もっと!もっと!もっと頂戴よ!!大量大量!!大量祭りでもっと頂戴よ!!①


「次の方どうぞ~」


彼女の声と同時に目の前に立っていたパーティーが待合席の方への移動していく。鯉川は目の前に映った佐々木ゆりなをじっと見つめながら、魔石の入った袋とカードをカウンターの上に置いた。


「……魔石買取…お願いします」


「はっはい、それではお預かりしますので少々お待ちください」


袋に手を伸ばしながらうやうやしくこちらを見つめる佐々木の顔は、いつもより極めて近くで映って見えた。鯉川はやはり目が合わない様に彼女の口元に視線をずらす。


佐々木ゆりなは黙ってうなずいた彼の顏を確認すると、重たい袋を握りしめながら駆け足で受付の裏の方へ向かって行ってしまった。


それから数分後、戻ってきた彼女はカウンターの扉を開けると、鯉川の元に近づいてくる。彼女と鯉川の距離は30cmほど。鯉川は反射的に顎を引き、頭を後ろに仰け反った。


「43万2000円になります」


「あっ…はい」


上目遣いでカードを渡された鯉川は、緊張で体を硬直させながら佐々木からカードを受け取る。だが話はまだ終わっていなかった。


「それであのすみません鯉川さん…所長がお呼びですので、私の後ついてきてもらっても宜しいですか?」


入管の次はギルドでの尋問か。そう心の中で愚痴が漏れるよりも前に、目と鼻の先まで近づいてこちらを見上げる彼女の瞳と口元に、男は何も言えずに黙ってうなずいてしまう。


「すみません、ではついてきてください」


そう言い残して後ろを振り返った彼女の髪の匂いに、鯉川は無意識に深呼吸をしていた。カウンターの扉を開けた彼女の後を追って、鯉川は受付の内側に足を踏み入れた。自分の後ろに並んでいた男たちが興味深そうに自分を見つめている。鯉川はなぞに優越感に浸りながら、口元を軽く緩めた。そしてなんともない素振りで視線を佐々木の方へ戻した。


自分が受付の中に入ったと同時に、佐々木はカウンターの扉を閉めるため少し腰を前にかがめると、横髪が少しだけ前に倒れた。そして腰を元に戻すと同時に彼女は前にずれた髪を耳にかけるように元に戻す。そして少しだけ恥ずかしそうに――少なくとも鯉川にはそう見えている――微笑みながら彼女は自分を見つめてきた。どれほど彼女と見つめ合っていたのだろう。0.1にも満たないほんの一瞬のようで、最低でも3秒は見つめていたような気もする。鯉川は既に横を通り過ぎた彼女の肩を見つめながら後ろを向いた。そして目の前で微かに上下に揺れる佐々木ゆりなの尻に、鯉川の視線は自然と吸い込まれていく。

そしてそのまま廊下を歩き出した鯉川の目線は、彼女の左右に揺れる後ろ髪と、微かに上下に揺れるお尻に行ったり来たりしていた。まるで女性を品定めするかのような自身の目線に、男は嫌悪感と彼女への罪悪感を覚えつつも、それでいてやはり男の目線は彼女のお尻に吸い込まれて行く。

だめだ、だめだ。そんなことを考えている場合じゃない。そう心の中で首を横に振ろうとしても、それよりここで彼女のお尻を網膜に焼き付けなければ、なぜだか分からないが、もったいない気さえしてきてしまうのであった。結局男は自身の欲望に抗うことを諦めたのか、彼女が時折、自分がしっかりと後ろをついてきているのか、後ろを確認するときを除いて、そのお尻を黙って見続けていた。


「失礼します。鯉川さんをお連れしました」


ノックと共に応接室のドアを開けた彼女の先には、禿げた初老の男性が、如何にも高級そうな革製のソファーに座っていた。


「うん、じゃあ接客の方戻って。あとはこっちで対応しますので」


「わかりました。それでは失礼します」


ソファーから立ち上がった所長に頭を下げた彼女は、振り返って応接室から出ていくと同時に、自分に視線を送ると軽い会釈をしてきた。彼は嬉しさ半面、色々な意味で寂しい思いで包まれていた。やはり美しい彼女の顏と、魅力的な曲線美を見た後では、脂の乗った禿げ頭は見るに堪えない有様であった。


「いやぁ鯉川君、ごめんね急に呼び出しちゃって。いろいろと聞きたい事がありまして」


「はあ、そうですか」


「いやいや立ち話もなんだから、座って」


「はあ、失礼します」


げんなりとした思いでソファーに座った鯉川は、座り慣れない革製のソファー

になんども腰を浮かす。そんな鯉川の顔を眺める男は、どこかきまずそうに苦笑いを浮かべた。


「いやすぐ終わるから、こっちにも色々立場があってね、ごめんよ」


「いや、お気になさらず…それで」


「ああうん、あのさ、君のスキルと魔石についてなんだけど――」


「それは答える義務はないです…すみません」


「あっうん…そうなんだけどね?まぁなんと言うかさ、こっちにも立場があってね?その…ぶっちゃけると君がなんか未知の、それも危ないスキルを持ってる可能性があるわけですよ。いや!君がその気はなくともさ、こちら側から見ればね?」


「……はい」


「うん、だから答えたくないのは分かる。少なくとも一人で半日潜っただけで500体もモンスターを殺せるスキルなんてものが世間に知られたらさ、君も色々困るだろうし…だから職員には箝口令敷いたんだよ?君の為にね」


「それは……すみません」


「はは、そこはありがとうと言ってほしいけど。ま、だからさ、例えばさ、私だけでにスキルの内容を教えてくれるとは無理かな?そうすればもう入管の方で深夜まで拘束されることも、こちらから無くしてあげるけど」


「それは……」


所長の提案に鯉川はすぐに返答することはできなかった。このスキルの内容と使い道を男に提示すればどうなるだろうか。鯉川はあの病院で書かされたサインの事を思い出した。世の中とは厳しいものだ。みんな日々の生活の為に、他人を陥れ、利益を搾り取ることしか考えていない。もしこの男にスキルの存在を教えたさい、約束を破られたらどうなるか。例えばこの冒険者ギルドを運営する政府に知れ渡ればどうなるであろう。このスキルが有れば物流に革命を起こすだけではない、完全犯罪だって可能だ。鯉川はたまにニュースで見る、政敵の暗殺事件を思い出しながら、絶対にろくなことにはならないと確信を持って首を横に振った。


「すみません…やっぱり教えられないです」


「そっかぁ……じゃあ仕方がないね。一応警告しておくけど、くれぐれもそのスキルで人に危害を加えたり、犯罪を犯したりしないでね?それを約束してくれるならこれからは君がどんだけ魔石を持ってきても目を瞑ろう」


そんな男の言葉に、これからポーションを転売するつもりであった鯉川は、なんども首を縦にふっていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る