろう。早歩きで公園から出ようとすると背後から妙な声が聞こえてくる。

――沙織、待ってよ。

 この甲高い声、由里じゃない。まさか……加奈? 頭ではそんなことあるはずないとわかっているのに心拍数が跳ね上がり手が震える。いつの間にか私は全力で駆け出していた。

(何よ、一体何だっていうのよ!)

 尚も背後から声は追いかけて来る。

――沙織、沙織、沙織……。

 恐慌状態に陥った私は大急ぎで公園から出ようと道路に飛び出した。

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