第6話 入社初日:いきなりの退所宣言
看板キャストのアイナさんによる退所宣言。
あまりにも突然で予想もしなかった展開に、俺は次にどう動くべきなのかが全くわからないでいた。
いや……いくらマネージャーとはいえこれは入社初日の挨拶しただけの新人が対応出来るトラブルではない。幸い代表がいる訳だしここは代表に任せよう。代表には設立からこの2年間もの間、会社を経営してきた手腕と経験がある。きっとトラブルには慣れていることだろう。
「な、なぜだっ!? 理由を聞かせてくれ! 風戸くんが駄目なのか!? 挨拶が気に入らなかったんだな!?」
俺以上に取り乱していた。
……これは任せないほうが良さそうだ。
「代表、ちょっと落ち着きましょう」
「い、いやしかしだなこれは一大事だぞ一大事。なにせ一番の収入源――」
あ、これヤバそう。
嫌な予感がした俺は、咄嗟にスピーカーマイクのコードを抜いて接続を切る。
「――いわば金づるが居なくなるのだぞ!」
あ、危ねぇ……。
これをアイナさんに聞かれてたらと思うとゾッとする。従業員を大事にするとかいう話はどこにいったのだろうか。
やはり代表に任せるのは職場の雰囲気的にも俺の精神衛生上的にも危険だ。一旦俺の方で巻き取らないと。
「だからこそ一旦冷静になりましょう。話は私が主体で進めるので代表は何か気になることがあった時にだけ発言をお願いします」
「い、いやしかしだな私は代表として――」
「代表だからこそいざという時まではドンと構えておいてください」
「な、なるほど。代表はドンと構えるなるほどなるほど……理解したぞ」
代表が頷いたのを見てスピーカーマイクを繋ぎ直す。
「アイナさんすみません。ちょっと機材の調子悪くて音声途切れてたみたいです。今マイク繋ぎ直したんですけど聞こえてますか?」
「ええ、今聞こえるようになったわ」
そう答えるアイナさんの態度に変わった様子は見られない辺り、代表の失言は聞こえていなかったようだ。本当に良かった。
マイクを抜いていたことに気付いていない代表が「機材トラブルなんてあったか?」と首を捻っているが気にしないでおく。とにかく仕切り直そう。
「それで退所したいとのお話だったかと思うんですが……理由を教えて頂けないでしょうか」
アイナさんは「簡単な話よ」と前置きした後。
「だってこのまま居ても稼げそうにないもの。宣伝も全然やってくれないし、仕事も取ってこない。何の活動計画も立ててくれないし碌なマネジメントもない。こっちには生活もあるんだからいつまでもこんな将来性のないところに居続けられないわよ」
なるほど。凄く真っ当な意見だ。俺としても気持ちはわかる。
だからこそこれからしっかりと支えていかないといけない。
「お話はわかりました。ですがもう少しだけ時間を頂けないでしょうか? 私の方でお力になれることもあると思いますし」
「口でならなんとも言えるわね。田中さんもそうだったけど結局口だけだったし」
……どうやら会社に対する不信感は相当なものらしい。
前任者の田中さんもチャット履歴を見てる限り相当頑張ってはいたようだったけど……これはどう説得したものか。
「――どうやらキミは風戸くんの凄さを知らないようだね」
ほんの数秒頭を悩ませている間に、代表が「ふふふ」としたり顔で話しだした。
そして突然スマホを操作しだしたかと思うと、デスコのチャット着信音が鳴った。
「これが風戸くんの情報だよ。見てみるといい」
俺の情報、ってなんだ……?
アイナさんに向けての言葉だと思うが気になったので俺もチャット欄を見てみる。
どうやら2つのファイルが添付されているようだ。ファイル名を見てみる。
『履歴書_風戸孝介.pdf』
『職務経歴書_風戸孝介.pdf』
…………。
……。
俺の個人情報ー!?
求人応募のときに送ったやつー!?
「ちょ、ちょっと代表何を勝手に!」
「何って風戸くんの情報を送っただけだが?」
別に大したことはしてないけど? みたいな態度で返された。
履歴書はあくまで選考して貰う目的で送った書類なので、選考以外の目的で使用するのは完全にNGな行為。法に触れているレベルなので焦りもする。
「へぇ……色々経験があるのね」
そんな俺の焦りをよそにアイナさんはファイルを開いてしまったようで、そんな感想が聞こえてきた。
「ふふ。凄いだろう? まぁ代表の私には及ばないが」
何故か代表がドヤっていた。
代表ならもう少しコンプラ意識を持って欲しいとは思うが……まぁ知らないだけかもしれないのであとで削除して貰う時にでも説明しておこう……。
「でも結局別業種だし、あなたの能力なんてわからないわよね」
「それはそうだと思います。ですのでこれからの働きぶりで示せればと」
「そんなに悠長に待ってられないわよ。……けどそうね、そこまで言うなら――」
少し間を空けて。
「以前、田中さんが駄目にした案件でも取ってきて貰おうかしら。あなたがそれぐらい出来る人なら退所しないであげるわよ」
「……その案件はどういう理由で駄目になったんですか?」
「知らないわ。聞いたけど結局返事来る前に居なくなったもの」
理由不明でボツになった案件の再獲得か……正直言って難しいだろう。
一度進めていた話を白紙に戻すというのは、それだけの理由がなければ起こり得ない。途中まで進めていた段階で関わった人全ての稼働・工数がかかっているからだ。それをまた再始動するとなると、今度は白紙になった理由以上のものが必要になってしまう。
理由不明で対策も取れない以上、安請け合いをして結局駄目でしたというのが一番最悪のパターン。とにかくここは返事を保留にするか勝利条件の変更を目指して話し合いを続け――。
「ふっ、そんなこと風戸くんにかかれば簡単だよ。なぁ風戸くん?」
そんな俺の考えは、代表に一瞬で台無しにされた。
ここから否定しようにも。
「ふぅん……そんなに優秀なのねあなた。ならちょっとは期待させて貰おうかしら」
これから良好な関係を築いていきたいマネジメント対象の期待を裏切る訳にもいかず――。
「…………お任せください」
感情を殺して、そう答えるしか道がなかったのだった。
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