インスタなんかやってないし、ライン交換してる奴もいない


まさか深夜2時まで拘束されるとは思わなかった。鯉川は電車に揺られながら昨日の尋問を思い出す。煩わしいことこの上ないとはよく言ったものだ。正直何回か口を割りそうになったが、オークと接触したあの日のことと比べれば、鯉川は何でも耐えれる気がした。


そして昨日の出来事を思い出している内に彼は自然と口元が緩んでいた。昨日の――ダンジョンに潜る前に、冒険者組合に行った時のことを。

朝の8時だったため冒険者の出入りは少ない。自動ドアが開いて、鯉川は誰もいない広場の先に居る佐々木ゆりなと目があった。右手に持つ膨らんだ袋を気にする彼女にゆっくりと近づいて行き、カウンターの上に置いた袋の中身を彼女に見せる。


驚く顏に悲鳴、なんどもふくろの中身と自分の顏を見比べる彼女の顏は、やはり綺麗だった。あの時だけは、その顔にさえ手が届く気さえした。もっとも彼女はすぐに受付の奥に走り去っていったのだが。視界の隅を意識すれば、彼女の叫びに反応してか、ギルドの中に居た数組の冒険者たちがこちらのほうを興味深く見つめていた。

みんなが自分を見ている。それは街道で自分より顏や身長が勝っている男が通り際に向ける、侮蔑が籠ったような、品定めをするような視線ではない。

彼はどこか胸の奥が熱くなるような気がした。それと同時にやはり口元が緩んでいく。


その記憶を思い出しながら、いつの間にか口元が緩んでいることに気が付いた彼は、すぐにいつも通りの仏頂面に戻っていった。


冒険者ギルドの前で立ち止まった彼は不意にスマホを見る。そろそろ買い替えた方が良いかもしれない。そんなことを考えながら見つめたスマホの画面には12:34分と表示されていた。今は昼時、冒険者の出入りも多い時間帯だ。ちょうど今も自分を抜かしてギルドに入っていく一団の背中を鯉川は見つめる。

こんな所で立ち止まっていては迷惑になる。鯉川はすぐにその一団の後を追って、既に開いた自動ドアを通り過ぎた。


やはり昼時はギルド内にたむろする冒険者は多い。昨日の夜に潜った迷宮のアイテムを売りに来る者や、朝一番に潜って帰還してきた冒険者たち、そしてこれから迷宮に潜ろうと食事をする者や、作戦を立てている者たちに、ポーションなどの必需品を購入している者たち。


笑い声に怒号、泣き声や雑談する声が飛び交うなかで、笑みを浮かべながら食事をする者たちに、眉間にしわを寄せながら会話を続ける者たち。肩を抱き合う者たちに壁に寄りかかりながら腕を組み、小さく口元を動かす者たち。


観葉植物が立つ、一番右の壁際の列に並んだ鯉川は、そんな冒険者たちの様子を静かに見つめていた。自分でも不思議に思う。これまで気にもしなかったことを今更ながら気になっている。どんな表情で、どんな会話をし、どんな思いを抱いているのか。何を食べ、何を買い、何を思って彼ら彼女と共にいるのか。何を背負ってあの暗闇の中を潜り続けているのか。仲間が死んだとき、彼ら彼女はどんな表情を浮かべるのか。何を思うのだろうか。新たな仲間が出来た時、どんな笑みを浮かべ、どんな言葉を投げかけるのか。ただ一人の声を除いて、これまでただの雑音にしか聞こえなかったものに、多くの思いが籠っている。


「ねえ君でしょ?昨日魔石の山を持ってきてたの」


不意に右肩に誰かの手が置かれた。

後ろを振り向けばそこには分厚い胸筋。上を向けばそこに居たのは二枚目だった。


「それも、魔石?」


二枚目はわざとらしく笑みを浮かべながら顎を動かして、右手に持つ袋に視線を送る。


「………あぁ。そうですけど」


「そりゃすごいね、俺は長谷部大和。君は?」


「鯉川……青龍」


「鯉に川で龍か……面白いね」


「そう…ですか」


「君さ一人で迷宮潜ってるよね?それでどうやってんの?こんな大量の魔石。なんかのスキル?」


「そうだけど…それは言えない」


「そりゃそうか。君俺と同期っしょ?ゆりなちゃんにも教えてもらったし」


「…………あぁ…そう……」


「てかさ、昨日の新人歓迎会どうだった?俺ちょっと用事あっていけなかったんだけどさ、可愛い子いた?」


「……………行ってない…俺も用事あったから」


「へぇ、そうなんだ――」


「おい大和!早く戻ってこい。後ろの人割り込むなよ!」


「ああすみません!!あっ…じゃあ戻るわ。ごめんな、急に話しかけて。これからよろしく鯉川さん」


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