第3話 採用面接
「まさか面接までいけるとはなぁ……」
Vtuberマネージャー職の求人。
月見さんの力になりたい気持ちが溢れて応募してしまったが、現実的に考えて業界未経験で知識も浅いような人間は書類の時点で落とされるだろうとは考えていた。
なのに応募した翌日に届いたメールには書類選考通過した旨と、面接日程の調整依頼が書かれていた。
休みをすぐ取れるような状況ではなかったのでメールを頂いてから2週間も空いてしまったが、なんとか午後休を取得できた今日、ようやく面接に臨むことが出来る。
「よし、行くか」
駅から徒歩8分。築25年ほどの5階建て雑居ビルに入る。
この2階が合同会社テラサプライズのオフィスであり、今日の面接場所だ。
エレベーターに乗り、2階へと上がりながら腕時計を見る。約束の時間1分前、丁度良い時間だ。
この建物は1フロアにつき1テナントのみが割り当てられているようなので、エレベーターを降りるとすぐ正面にドアが見えた。そのすぐ横には『合同会社テラサプライズ』と記載されたプレートが掲げられており、またそのすぐ側にインターホンが設置されている。
心の中で気合いを入れてインターホンを押す。
ピンポーン。
パーティションが薄いようで、中で鳴っているインターホンの音がよく聞こえる。そしてその次に。
「開いてるぞー。入ってくるがいい」
と、女の人の声が聞こえてきた。
……仕事柄色々と企業訪問はしてきたが、自分でドアを開けて入っていくパターンは初めてだ。勝手がわからないが……まぁ許可貰ったし普通に入ろう。
「失礼します」
そう言いながらドアノブを回して入室後、振り返ってドアを閉める。
そして次に挨拶をしようとしたところで――。
「――よく来たな。ようこそ我が社へ」
こちらの挨拶よりも先に、一風変わった出迎えの言葉が飛んできた。
声のした方を見る。
建物の窓側。そこに髪の長い少女が机にもたれかかるように立っていた。
黒を基調としたひらひらのドレスのような――いわゆるゴスロリっぽい服装の少女が腕組みをしており、幼い顔立ちには不釣り合いな不敵な表情を浮かべている。
一瞬部屋を間違ってしまったのかと思うぐらいに予想外な光景に一瞬反応が遅れてしまったが――。
「本日はお時間を頂きありがとうございます。風戸と申します。よろしくお願いいたします」
と、なんとか挨拶の言葉を絞り出すことが出来た。
危ない危ない。面接はもう始まっているんだ。この少女が何者かはわからないがオフィスにいる以上、会社とは無関係ではないはず。子供だろうが丁寧な対応が必要だ。
俺の挨拶を聞いた少女は小さく「はぁ」と溜息をついて。
「予想通り堅苦しいやつだな……まぁ良い。私が代表の蟹川だ。よろしく頼むぞ」
「はい。本日はよろしくお願いいたします」
なるほど。この方が代表の蟹川様か。それならここに居るのも納得――。
…………。
……。
えっ。
「くくっ。良い反応だ」
「も、申し訳ありません!」
「いや構わん。それよりそろそろ座ったらどうだ?」
全く気にした様子もなく、応接用らしきソファに座るように促されたので「失礼します」と一言断ってから座る。そして少女――じゃない、蟹川様も対面のソファに座った。変わった口調だとか格好だとか色々と思うところはあるけれど今は面接に集中しないと。
「さて……早速だが風戸くんに質問といこうか」
顎に手をあて、幼く見える容姿に似つかわしくない口調と仕草をする蟹川様。
入室時点から想定していた流れとは大きく違って戸惑ってしまったが、面接となれば話は別だ。予想される質問やその対応など入念な準備をして臨んでいるので、取り乱すようなこともないだろう。
「君の今の仕事内容を教えて貰おう」
「はい。私は人材派遣会社でプレイングマネージャーとして――」
予想通りの質問。ここで気をつけるのは単純にやったことの羅列にしないことだ。そんなものは提出済の職務経歴書に書いてあるので同じことを言っても意味がない。だからここでは部下のマネジメントやビジネスプランの策定、営業活動などの入社後にも活かせそうな経験についてそれぞれ具体的な手法や工夫点を掘り下げて伝えるのが大切だ。
そうした俺の返答を聞き終えた蟹川様は「ふむふむ」と頷いて。
「なるほど。色々やっているのだな」
「はい。社内外含めて多くの業務を担当させて頂いております」
感触は悪くなさそうに見える。
次の質問は何かと待っていると。
「うむ。合格だ」
合格か。
さすがに合格という質問に対しての返答は用意していなかったな。想定外の質問が来てしまった時は無言にならないようにまずは返事をして――って。
「ご、合格ですか!?」
「そう言っている。それでいつから働けるんだ? 明日か? 明後日か? 別に私は今からでも構わんぞ」
戸惑う俺とは対象的に冷静に話を進めようとする蟹沢様。合格自体はありがたいことなのだが、質問が1つだけというのも、その場で合格を伝えられるのもさすがにおかしい。応募する前に感じていた不安がまたふつふつと湧き出てしまう。
