11.「できることはひとつだよ」(1/2)
*
ふわりと、頭が浮かび上がるような覚醒の感覚。
――一拍。
『起ーきーてー!!』
凛と響いたその声で、意識が覚醒に至った。ゆっくりと、心地よいペースで全身の感覚が起動していく。自分のひと呼吸を知覚して、周囲に目を流した。
真っ暗――闇色のみ。
ログハウスでこんな目覚め方をするのは初めてで、とにかく状況を整理しようと思考を全速力で回転させる。休息から叩き起こしたばかりの頭にさらに
『
と、声。
空間全体から話しかけられるような、奇妙な声。俗に言う、脳に直接……みたいなものとも違う気がする、本当に全方位から話しかけられているような感覚だ。
ともかく。
「……久し、ぶり」
『久しぶりも何も、ずっと一緒だけど……』
「うん……」
何とも言えないテンポの会話だ。無理もない、相手は私なのだから。
実はこの声は、以前からログハウスにいるときに稀に聞こえていたものだ。何かの拍子で極度の集中状態にあるときや、気絶しそうなくらい疲れているときなど、その条件はかなり限られているけれど。実際、今回がほんの数回目だ。
声の主
だから、私が気づいていないことに気づきはしても、私が知らないことは彼女も知らない。とんだ
ただ、もう一人の自分と話しているような感覚はあまりない。どちらかと言うと、自問自答している気分である。
「……思い出した」
『全部?』
自分の真心と話している
全部とは。
無茶をしたこと自体に加えて、その中で得た情報も含めて指した言い回しだ。
「うん……気持ち悪いくらい、覚えてる」
『気持ち悪くても、覚えてくれてないと無茶した意味がないからね』
「そうだね……」
最初に思い出すのは、……やはり、澪の変わり果てた表情だ。
人間が感じていいレベルを超えた怒りと失望が、無理やり面持ちを歪ませた
澪の暴力そのものよりも、彼女が私にそこまでできてしまう事実が、怖い。出会ってすぐの頃のログならまだしも、フロントラインからたった二週間程度
あらゆる感情が渋滞して、恐怖としか認識できなかった。
「…………ねぇ、」
『ん?』
今、喉元まで来ているこの問いも――ただただ怖い。知ることが、心から怖い。
だけど、ここまできちんと掴んでいないと、あれほど無茶をした意味がない。一度のやり直しで、できるだけ多くの情報を知っておかなければならない。
「私が意識を失う直前の澪の言葉、……覚えてる?」
それは――。
続く言葉を、聞けていない。
ただ、そこまで聞いただけでも意味はあった。まるで、れっきとした理由があるかのような話し始めだ。なんとなく言えなかった、心配をかけたくなかった――そんな月並みな理由に続くには、あまりに深刻な
いやに喉を通らない固唾を
『覚えてない――どころか、知らないよ。私はあなたの真心だから、あなたが気を失っている間のことは知りようがない』
「そっ、か……」
我ながら微妙な響きの返事。
期待外れでありながら、本心では望んでいた回答だからだ。聞かなければならないけれど、もちろん聞きたくはなかった。思わず、張り詰めていた気がすっと
私の知らないことは、彼女も知らない。やはり、そういう存在のようである。
『あなたが気になってるってことは、私も気になってるけど』
「私……何が駄目なのかな」
こんなに澪のために尽くしているのに――とは、続けられなかった。そんなことを言葉にできるほど、自分に自信なんてない。澪には、助けられてばかりだ。駄目な部分になりそうな要素なんて、探さなくたっていくつも思い浮かんでしまう。
いつの間にか、筋肉が疲れてしまうほど眉間に
『……あなたが知らないことは、』
「分かってる。……分かってる、聞いてない」
『そう……』
つい、言葉が鋭くなってしまう。自分が相手だと知っていても、あとから罪悪感に
それから
……ふと、気づいたけれど。
私は困り果てたとき、闇を見る習性があるのかもしれない。初めて澪に別れを告げられたあと――つまり、初めて澪の
真心に
「……鬱病って、どうしてなるんだろうね」
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