まだ決められない題名


ある男は一人で駅のホームに立っていた。


向かい側の駅のホームをぼんやりと見つめる男の隣には、

片割れの男が地面に座っている。


すると自分の立っているホームの東側から忙しくなるクラクションと共に電車が表れて男の視界を邪魔した。電車の窓に映る自分の顏に男はさっと視線をそらす。


そのそらした先にいたのは今だに地面に座っている男の顔であった。

この電車に乗ろう。男は片割れに向かって音の出ない声をかける。

地面に座る片割れの男は一瞬だけ眉間にしわを寄せ、顔をゆがませたものの、抵抗する気力もないのかすぐにうなずくと、自分の手を引っ張る男の勢いのまま素直に立ち上がった。


電車に乗った男は次から次へと変化していく建物の形と色に目を輝かせていた。この世界はこんなにも美しく広いのかと、あっという間にその美しき風景を置き去っていく箱物に中に揺られながら――今だ左側の窓から、先程までいた駅のホームの方角を見つめる片割れの男と対照的に――右扉のガラス板に両手をあてながら男は外の景色を覗いていた。


電車はやがて次の駅に留まった。

駅のホームに降り立った男は青々とした空の景色を眺める。時々に吹く土の臭いと共に、自分が見つめる反対側の駅のホームの外側に植えられた桜の花びらがちらちらと彼の足元に舞い落ちていた。


なんて美しいのだろう。男は胸に貯めていた息を思わずはぁっと吐き出した。

となりに座る片割れの男もこの時だけは男と同じ景色を見つめている様であった。


すると遠くの、左側から何やら騒がしい音が聞こえた。

音のする方を振り向くと自分たちの駅のホームの端側でなにやら動く影が見えた。

それが複数の人の声であり、30人弱の中学生であると気づくぐらいまで近づいたころには、向こう側もその存在に気づきいたのか男に手を振り始めた。


男は手招きする彼ら彼女らの方へと歩を走らせていく。

一人で来たの?誰かの問いかけに男はもう一人の片割れを自分の背中で、隠しながらウンとうなずいた。


一緒に遊ぼうよ。そう話しかけてきた彼の向ける指先を見た時、男は思わず息をのんだ。



彼が指した反対側の駅のホームに居たのは彼らと同じ制服を着た学生であった。

ただ一人で、体育座りで顔を沈めていた。

その姿はまるで先程の片割れに酷似していた。


すると先程男に話しかけて来た彼が座っている学生の名前を大声で呼んだ。


すると名前を呼ばれた学生はゆっくりと顔を上げた。

学生がどのような表情を浮かべながらこちらを見ているのか、遠くからでは分からなかった。


今からお前に石投げるから!!いやなら避けろよ!!


彼は一人で座る学生にむかってそう叫んだ。周りからは小さな笑いが漏れた。ただその笑いは失笑とは違い、これまで何回か見たことある芸人の一発芸を見た後の観客や後輩芸人の笑い声にどこか似ていた。


男はとっさに反対側のホームに座る学生のほうを見る。

すると彼は同じ場所に座りながら、関係ないねと言わんばかりにそっぽを向いていた。


その態度が気に食わなかったのだろう、彼は近くに居た仲間と一緒に学生に向かって石ころを投げ始めた。


一個目はホームに伸びる黄色の点字ブロックに落ちた。

二個目は学生の靴先に落ちた。

三個目は腕にあたり、

四個目はひじ、

五個目は頭に当たった。


あがる歓声。盛り上がる一部の男子をよそに、女子たちは後ろの方で口元を隠しながらひそひそとなにかオジャベリを続けるだけで、誰も石を投げるグループを止める者は存在しなかった。


そしてその後も学生に向かって様々な大きさの石が乱れて飛んでいく。

なんども多くの悪意をもった意志が学生の意志を打ち砕いて行く。


しかし学生は平気な顔をしてそっぽを向き続けた。

例え抵抗する力がなくとも、彼はその打ち砕かれた心を相手に見せぬよう、ハリボテの勇気を振り絞っていた。


だがその態度が余計に癪に障ったのだろう、彼はこちらの方を振り向き石をもった右手を差し出した。


はい、君も投げなよ。


所々尖った鋭利な意志を握りながら、彼は笑顔で男に投げかける。


彼はどう返事してよいのかわからず、しかし考えて考えて返事する暇もなく彼は投げかけられた石をとっさに受け取ってしまった。


後ろに座る片割れの、自分の服のすそを握る手が震えている。

もしこの片割れの存在を皆が知ればどうなるだろうか。


うん!そうするよ!!


男は怪しまれぬようにあえて大きな声を出した――出して、そのまま狙いを定めると、男は学生に向かって思いっきり石を投げた。


握りこぶしの大きな石が、予想以上の速さで飛んでいく。

そしてその凶悪な意志が頭にあたった学生は思わず鈍い声を漏らすと、そのまま地面に倒れこんでしまった。


うぇーい!!


どっと歓声が巻き起こる。周りの学生たちは男を囲みながらはしゃぎ始めた。

学生たちが自分を見つめるその瞳はまるで悪者を倒したヒーローのようであった。


えっすご!

まじやばいわww

強すぎww

まじ強いわぁww


男は称賛の声につつまれながら、どこか心が熱くなった。

次の瞬間、男はまた右手に石を握らされていた。


その瞬間、意識が一気に現実に引き戻された。

今しがた自分がした行為を思い出した瞬間、男の熱い心が一瞬で冷めた気がした。


しかし自分を取り囲む熱気は今だ冷める様子はない。

そしてそんな様子をうかがいながら、冷静になった男が一番最初に浮かんだ心配は、自分が投げた石で頭を強打した学生の安否ではない。


もし後ろにいる片割れの存在がばれたらどうなるだろう。

やはりそのことだけが男の胸にのしかかっていた。



そして彼はまた石を投げた。


石を投げるたびに歓声が上がった。


また石を貰い、また投げた。

また歓声が上がった。


今度は自分で近くの石ころを拾って投げた。

もっと歓声が上がった。


気づけば男も一緒になって仲間と笑っていた。

気づけばこんな事をあいつにしてみよう。そう自ら提案もしていた。


そして気づけばまた新しい電車がやってきた。

男は仲間に別れを告げる。

そしてまた震える片割れと共に電車に乗り、動きは始めた外の景色を眺め始めた。

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