第3話 いいこと思いついた

「さて、と。何とかして話しかけなきゃ」

 色付きリップを塗りながら早く大学生になってお洒落したいなぁ、と思う。その時誰かが後ろを横切った。長い三つ編みがふわりと鏡に映る。今時三つ編みなんて珍しいと思いながら後ろを振り返るが個室の方に行ってしまったのかもう姿は見えない。大学生になったら髪を伸ばしてみるのもいいかもな、などと考えつつトイレを出た。

 気合を入れ列に戻ると由里がやきもきしながら待っている。

「ああ、来た来た。もうすぐ順番来ちゃうよ」

「ちょっと鏡見てきただけじゃん」

 お母さんみたいな口を利かないでよと思いつつ列に並ぶ。お目当ての彼は胸に“池田”という名札をつけていた。

(池田さん、ね)

 心の中で名前を呼ぶ。見れば見る程好みのタイプだ。話しかけてみようとワクワクしながら並んでいたが、彼は私たちの順番が来る前にお化け屋敷の中に入っていってしまった。

「なぁんだ、いなくなっちゃったよ」

 頬を膨らませる私に「お化け屋敷の中を見回りに行ったんじゃない? 後できっとまた会えるよ」と由里は能天気なことを言う。まぁ確かにそうかもしれない。順番がきたので気を取り直して私たちもお化け屋敷に足を踏み入れた。中は廃校をイメージした造りになっている。仕掛け自体は子供騙しだがトイレの個室を開く時はドキドキしたしロッカーからいきなり人が飛び出してきた時は二人して絶叫した。

「あー、もう終わりかぁ。さっきのイケメンさんいるかなぁ?」

 あと数歩で出口、というところで由里がいきなり「あ、いいこと思いついた」と言い出す。ここで落とし物をすればきっとさっきのイケメンが拾ってくれるんじゃないか、というのだ。由里にしてはなかなかいい思いつき。私は頷き自分の生徒手帳をわざと落としお化け屋敷から出た。

「いやぁ、結構面白かったね。由里ってばキャーキャー言っちゃって怖がりだなぁ」

 そういえば怖がってる顔を撮ってやろうと思っていたのにすっかり忘れていた。まぁそんなことより池田さんだ。お化け屋敷を出て周りをキョロキョロ見回していると不意に背後から声をかけられた。

「どうでした? 楽しんでもらえました?」

 振り向くと何とそこに立っていたのは池田さん! 思わず頬が熱くなる。

「あ、はい! とても」

 それはよかったと言って立ち去ろうとする彼に「あの!」と咄嗟に声をかける。

「どうかしましたか?」

 何と言おうか一瞬迷ったがすぐにいいことを思いつく。私は上目遣いで彼に尋ねた。

「あの、このお化け屋敷ってうちの学校の生徒がアルバイトしてるんですか?」

 池田さんは怪訝そうな表情を浮かべている。

「いや、ここには大学生のアルバイトしかいないけど、どうして?」

 私は精一杯怯えた表情を浮かべてみせた。

「最後の教室のとこでうちの制服を着た女の子がちらっと見えたんです。長い三つ編みに黒縁眼鏡の女の子がニタニタ嗤ってて」

 池田さんは困ったような表情を浮かべて「そんなスタッフはいないんだけどなぁ」と首を傾げる。

「私の勘違いですかね。変なこと言ってすみませんでした。じゃあ」

 そう言って笑顔で頭を下げると由里と一緒にお化け屋敷を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る