21.「行ってくる――」(2/5)
「え、」
『あなたが見た情報で――知っちゃった』
やけに茶目のきいた言い回しだ。
全く同じ瞬間に同じものを知ったはずの私は、けれど、何も知らない。相も変わらず、頭の出来が悪いようで。
自分の無知を知った学徒のように、一丁前に落ち込んでいると、全方位からの音響を
『人生は分かれ道の連続って、言うよね。……逆の道を選んでいたら悪い状況に陥っていたかもしれない、はたまた実は今より幸福な現実が待っていたかもしれない。最悪、人生の終わり――死に繋がる道があったかもしれない』
死。今となっては、
『そんな分かれ道が無数に連なっているのが人生で、私たち人間は、それを無意識に選択して生きている。良い方を選んだのか悪い方を選んだのかも分からなければ、逆の道がどんな未来だったかを知る
淡々と。
放送のような話が流れていく。
さっきまで心理学だと思って聞いていた講釈が、気がつけば、すっかり哲学へと様相を変えていた。個人的に、心理学よりも果ての見えない、混沌とした学問へと。
早くも理解を諦めようとしていた私のポンコツ脳を、真心の息遣いが晴らした。
『でもね、その考え方が間違ってたんだよ』
「……間違い、」
『そう、誤り。心得違い』
先も触れたように、私としては、哲学は極めて正解のない学問だ。正解がなければもちろん不正解もないわけで。
そんな分野の問題に、間違いだとか誤りだとか、ひいては心得違いなんて言葉を突きつけるのは、言うまでもなくリスキーなことだ。そして、私がそういう思考回路を持つ人物なのならば、今話している彼女も、それを分かったうえで言い放ったということである。
一拍、真心が息を吸うのに
『人生は選択の連続じゃない。――やり直しの、連続だよ』
格言のような重みを
やり直しの、連続。
私が散々頼ってきた行為。やり直し――過去に戻って、人生を再開する。
『人生をセーブして、ロードする力。これがあなたに特別に許された
「正しくない……?」
『訂正するなら――あなたに与えられたのは、人生を好きなときにセーブして、好きな過去をロードできる能力、だよ』
その、言葉の上では小さく見える差異。
だけど、その差異を現実に代入したときの大きさは、看過したくてもできないものとなる。私が誰よりも、知っている。
そして、私の真心が知っていることを、今この瞬間、私も知った。彼女の意図が私の頭に流れ込んで、おそらく同じ言葉を思い浮かべている。盲点の窓が、開放の窓へと変貌した。
「……オートセーブと、オートロード」
『そこまで言っちゃうとどうしてもゲームっぽさが
「人生は、……なるほど、確かに、やり直しの連続になるね」
彼女の言うとおり、私は好きなタイミングで人生をログとして書き
毎日午前零時に走る、オートセーブ。
そういうものだと――当たり前だと思い込んでいたその仕様こそ。今思えば、能力の本質に
『きっと、あなた以外の人間も、セーブとロードの力は持っている。だけど、それを自在に操ることはおろか、その力の存在にも気づくことはできない。何かの拍子で知らないうちにセーブされて、人生を揺るがす選択ミスをしたときに、勝手にロードされる。……ロードされたことにも気づかないで、まるで人生一周目かのような気持ちで、選択をやり直す。本能的に同じミスを避けて、ね』
間違ったら、その少し前まで戻されて、選び直す。そんな自覚はさらさらなく、初めての経験だと信じ込んで。一方通行の一本道を歩んでいると思い込んで。
未視感を超えた未視。
結果として、選択が連続している事実は変わらないけれど、そこにやり直しが噛むかどうかで本質はまるで別物となる。並べて語れはしても、重ねて語ることはできない。
ただ――明らかに引っかかるところがある。
「え、待って。それじゃあ、誰も死なないことになる。人生がやり直しの連続なら、人生から選択ミスが消えて――死が消える」
『その先は、まだ気づいてないみたいだね』
知ってはいるはずだけど――と、彼女は付け加える。
言葉を返しあぐねている間に、次の言葉が続いた。
『ジャンクログって、よく名付けたものだよね』
その名が指す対象へと、視線が誘導される。
灯籠の上に並ぶログの中、白一色で塗り潰されたもの。過去のログをロードした際に、それよりも新しいログ――つまりこれから書き直されるログが、そのように白転する。
ジャンクログという名は、そうして白くなったログは次の記録のときには飛ばされるという仕組みに由来している。使えなくなったログということで、ジャンクログ。
ログハウスとかに比べたら、あまり上手く名付けられたつもりはなかったけれど。
『ジャンクログについて、ただの“使えなくなったログ”ってだけの認識でいたんじゃない?』
「え、……うん、その通りだけど、」
使えなくなったログだからそう名付けたのだ。当然そういう認識になる。
『一度白くなってしまったログは、新しく書きこむことができない。そして、今ここにある澪のログは、ここより右に続いていない』
「うん……」
突然、私を最も混乱させていた事実に言及されて、総毛立つ感覚に襲われた。
そう、最初に違和感を覚えたとおり、今目の前に映し出されているログの一覧は、中央を少し右に過ぎたところで列を絶っている。それ以降は、空きスロットがあるわけでもなく、本当に何も続いていない。私が
訳が分からないと無意識に切り捨ててしまっていたその問題。
真心が言い及んだということは、まさにそれが、鍵ということだ。
『……ねぇ、これは自分で考えてみて』
「え、」
『ヒントはあげるから、さ』
もったいぶらずに教えてくれればいいのに――という文句は、口にしなかった。
いかな相手も私とはいえ、ずっと解説を丸投げにはしていられない。これは、私が澪を助けるための物語だ。私がやらなければ、全く意味がない。
「……分かった」
『うん。じゃあ……』
どのヒントから出そうかという間があって、続く。
『ジャンクログは、以後ログとしての機能を果たせなくなる。だったら、そもそもこの一覧から消えちゃってもよさそうだよね。……どうして、白に色を変えてわざわざそこに残っちゃうのかな』
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