バスカビる家の犬

川谷パルテノン

ジェファーソン

 我が家はすこぶる風呂が汚い。まるで屠殺場かというような趣きがある。俺が子供の頃からそうで親はまるで気にしてない様子だった。友達の家でお泊まり会をしようということになり、当然風呂に入れてもらったのだが、この時世界が変わった。順番にかわりばんこで皆んなの家に泊まろう、そういうことが流行っていた。俺は皆んなを呼べなかった。


 大人になってそのことは両親同様フツーなことになった。今さら親族以外が風呂場に踏み入ることなどない。自分達がカビだらけの風呂に入る分には問題にならなかったのだ。とはいえ親父が亡くなった時はカビのせいじゃないかとも思った。結局のところはわからなかった。おふくろと相談してリフォームするかって話になったが業者との折り合いがつかず頓挫していた。


 中学の時、姉ちゃんがもらってきた犬。犬なんて飼えるかと文句を垂れてた親父が一番可愛がってた雑種の名前はジェファーソン。来た時は仔犬だったが今やすっかり老犬だ。散歩も頻度が減った。ジェファーソンはよく風呂場のカビを舐めた。俺や姉ちゃんが慌ててジェファーソンを引き剥がすのだけどだんだんと重くなる体重、強くなる力でジェファーソンのしつこさは増した。それも最近はほとんどなくなった。ほとんどなくなったがまだやる。そしてその時ばかりは力が強い。変な犬だ。


 姉ちゃんが帰省した。結婚して東京に住んでるが節目には帰ってくる。生まれたばかりの姪っ子を連れてきてた。旦那は休みがないらしいので二人だった。

「相変わらず汚ねえー」

「リフォームおじゃんになりそう」

「この子には入れさせらんねえからアタシらは銭湯行くわ」

「そんほうがええな」

「ちょっと待って ケンジ、ここ」

「なん?」

「なんか書いてある」

「ジェファーソンが舐めた跡だろ」

「でもこれ字みたいだよ」


 姉ちゃんが言うように字に見えた。「父」どことなくそう読めた。まさかな。

「まさかねえ」

「まさかすぎんだろ」

「……お父さん、可愛がってたもんね」

「おいおい。まあでもカビぺろぺろする時だけはすんげー力で粘るからな」

「ケンジ、お茶入れて。あっちーわ」

「はいよ」


 俺はもう一度振り返って「父」の字らしきものを見た。リフォームは先延ばしでもいいかと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バスカビる家の犬 川谷パルテノン @pefnk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る