もっと!もっと!もっと頂戴よ!!大量大量!!大量祭りでもっと頂戴よ!!③


電話を切った立川はパソコンのデータファイルにアクセスした。彼は入管の管制棟の地下一階に併設されたデータ管理室の責任者である。ここでは各冒険者の出入りや、冒険者の装備の保管、冒険者が手に入れた迷宮産アイテムのデータ管理を彼がほぼ一人で行っている。立川は検索エンジンから鯉川青龍の冒険者IDを見つけると、そこから鯉川の装備保管ナンバーを調べた。そして立川は地上一階の装備管理室に向かうと、迷宮に潜るため保管された装備を身に着けるため、専用の着替え室に並ぶ冒険者たちを素通りしていく。そして一番左奥にある職員用の専用着替え室に入り込んだ。


そして保管機器に職員ナンバーと鯉川の装備保管ナンバーを入力すると、数十秒後に保管機器の扉が開いた。この保管機器の下には地下20階まで保管室が並んでおり、入力されたナンバーを元に機械が自動で装備を出し入れしてくれるのだ。確認した鯉川の装備は、新人冒険者がギルドから配られる強化プラスチックスーツであった。立川は保管機器からヘルメットを取り出すと、直径0.5cmの超小型高性能カメラとマイクをポケットから取り出して取り付けていく。このカメラとマイクは対冒険者、それも衛星や地上の管制塔からの電波が遮断される迷宮専用に作られたもので、地上では衛星から受信した電波を電気に変え、充電すると同時に、電波が遮断されると自動的に電源が入り、映像と音声を記録するようにプログラムされている。


あとは例の対象者が迷宮に潜るのを待てばいい。ヘルメットを保管機器にしまった立川は先程と同じように職員ナンバーと鯉川の装備保管ナンバーを入力すると部屋を後にした。




アパートの自室に帰宅した鯉川はちゃぶ台の前に座ると、佐々木ゆりなから渡された紙袋を開いた。紙袋から取り出されたものは下級ポーションであった。彼の頭の中に一瞬だけあの医者の顏が思い浮かんだ。だが彼はすぐに心の中で首を振る。これは大事に持っておこう。あの医者に渡すポーションは自分で買ったものでいいはずだ。それにもし今後三階層以降へチャレンジすることがあれば、自分用にもポーションはストックしといて良いだろう。アイテム収納による即死攻撃が出来るとはいえ、奇襲や罠による脅威は今だ消えたわけではない。探索用のドローンもあるため幾分かはその脅威を無くせるだろうが、念には念を入れた方が良い。


そう結論に至った鯉川はまたふと別のことを思い出した。そういえば、このスキルを獲得してから800体以上のゴブリンを殺しているが、レベルが上がったためしがない。確かにレベルが上がるまでに必要なモンスターの討伐数はその冒険者の人種や、それ抜きにしても個人差が激しい。だがゴブリンを1000体近く殺してレベルが上がらないなど聞いたことがない。もしかして自分はレベルが上がらない体質なのだろうか。彼は少し不安になったのか、スマホで検索し始めた。


なるほど、どうやら自分のように何百体もモンスターを殺してもレベルが上がらない人間もいるらしい。まだダンジョンが生まれて10年ばかし。一生レベルが上がらなかった冒険者の存在は確認できなかったが、自分のようなタイプも極端にレベル上昇速度が遅いだけで、確認した中ではどの事例もレベルは上がっている様だ。


それだけ分かればいいだろう。鯉川はそれでも多少のわだかまりを感じながらも、時間が解決するだろうと無理やり納得した。


そんなことよりも今自分がしなくてはいけないことは、レベルについて悩んでいることではない。二週間後に港区の虎ノ門ヒルズにてダンジョン・マーケットが開催されることだ。基本的に冒険者が迷宮で獲得したアイテムは個人的に使用する場合を除いて、ギルドを通さずに勝手に売り買いをすることはできない。だがこの日に開かれるダンジョン・マーケットでは冒険者による一般客や冒険者同士での自由売買が可能である。そしてそのマーケットの最終日には、虎ノ門ヒルズの最上階でオークションが開かれることになっている。レア度の高いアイテム――中級以上のポーションが出品されるとすればこのタイミングだ。下級ポーションをちまちま狙っていてはいつまでも借金など完済できない。鯉川として自分の人生を借金の利子返済だけで終わらせる気など毛頭もない。つまりあと二週間で最低でも一億は稼がなければいけないと鯉川は考えていた。その数字に明確な根拠はないが、スマホで検索してみた結果、これまでのオークションで出品された中級以上のポーションはおおよそ数千万単位の値がついている。ダンジョン・マーケットの開催は年に一回だけ。つまり今年中に借金を完済できなければ、そこに20%の利子がつくのだ。あんな詐欺まがいの医者に余計な金を渡す気など、はやり毛頭もない。だから確実に中級以上のポーションを手に入れるには、それだけ潤沢な資金が必要になってくる。スキルが手に入ってから二回ほど迷宮に潜って稼いだ金銭はおおよそ100万円。あと二週間、一日中ダンジョンに潜り続けてやったとしても2000万稼げればいい方だ。だがこれでは中級ポーション一個買えれるか怪しいラインだ。


なにか…なにかアイテム収納のスキルを使って効率的に金を稼げないだろうか。冒険者の規約に引っかからずに、数日で大金を稼げる方法があれば……あれば……。


鯉川は窓から南東の景色を眺める。

夕暮れの、霧かかった東京の空。

それを突き抜ける様に無数に乱立するビル。



都市部。


空。


迷宮。


魔素。





「ああそうか……空気から魔石を取り出せば……」



鯉川は窓を開け、ベランダに乗り出した。

東に細く伸びるオレンジ色の夕焼け。そこから空は西にむけてグラデーションのように暗くなっていく。自分がいる上空は大きな星が一つだけ輝いていた。


彼は夜空に手を伸ばし――そして。





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