なかなかなかないホトトギス


「収納」


鯉川の一言で一秒前までゴブリンを形作っていたタンパク質は消失し、骨と血液がその形を崩しながら地面に落ちた。骨が地面に散らばる音が静かな通路に響き渡る。


「収納、放出」


そして骨と体液と共に回収した魔石をまた取り出し、袋に放り込んだ。

鯉川は今日はダンジョンの営業開始時間である10時から入っていた。ひび割れたスマホの時刻は13時を少し過ぎたころ。そろそろ昼休憩と魔石の売却のためにいったん外に出た方がいいだろう。一昨日と同じように、鯉川は3時間ほど階段前で出待ち作戦をしているが、袋にたまる魔石の速さを考えると、いったん売却しなければ、かなりの量になり自力で担ぐとなると大変になるだろう。それに今日は24時まで潜るつもりだ。基本は階段に座っているだけとはいえ、長時間何も食べず飲まずではやっていけない。


「…行くか」


彼はいったん深く息を吸い込むと、そう呟きながら重たそうに膝に手を置いて立ち上がった。体感で2㎏ほど。重さ的に200個以上はあるだろう。一時間単位で見れば昨日よりも若干だけ多い。彼は魔石を入れた袋を握りしめながら、出口である時空の狭間を通り過ぎた。


「ぼう…けんしゃ様、お怪我や体調不良はございませんか?」


出口のすぐ近くで冒険者の退出管理を記録している職員が、自分に対してマニュアル通りに対応をしていく。だが職員である男は差し出された冒険者カードの名前と顔を見て一瞬だけ表情を動かした。


「あ…はい」


職員に対し冒険者カードを見せた彼は、すぐに自動改札機のスリットにカードを差し込み、開いた扉の外に出た。すると回り込むように体を横に食い込んできた職員の男は笑顔で鯉川に話しかけた。


「あのすみません鯉川さん…その魔石の件なんですが」


「答える義務はないです…失礼します」


鯉川は短く返答すると、矢継ぎ早に男を置いて足を進めていく。

だが職員の男も笑顔を崩さず、鯉川の歩調に合わせながらまた顔を横に食い込んできた。


「いやでもね…」


「すみません、失礼します」


だが鯉川はこの男に付き合う気はさらさらなかった。何を言われようとスキルの所存を教える気はないし、ダカラこそこの男に付き合う意味もなく、時間の無駄なだけだ。


彼は黙って出口へと続く、白くて長い廊下を歩いて行く。


だが二度も冷たくあしらわれた職員の男の顏が一瞬だけ強張る。すると男は襟元に取り付けられたマイクのボタンを押した。


「すみません99番です。応援お願いします」


その言葉と同時に鯉川は出口の自動ドアまでたどり着く。

だがその自動ドアは鯉川が近づく前に開いた。目の前には3人の屈強な男たち。彼らの装備は冒険者のものではなかった。この施設を警備する対特殊生物対策部隊の隊員たちのものだ。


「すみませんね、応接室の方までご同行お願いしますか?」


一番真ん中に立っていた男が、上から鯉川を品定めするような目線を送りながら、喋りかけてきた。このまま三人の間を無理に押し通ろうとすれば、最悪は公務執行妨害で逮捕だ。


スキルの存在を教えるつもりはない。

だからこそ、今日は昼食を諦めなくてはならなくなった。


「……はい…」


鯉川は半分あきらめた態度で返事をした。














「だからね、普通に考えて一人でモンスター300体もどうやって倒すの⁉パーティー組んでも不可能だよ!!一昨日は500個も魔石があって、今日は300個?それでスキルはない?なんておかしいでしょアンタ!!いい加減答えましょうよ!!……貴方もずっとここに居たくないでしょ?私もずっと貴方の対応なんてしたくないんです…もう……頼むよぉ……ほんとに…」


「……」



「いいですか、あなた達冒険者は特別公務員です。入管の施設及び敷地内である以上、この取り調べも勤務時間の出来事ととして処理されます。ダンジョンの営業時間は24時までですが、法律によって公務員の労働時間上限は存在しません。やろうと思えば24時間ここに居てもらうことも出来るんですよ?」


「……」



「あのね…さっきから黙ってばっかでなんか言ったらどうですか⁉もう夜の24時だぞ⁉みんな帰った!!でもアンタのせいで俺も所長も帰れてないんだよ!!お腹すいたし…あんたもずっと座りっぱなしで!お尻の感覚が失ってきて怖いだろ⁉いい加減言えよ!!なんのスキルを持ってんだ⁉」


「……」



「糞っ…があぁぁああああああああ⁉⁉」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る