五月雨の午後
尾八原ジュージ
五月雨の午後
「おひさしぶり。やっぱり年とっても不細工ねぇ。わたしの従弟なのに」
何年かぶりに顔を合わせた従姉は、相変わらずぞっとするほどの美人だった。
広い家には彼女ひとりきりだった。窓の外から雨音が聞こえる以外は静かなものだ。
「お嬢さんは? いないの?」
確か従姉には幼い一人娘がいたはずだ。尋ねると、彼女は「ああ、あの子ね」と言って嫣然と微笑んだ。
「あの子ねぇ、赤ん坊のときから口がしゃくれてたんで、ブスだねぇブスだねぇって言いながら育てたのよ。そしたら顔を見せないようにってひどく俯くもんだから、背骨がすっかり曲がっちゃったの」
平気な顔で嘯いて、ふいと視線を窓の方にやる。
「ひどい。自分の子でしょ?」
「だってブスはブスだもの。でさ、姿勢が悪くなったもんだからますますブスなのね。それでまたブスだブスだって言い続けていたら、どんどんどんどん背中が丸くなって、ある日見たらこぉんなに大きな蝸牛になってたの」
こぉんなに、と言いながら両手を丸く動かすと、従姉は白い歯を見せて笑った。
「そのまんまであちこち歩くと床にヌメヌメ跡がつくでしょう。ちょうど今みたいな梅雨の時期だったし、お庭で遊んでらっしゃいって外へ出したのよ。そしたらあそこの紫陽花の植え込みの辺りにぬっちゃぬっちゃ歩いていって、それっきり外で暮らすようになったの」
「ちょっと、不愉快だろ。変な冗談言うなよ」
「本当よ。キャベツやなんかあげると、よく食べて可愛いわよ」
庭の紫陽花は雨に濡れ、青い花をこんもりと咲かせている。あの影に巨大な蝸牛が隠れているかと思うと、想像しただけで気味が悪い。元々蝸牛だの蛞蝓だの、ヌメヌメしたものは苦手なのだ。
顔をしかめて目を逸らそうとしたとき、紫陽花の根元に黄緑色のものが落ちているのに気づいた。
キャベツの葉っぱらしく見えた。
「あははははは」
私の視線に気づいたのだろう、従姉が大声で笑い始めた。
「嘘に決まってるでしょ。あのキャベツは本物の蝸牛にあげるって、娘が置いてったの。あの子は今小学校よ。そろそろ帰ってくるんじゃないの」
タイミングよく玄関のチャイムが鳴った。従姉が「ほら、帰ってきた」と言って立ち上がり、部屋を出て行く。
「おかえりブスちゃん。ママの従弟のおじさんが来てるから挨拶なさい」
「はぁい」
廊下の方から女の子の声がした。
「こんにちは」
戸口に現れた幼い女の子は、顎が胸につくほど深く深く俯いて、顔がよく見えない。背負っている茶色いランドセルが、蝸牛の殻に似て見えた。
「ブスちゃん、お手手洗ってらっしゃい。あら、服がこんなに濡れてる。頭も。やっぱりブスだねぇ。着替えておやつにしましょうね」
「はぁい」
女の子の足音が遠ざかっていく。
廊下から従姉が戻ってきた。私の顔を見ると、彼女は不思議そうに、本当に不思議そうな表情になって、首を傾げた。
「どうしたの? 何かおかしなことでもあった?」
外はまだ冷たい雨が降っている。
五月雨の午後 尾八原ジュージ @zi-yon
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