ミタ!!トッタ!!カッタ⁉
東京の世田谷区へと向かう電車に揺られながら、鯉川は獲得したアイテム収納の、具体的な活用法について考えていた。
ゴブリン――正確にはゴブリンという生物の大きな枠で見るのではなく、その生物を構成するたんぱく質を収納することで魔石と経験値を回収する。そしてレベルアップを重ね、稼いだ金銭でダンジョンからとれた強力な武器やアイテムをオークションで購入し、ドロップ率の高い3階層以降に潜る。これが鯉川が電車に乗る前に、駅へと向かう途中で考えた当初の計画であった。だがこれでは借金を返すのには効率が悪すぎる。レベルは簡単に上がる事はなく、ポーションのドロップも運任せだ。もっと効率的にポーションを入手する方法を探さなくては、鯉川は借金で首が回らなくなるだろう。
そんな鯉川がふと思いついたのはヤクザに頼ると言うことだ。
このさい一部の人間にはスキルの存在を教え、協力関係を構築するのもアリかもしれない。例えばアイテム収納のスキルを活用し、海外から大麻や覚せい剤を密輸入するのはどうだろうか。二年前まで続いた戦争や、経済の混乱期もあって、近年は麻薬依存者が急増しているとニュースで見たことがある。麻薬の需要はうなぎ登り、だが近年は憲兵隊や公安の監視に、仮想通貨及び現金規制法案や、マイナンバーカードのせいでヤクザはほぼ壊滅状態だと聞いた覚えがある。ここに自分が加われば短期間で大金を稼ぐのも夢ではない。そしてその稼いだ金でまず奨学金を返済し、同時にギルドやオークションでポーションを入手し、それを病院に転売すればいい。
………いや…でも危険か?特にギルドやオークションでは現金は使えない。だが電子円だと確実に足がつく。急に何千万の金が口座に入り、それが一瞬で使われれば怪しまれるかもしれない。特に冒険者は副業が禁止されているし、ダンジョンで入手したアイテムや、その売買履歴は入管――冒険者出入管理所とギルド双方で記録されている。そうなればいずれ麻薬密売にまでたどり着くかもしれない。
リスクが高すぎるか……だがこのポーションの効率的な回収のためには、ドロップ率に頼るよりも、稼いだ金で売られているポーションを買った方が良い。
そうなると効率的に稼がないといけないわけだが、副業が不可能である以上モンスターを倒さなくてはならない。だがアイテム収納だけでどれほど金を稼げるだろうか。
このスキルが有ればモンスターは瞬殺できる。だがそもそもモンスターとのエンカウント率を上げなくては意味がない。ダンジョンタイムズでみたもので、確かモンスターの同時出現数は階層×20体だとダンジョン研究者により判明している。となれば、エンカウント率を高めるには、当たり前だが、より早くモンスターと接敵し、倒していく必要がある。さらに欲を言うのなら出来るだけ一度に倒したい。
でも一階層ではモンスターの密度が低いため、それも難しい。
ならどうすればいいだろうか――。
「皆さま本日は京王電鉄をご利用いただき、誠にありがとうございます。新快速・新宿駅行きです。次は…下高井戸駅…下高井戸駅です……携帯電話についてお願いします。混雑した車内での通話やメール交換は心臓ペースメーカなど医療機器に影響を与えるなどまわりのお客様のご迷惑になりますので電源をお切りくださいますようにみなさまのご協力をお願いします………まもなく…下高井戸駅…下高井戸駅です。お降りの方はドア付近までお進みください」
運転士のアナウンスを聞いていた鯉川は駅に降りようと席から立ちあがる。そしてその瞬間ふと思いついた。音でゴブリンをおびき寄せればいいのだと。
これまでは奇襲を警戒し、音をできるだけ立てないようにしていた。だが完全な出待ち作戦であればその心配はない。それに迷宮のような狭く細い構造なら、音も反響して遠くまで聞こえやすいだろう。それにゴブリンも移動するし、モンスターの密度も低いのだからわざわざ探すよりも、誘い出した方が良い。これが普通の戦闘であれば、複数の敵と出会った場合に危険だが、音で誘い出したゴブリンを収納するだけでいいのだから、その心配もない。
戦う必要などないのだ。必要ならするが、そんなことの為に冒険者をやっている訳ではない。生きるために、自分がしたい事をするために金を稼ぐ。ただそれだけだ。
そうと決まれば早かった。
彼はスマホを取り出し、駅の近くにあるホームセンターの場所を探す。そして電子音報知器と吸着パット、耳栓、瞬間接着剤、電池を購入した彼は、ホームセンターの休憩所のテーブル席に座ると、瞬間接着剤で吸着パットと報知器を取り付けた。
そして彼はいつもの通り迷宮に潜る。
そして階段を下りてすぐ、通路の中間付近の壁に電子報知機を取り付け、スイッチを押した彼は階段の方まで戻り、一段目に腰かけた。
あとは丸一日ここに座っていればいい。
そして結果から言うと、この作戦は大成功であった。
「収納」
今の一言で三体のゴブリンが骨と体液、魔石を残して消失した。
腰かけていた階段から彼はゴブリンたちの亡骸を見つめる。
「収納……放出」
そして魔石を回収した彼は手に取り出した緑色の魔石を袋に入れていく。
スキルで収納したまま外に出て、入管の持ち物検査を通り抜けることはできるが、ギルドでキャッシュレスした場合、最悪スキルの存在がばれる。
だからキャッシュレスするアイテムはそのまま素直に入管に記録させ、税金を払った方が良いだろう。なにせこの日本帝国では1000万以上の脱税は終身刑になるのだから。
スマホの画面に映った時刻は23時を少し過ぎたあたり。途中食事やトイレの為に外に出たが、8時間以上迷宮で出待ちしつづけた鯉川のとなりには、ずっしりと膨れた袋があった。300個から正確な数は数えていないが、おそらく500個近くはあるのではないだろうか。冒険者の生活を守るため、魔石の最低買取価格は1000円と設定されている。ゴルフボール程の大きな魔石や紫色もあるが、それを抜きで計算したとしても50万円の収入になる。
迷宮から出た彼は、入管の職員たちに案の定驚かれた。
どうやってこんな量の魔石を、モンスターを倒したのかと尋問室に押し込められ何度も問われたが、彼は深夜3時に開放されるまで、「答える義務はない」と黙秘を貫いた。
すでに東の空は紫色の朝焼けへと染まっていた。
車通りの少ない静かな街の通りを歩く鯉川は、これを見せた時の彼女の驚き、喜ぶ顔と、二枚目の悔しがる姿を想像しただけで幸福感に満たされていた。
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