第8話 案件獲得に向けて

 お客様先への訪問日。

 代表との待ち合わせまではまだ時間があるため、俺は近くのカフェに入り窓際の座席を確保した。ここなら待ち合わせ場所となっている駅の出入口も見えるので時間よりも早くに代表が来たとしても気付けるだろう。

 通勤ラッシュ帯を少し過ぎた時間帯ということもあり店内の客数はまばら。気兼ねなく作業に入れる。



「さて……ぎりぎりまで研究しないと」



 ノートパソコンを起動し、ブラウザを立ち上げつつ、イヤホンを接続する。

 そして見るのはアイナさんの過去配信のアーカイブ。勿論ただ見るだけではない。”彼女の魅力や強みはどこか”という観点で視聴する。

 視聴者層や平均視聴時間、繰り返し見られているシーンや、視聴離脱が多いシーンなどの分析ツールでわかる情報は昨日のうちに纏めてあるが実際の配信内容の確認までは時間が足りずに途中までしか終わっていない。

 アイナさんがどんな言動をした時に、視聴者はチャットでどんな反応をしているのかを確認することで彼女の強みを見つけ、案件獲得に繋がる材料にしたい。

 本来であればこういうことも本人と話し合い戦略を立てた上で売り出していくべきだと思うのだが、本人との連絡が取れない以上こちらで出来ることをやるしかない。



「んー……やっぱりアピールポイントはこれか……」



 小さく呟きながら、横スクロールのアクションゲーム配信をしていた時のアーカイブ動画を開く。クリア耐久とタイトルにあるため動画は9時間超えととても長い。

 オープニングや挨拶部分をシークバーを動かして飛ばし、ゲームを開始した辺りから再生を始める。



『あら。敵さんは踏めば倒せますのね。ふふっ、わたくしに踏まれることを光栄に思うと良いですわ』



 基本操作やゲームシステムを確認しながら余裕のある口調で進めていくアイナさん。ゲーム慣れしているらしく、最初のステージは難なくクリアし『この調子ですと早く終わってしまいそうですわね。さすがはわたくしですわ』と笑みを浮かべている。

 シークバーを3時間後辺りに進めてみる。



『この倒せない敵くっそうっとうしいわね……ですわね』

『なんでこんなところに落とし穴があるのよ! ……ありますの!』



 プレイが詰まり始めたらしく、口調が乱れたりしているがカバーしようとしている場面も見られる。

 更にシークバーを3時間ほど進める。



『なんでよもう! この配置にした人絶対性格悪い!』

『ええええ!? 今の当たったの!? 当たってないでしょ!?』



 もう完全にキャラが崩壊していた。叫び声に近いぐらいに大きな声でゲーム開始当初からは最早別人。

 しかし視聴者からは『い つ も の』『お嬢様とは一体』『中身入れ替わった?』『今日もようやっとる』等とこの状態を楽しんでいるようなコメントが目立ち、分析情報からも視聴人数は後半になるにつれて微増していっていることがわかっている。

 このことからもいわゆる”ギャップ”が強みになると考えているが……ただこれをそのまま伝えるだけでは良いアピールにはならないとも感じている。

 何か上手い言い方があればいいのだが……ううむ。




「朝からカフェとは優雅じゃないか。風戸くん」




 思考に耽っているとイヤホン越しに声が聞こえた。

 振り向くとそこには代表が紙カップを片手に立っていた。



「だ、代表?」



 まさか待ち合わせ時間を過ぎてしまったのかと思い腕時計を見るが、まだ約束までは15分以上もあったので安堵する。



「おや、アイナくんの配信か。折角だ一緒に見ようではないか」



 そう言いながら隣の席へと座るなり自分の方へパソコン画面を向けようとする代表。まさか代表までカフェに来るとは思っていなかったのでこの登場には驚いたが、それ以上に驚くべきことがある。



「あの、今日は一緒に行くんですよね?」

「今更何の確認だ。面倒だがわざわざこうして来てやったのだぞ。行くに決まっているだろう」

「ええと…………その格好で行くんですか?」



 驚きなのは代表の服装。

 取引先の会社訪問に行くというのに代表はいつものゴスロリ服なのだ。

 俺が何を言いたいのか察したのだろう。代表は「やれやれ」とばかりに溜息をついて。



「我々はVtuberという新時代の自己実現をプロダクションする立場なのだよ? それなのにスーツが正装というような旧態依然とした文化に引っ張られる方が私としてはどうかと思うのだよ」



 な、なるほど。それは確かに一理あるかもしれない。

 ただ理念としては理解できるものの、今大事なのはビジネスの場においてそれが通用するのかどうかだ。個人的な経験からだと、正直言って先方にマイナスイメージしか与えないのではないかと思う。

 そんな俺の考えが表情に出ていたのか。



「ふっ、案ずるな。もし服装の話になれば私の話術を見せてやろう」



 不敵な笑みを浮かべる代表。

 代表にしてみればこの服装も1つの戦略という訳か……。



「わかりました。そのときはよろしくお願いします」

「うむ。任せておけ」



 そういうことであれば代表の力もお借りしよう。営業トークに使える材料は1つでも多いほうが良い。


 …………さて、なんとしてでも案件を取ってこないとな。

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