「ん、どうした? 何か聞きたいことでもあるのか?」
そんな俺の内心を知ってか知らずか、それとも顔に出てしまっていたのか蟹川様が首を傾げ、不思議そうな表情で俺を見る。
「ご、合格の理由を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
普通であれば絶対にしないし出来ない質問。だけど聞いておかないと後々酷い目に合うと俺の直感が告げている。
蟹川様は「ふむ」と少し思案した後。
「私はな、働きたくないのだよ」
俺を含めて色んな人が同意しそうだけど、少なくともこの場には似つかわしくない言葉が飛んできた。
「判子押すぐらいであれば働いてやってもいいと思って会社を起こしてみたのだが、実際はそうもいかないみたいでな……だから色々丸投げ出来そうな人物が欲しいのだよ」
「い、いやぁ……さすがに代表の業務を私がとなると荷が勝ちすぎていると言いますか……」
「何も代表になれと言っている訳では無い。君はただの従業員の立場のまま”代表代行”として仕事に励んでくれるだけでいいぞ」
それは余計酷い扱いなのでは……。
聞いていると不安しかない。頭の中に辞退の文字がよぎる。
「何を悩んでいるんだ? こんなに可愛い私と働けるのだぞ? 私は働かないが」
凄い。一瞬で矛盾した。
……やはりここは危険だ。かつてない程にブラック企業の気配しか感じない。折角面接の時間を割いて頂いたのに申し訳ないが辞退しよう。
波風立てないように若干こちらに非があるような理由で申し出よう。
「申し訳ありません。やはり私は業界に関する知識も乏しいためあまりお役に立てるとは思えず――」
『だから辞退させてください』という言葉を続けるよりも先に。
「なに気にするな。業界のことぐらいいくらでも教えてやるさ。こう見えても私は無知な相手に知識マウントを取るのも大好きでな」
腕を組み「ふふん」と得意気な表情で言われてしまった。
しかもその視線は真っ直ぐ俺を捉えていて、その言動からも俺がここで働くことを信じて疑っていないように見える。
これからお断りを入れようというのに、蟹川様の自信満々すぎる表情に居たたまれなくなった俺は少し視線を逸してしまう。
すると部屋の片隅に何故か大量のダンボールが積まれているのが見えた。いや、あれはもう片隅というよりかは部屋の結構な割合を占拠している多さだ。
「ん? ああ……あれが気になるのか?」
「いえすみません、失礼しました」
室内をジロジロ見てしまうだなんて失礼な態度を取ってしまったことを謝罪する。しかし蟹川様は特に気にした様子もなく。
「……そうだな。ちょっと一箱持ってきてくれないか?」
「え? あ、はい。承知しました」
突然の指示に思わず承諾してしまう。
……俺、何やってるんだろう。そう思いながらもダンボール箱を取りに行く。何が入っているかはわからないが、持ち上げてみるとかなり軽い。
「そこに置いてくれ」
「はい」
運んできたダンボールを指示通り机に置く。
すると蟹川様はガムテープを剥がし、中身を取り出した。
「これは……アクリルスタンドですか?」
「ああ、そうだ」
よく目にしている夜会月見さん以外にも会社所属のVtuberのアクリルスタンドが机に1つずつ並べられた。でもどうして突然……。
「これな、売れ残りなんだよ。そこに積んであるのも全部」
「えっ……」
これ全部売れ残りって……。この一箱ですら結構な数が入っているのに、あそこに積まれてるのも含めるとかなりの……。
「このグッズはな、私が強く推して発注したんだ。……だがその結果がこれだ。これ以上なくわかりやすい失敗だろう?」
自嘲するように語る蟹川様。対して俺は何も反応することが出来ない。
「結局のところ私はこういうことに向いてないんだよ。何もかも楽観的に考えてしまう性格でな。それで失敗してこの様だ。だから――」
そう言うと蟹川様は真っ直ぐに俺を見て。
「キミのような人材が必要なんだ。業界は違えどビジネスプランを立ててきたキミならこんな失敗はしないだろうし、なにより彼女たちをもっと輝かせられる――私はそう思ったんだ」
「蟹川様……」
真剣な眼差し。
俺は職業柄これまでお客様やスタッフに色々とお願いや時には頭を下げたりもしてきた。けれど今の蟹川様のような真に迫ったお願いはしたことがないし、しようと思っても正直言って出来るか自信がない。それぐらいの迫力があった。
そんなにも俺のことを評価して欲してくれているのかと熱い気持ちになる。
それに――。
ちらりと積み上がったダンボールの山を見る。
膨大な量の売れ残り。これを見て所属Vtuberの人たちは何を思っただろうか。もしこういう失敗さえも、俺の腕で回避することが出来るとするなら――。
「わかりました。御社で私を働かさせてください」
俺は、俺を必要としている場所で、精一杯頑張ろうと思う。
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