23.「紬希の愛は重そうやな」(2/3)
じん、と、目が熱くなった。
はじめは、
やっぱり私に、そんな器はなかった。
これまでの全ての澪が走馬灯のように頭に浮かんできて、澪との思い出も全てフラッシュバックしてきて、私の涙腺を刺激する。今や存在しない、未来の思い出。
いつからか、私の言葉は作戦内のセリフではなくなり、ただひたすらに澪への想いを
「私は、澪のためになら何だってできる。澪の力になるためなら、自分の性格だって変えてみせる。それだけしたって、きっと澪へのお返しは全然足りないけど」
「お返しって……。まだ会って三ヶ月も
「それは私が決めることだから。私が澪に恩を感じたら、少なくともこの場ではれっきとした恩人だよ」
澪の言葉の借用。
無様に泣きついても嫌な顔ひとつせず、私の涙も
ともかく、そのときの言葉を、私は恩を乗せて返したつもりだ。今の澪は知らなくても、間違いなく澪から受けただけの大恩を。
「…………」
自分の沈黙を受けて、どうやら勢いで話せる内容が尽きたことを察した。もともと話が上手いわけではないから、私のトークは良くても短距離走だ。不格好な走りだけれど。
まだ澪の覚悟が決まらないなら、話をどう続けようかと悩み始めたその矢先。
「うひゃ……!?」
横からというか後ろからというか、とにかく、澪が抱きついてきた。
思わず変な声が漏れた――というのも、一周目の澪はそんな行動に出なかったのだ。完全な不意打ちである。
「み、澪……!?」
「ちょっと、黙ってて。落ち着かしてほしい」
「う、うん……」
胸の高鳴りに乱されながらも、何とか押し黙る。
耳元で話されてくすぐったかったけれど、嫌がっていると思われたくなくて、身の震えを全力で抑えた。嫌がるなんてとんでもない――澪にハグされるのは心地いい。
私の両腕まで
ベッドに並んで座っていたところからのハグ。たぶん今お互いが無理な体勢で抱いて抱かれているけれど、澪がかなりの力で抱きついてしまっているから座り直すこともできなかった。
彼女が少し口を離して息を吸ったから、ついに来るかという覚悟。
「じゃあ……心の底からのお願い。引かずに聞いてほしい」
恐ろしく弱い
先に私がちょっとした想いを打ち明けていたから、ゼロから挑むよりはハードルを下げてあげられたと思っているけど。それでも、彼女の恐怖そのものを消すには到底至らない。
両親にカミングアウトを一蹴されるのはまだまだ先のこととはいえ、そういったリスクはずっと昔から頭で分かっているのだ。
「あたしが
知ってるよ――。
「紬希があたしにそんなに恩を感じてくれてたのは知らんかったし――嬉しかった。あたしを恩人って言ってくれて、幸せやった。でも、あたしはそんな恩を感じてもらえるようなことはほんまにしてない。……紬希は、話し方がウザいとか、口癖で不快にさせてるとか、愛想もなかったって言うけど」
「……うん、」
「知らんわ、そんなん」
「えっ」
思わず振り向きかけたけれど、澪がぐっと力を強めて阻止してきた。目を合わせると話せないのだろう――とにかく聞き役に徹しろということだ。
「紬希にそう思わせるような
「うん……」
「あたしは、紬希の嫌いな部分なんてひとつもない。話し方がどうとか、口癖がどうとか、そんな単位で見てない。紬希が紬希である以上、あたしは紬希のどんな部分でも変わらず愛せる。……あたしは、愛情で紬希を選んでる」
「…………」
「あたしは、女の子が好き。……紬希のことを、恋愛感情で見てる」
言っ、た――。
私の想定より、あっさりと。ぽーっと、一瞬、理解が置いて行かれた。
一周目のときは、もっと難航した覚えがある。あの時も澪からの告白だったけれど、まるで言いたくないような内容を無理やり言わされているようなくらい、スムーズに言葉が出ていなかった。私は私で、澪が自分と同じレズビアンだと知らされて固まってしまって、フォローもできたものではなかった。
その変化が、ロード後の三ヶ月弱、自分を変えようと頑張ってきたことを認めてくれたような気がした。
「澪……」
返す言葉を探しながら、とりあえずそう口にして。
ふ、と。
そのとき、澪の息遣いが変わったのを感じた。それがあまりにも想定外で、何が起きたのか分からなかった。
「……答えは、いらん」
「え、」
力なく、ただ素早く、私に回していた腕を
声が、震えていた。
「あたしの気持ちを知っててくれてるだけで嬉しいから」
「待っ、」
「聞いてくれてありがとう」
「待って……!」
私の言葉なんかには全く聞く耳を持たず、ベッドから立ち上がった澪はそそくさと玄関へと向かう。その足取りは、一刻もこの場を離れたいという感情に満ち
一体何が――。
まさか、あのほんの一瞬の
……それだけ、怖かったってことだ。そこまで切羽詰まっていないように見えたのは、平気そうに振る舞っていただけだったんだ。
私のミス――いや、そんなことを考えている場合ではない。
「澪……!」
声をかけても、振り向いてもくれない。もう、ドアノブに手をかける寸前だった。
どうしよう、このまま帰らせたらまずい。誤解を解く――いや、まず止まってもらわないと。
何とか立ち止まらせる言葉、立ち止まらせる言葉……!
「私は澪をめちゃめちゃにしたい――!!」
…………。
……。
と。
自分でも何を言ったか分からない、とにかく大声が、一帯に響き渡った。部屋の壁だの角だので反響して、自分の耳に返る。
本当に何を言ったかは分かっていないけれど、大きな声を出すのに慣れていて本当によかったと思った。
澪が、それはもう完全に、動きを止めた。
「…………」
「…………」
一拍――どころではない。十拍ほど。
「……え?」
「え?」
え?
ようやく静寂を裂いたのが、そんな
さて、焦りで極限状態になっていた私の脳が、現実を掴み始める頃である。今度こそ一拍の沈黙が挟まった。
「えええぇぇぇええ!? わわ私今なんて言った!? めちゃめちゃ――え!? うそ、え、ごめん、うそ、えぇ!?」
「おおお落ち着いて!? とりあえず落ち着こ!? いやあたしも落ち着こ!?」
「え、ほんとごめん、私なんでそんなこと言ったんだろ!?」
「いぃや知らんがな! あたしが聞きたいわ!」
神妙な雰囲気だったはずの澪まで巻き込んで、盛大なパニックパラダイスだった。
私の痴女っぷりをこれでもかと見せつけていた澪が相手ならまだしも、まだ私がレズビアンだとも知らない澪にこんなことを言っては、大事故では収まらない。まして、ドチャクソ変態女で無自覚淫魔なくせしてそれを表に出さない私だから、寝耳に水どころか寝耳に熱湯ものだろう。澪は、思わず私の靴を蹴飛ばしたことにも気づいていないようだった。
神聖な告白の場だったはずなのに、これでは収拾がつかない。
だけど、呼び止めたのが私である以上、話を軌道に戻すのは私の役目だ。
「い、いや、今のは口が滑ったんだけど、」
「口が滑った程度で出る言葉なんか!?」
「で、でも! とにかく、言いたかったのは、私もレズビアンだってこと! 恋愛対象が女の子だってこと!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます