第7話 恐怖のお気持ち表明
「うげ……またきた……」
公式ホームページに設置してあるお問い合わせフォームから転送されてきたメールの着信に思わず声が出てしまった。
内容は見なくても予想がつくが、一応確認してみる。
『アイナさんを傷つけるなんて事務所の対応どうなっているんですか。説明を求めます』
案の定、例の件についての視聴者からのお怒りのご意見だった。
「おや、またきたのか? アイナくんは愛されているな」
「その愛が本人だけに向いてれば良かったんですけどね……」
スマホゲームをしながらの代表の呑気な言葉に、ため息交じりに返す。
昨日の顔合わせの時に起こったアイナさんの退所騒動。あの場は『以前没になった案件を再獲得する』ということで話がついていた。
しかし問題はその後。
アイナさんが自身のSNSで。
『事務所の方と色々ありまして少々疲れてしまいましたので、しばらく配信はおやすみとさせて頂きますわね。落ち着いたらまた参りますので皆様それまでごきげんようですわ』
と投稿してしまい、その結果事務所の方にはファンの方からのお怒りや抗議、謝罪や説明を求める問い合わせが殺到。そしてそれらを全て俺1人で確認する羽目になっているのだった。
「ふむ。そんな難しい顔ばかりしてないでどうだ気分転換に一緒にゲームでも。新規は今なら50連ガチャ回せるらしいぞ」
操作していたスマホの画面をこちらに向けて「ほら面白そうだろ?」とアピールする代表。気を使ってくれているのか、それとも遊び相手が欲しいだけなのかはわからないが当然そんな余裕もないので。
「一応業務中なんで遠慮しておきます」
「む、そうか。なら休憩時間になったらやるぞ。私の団に入ってくれ。人手が足りないんだ」
どうやらやるのは確定らしい。あと人手が欲しいのはこっちです。
問い合わせフォームに”個人的なご意見は返信できない可能性がある”と記載しているので返信まではしなくていいものの、確認だけでも結構な時間が取られている。アイナさん以外の人にはまだ挨拶すら出来ていないというのに問題もやることも山積みだ。
「そんなに大変ならもういっそのこと”話し合い中”とかで発表したほうがよくないか?」
「いえ、それはやめときましょう。話が重くなりすぎるのは避けたいです。社内情報の漏洩に近いケースだとは思いますが、一応匂わせ程度のものですし」
没になった案件を獲得しないといけないという課題がある以上、事務所よりもアイナさんのイメージダウンを防ぐのが優先だ。代表には悪いけどこっちがだんまりを決め込んで「事務所が悪」という風潮にしてもらった方がアイナさん自身のイメージダウンは避けられる。
っとまたメール通知が来たか。面倒だけど内容確認しないと。
『キャストに不当な労働を強いるな。労基に通報した。震えて眠れ』
……というような事情も知らないのに何故か強気なご意見が多すぎてイラッとくるが、公式発表しないと決めた以上こここは我慢だ。
「で、肝心の案件はどうにかなりそうなのか?」
「一応先方には引き継ぎの挨拶という名目でアポ取ろうとしてますが……やはりボツになった理由がわからなければなんとも」
案件の概要や取引先については前任者の田中さんがやり取りしていたメール履歴からある程度は把握することが出来た。しかしながら断りを入れられたメールではNGになった理由までは書かれていなかったのでまだ確認が取れていない。
何にせよこの件については早めに決着をつけないと俺の心が折れてしまう。
そしてこうしている間にもまた恐怖のメール着信通知。
諦めにも似た気持ちで件名の確認から始めると――。
「代表、アポ取れました。早速ですが明日直接会話してきます」
今度のメールは心を抉る誹謗中傷ではなく、取引先からのアポ確定メールだった。
しかも都合のいいことに明日会ってくれるらしい。早速お礼メールを書こう。
「おおそうか。これは早速の大仕事になるな――ふむ、大仕事……か」
代表が突然何か考え込むような仕草を見せる。
「風戸くん。明日は失敗できない、そうだな?」
「え? ええ。アイナさんの退所が懸かってますからそうですね」
「少しでも成功率を上げたい、そうだな?」
「そうですね。ですのでしっかり準備を――」
そう言っている途中、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる代表。
それを見た俺は何か嫌な予感がして。
「ならば明日は私もついていこうではないか」
その予感はすぐに当たってしまったのだった。
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