第5話 入社初日:顔合わせ
キャストとの打ち合わせや連絡は、テキストチャットとボイスチャットが統合されたツール”
社用アカウントを作成し、招待制になっている会社関係者のみのサーバーにも参加済。スピーカーマイクも接続し、ツール側の細かな設定なども終え、後はキャストの皆さんを待つだけ。
…………なのだが。
「来ませんね……」
「……そうだな」
ボイスチャンネルに入って待っているが一向に誰も来ない。待ち始めてからおよそ10分間、代表と肩を並べて待っている。
そもそも所属キャスト3名ともオフライン表示で、キャスト以外にも動画編集や配信チェックをサポートしてくれる裏方も1人いるようだが、その人もオフライン表示になってしまっている。
なので最初は連絡ミスを疑ったのだがチャット欄にはこの時間に新マネージャーを紹介すると代表が発信している。反応はないものの、送信は1週間前になっているのでさすがに伝わっているとは思う。
…………ってあれ? 伝わってる上で来ない方が問題か……? 俺、もしかして歓迎されてなかったりする……?
「ま、気にするな。遅刻はよくあることだ」
気を落とすな的な感じで励ましてくれているが、さすがに遅刻がよくあっては駄目なのではないだろうか……。
「ほら、コレとか見てみろ」
そう言って代表が身をこちらに寄せ、マウスを操作しデスコのチャット履歴を表示した。
見てみると前任のマネージャーらしい田中さんがチャットを連投しているようだ。内容を上から見てみると。
『夜会さんちゃんと起きれてますか?』
『今日は予定通り先方との打ち合わせがあります。ちゃんと私も同席するので安心してください。よろしくお願いしますね』
『時間近づいてきたので念のため連絡貰えますか?』
『気付いたら電話の折り返しかこちらに返信お願いします』
『5分前ですがもう先方Web会議のルームにいますので私先に入ってますね』
『時間ですので入っていただけますか』
『Web会議のURLはメールに書いてあります。念の為ここにも貼っておきますのでここから入って貰って大丈夫です』
『先方をお待たせしてますので来てください』
『先方お怒りですが私がなんとかしますのできてください』
『もし来れないならそれでもいいので連絡だけください』
『電話でて』
『お願い』
『すみません今日はもう大丈夫です。後日時間ください』
…………。
……。
よ、読んでて俺の方まで胃が痛くなってきた……。
しかもあの丁寧な印象しかなかった夜会さんが、マネージャーに返信もせずお客様との打ち合わせをすっぽかしたという事実を知ってしまったので二重にダメージを受けた気持ちだ。
「ほらな? だから気に病まなくてもいいぞ。むしろ遅刻が逆にネタになることもある業界だ。何がどう転ぶかはわからん。彼女たちの個性を活かしたマネジメントを期待しているよ」
「…………ぜ、善処します」
これからのことを考えると別の意味で病みそうなんですが。という言葉が出そうになったがなんとか踏みとどまった。
「Vtuberは自己実現の場でもあるからね。彼女たちのやりたいことを――っと噂をすれば来たようだよ」
視線でパソコンの画面を指す代表。一瞬夜会さんが来たのかと思ったが、デスコを見てみると所属キャストのうちの1人、”アイナ・グレンヴェール”さんがオンラインの表示に変わっていた。
アイナ・グレンヴェール。
チャンネル登録者数2万人。うちでは最大の登録者数を誇っており、公式のキャスト紹介でもトップで紹介している文字通りの看板キャスト。
公式プロフィールでは金髪碧眼の海外育ち”ツンデレ高飛車お嬢様”となっているが、ゲーム配信中によく口調が素になったり舌打ちしたり、危ない用語が口から飛び出したりするので一部熱心な視聴者の間では”キレキレ口悪一般人”と称されていたりする。ちなみに海外育ちなのに何故か日本語しかわからないというのもポイントになっていると見受けられる。
所属キャストの中では配信頻度も断トツで多く、SNSでもエゴサというものをしているのかファンの呟きに反応していたり等かなり活動的。俺としても特に力を入れてサポートしていきたいキャストだ。
そうして1分程待っていると、ボイスチャットチャンネルへの入室を知らせる「ポコン」という音が鳴った。アイナさんが入室した音だ。
「お疲れ様です」
新人らしく俺から先に挨拶をする。
さっきのチャットの件が頭をよぎり、無視されたらどうしようかと構えるが――。
「お疲れ様。あなたが新人さんね」
無事に返事が返ってきた。
配信で聞いたものとは違って若干低い声で口調も普通だ。
「はい。マネージャーの風戸です。よろしくお願いします」
「そう……色々大変だと思うけれど頑張ってね」
まるで他人事のような言い方に聞こえるが……この辺りはキャストと裏方での意識の違いもあるかもしれない。そういった面もこの先しっかり相互理解していきたいところだ。
「ねぇそこに代表いるわよね?」
「ええ、いますよ。スピーカーにしてあるので声も聞こえてます」
俺と代表は同じ場所に居るため、代表として俺のアカウントでボイスチャットに参加している。スピーカーマイクを接続してあるのでそのまま会話もできる。
「ん? 私と話すよりも風戸くんと話をした方がいいと思うぞ。今後のこととかなんでも聞いてくれるぞ」
なんでも、というのは代表に勝手に盛られているがキャスト達の力になりたいという気持ちで入社している。なので。
「そうですね。もしこのあとお時間問題なければ少し打ち合わせいかがでしょうか? アイナさんの活動について今後のことも含めて認識合わせからさせて頂ければと思うのですが」
動き出しを早く、そして主体的に動く。
彼女たちが何を考えているのか、何を目指しているのか、何をしたいのか――。さっき代表が言っていた”自己実現”も含めて、彼女たちの気持ちを知るところから始めていきたい。
「ふふ、早速行動とはさすが私が見込んだ風戸くんだ。さぁ共に我が社を盛り上げていこうではないか」
「はい。マネージャーとして精一杯頑張らさせて頂きます」
満足気に頷く代表に同調するように口にする。
……ふぅ。顔合わせの時間になっても誰も来なかった時とか、田中さんの連絡を夜会さんがガン無視していた履歴を見た時とかはどうなるかと思ったが、アイナさんは普通な感じだし、俺が心配してるほど状況は最悪じゃ――。
「悪いけどそれは無理ね」
「…………えっ」
アイナさんの冷ややかにも思える言葉に思考が停止する。
「だって私――退所させて貰うから」
そして続いた言葉に思考だけではなく、俺と代表の表情も固まってしまうのだった。
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