第11話 「異動宣告」
ピリリリリ、ピリリリリ、ピリリリリ、ピリリリリ…。
ああ、うるさいなぁ。
なんて耳障りなんだ、この音。
なんだよ、いったい。
こんなに気持ちよく寝れたの、久しぶりなんだよ。
もう少し寝かせてくれよ……………!
木下は、はっと目を覚ました。
背後からピリリリリと、眠りの中でも聞いた電子音が響いてくる。
上体を起こして部屋を見渡す。
カーテンを通して漏れてくる、朝の陽にうすぼんやりと照らされた床の上で、携帯電話がブルブルと震えていた。
音を出しているのは、その携帯電話のようだった。それは会社から持たされたもので、木下は毎朝、目覚まし代わりにアラームを鳴らしている。
そうだ、会社…。
鳴り続ける電話を見て、木下は、会社のことを思い出した。同時に、自分がどうやら帰ってきたままの姿で、ベッドに倒れこんでいたことに気がついた。風呂にも入らず眠ってしまったらしい。
反射的に立ち上がり、ワイシャツを脱ぎ捨てて風呂場へ向う。
会社に行かなきゃな…。
狭いユニットバス。
洗面台の鏡に映った木下の顔は、どす黒く染まっていた。
「な、なんだ!?」
思わず声を上げる。しかしその黒いものが、固まった血液だと気付いた瞬間、木下の頭に昨日のできことが鮮明に蘇ってきた。
そうだ、俺はこの手で石田を…。石田のクソ野郎を…。
思い出すにつれ、段々と血圧が上昇してくるのがわかる。木下は鏡に向かって、にやりと笑ってみる。その悪意に満ちた顔は、いつだか雑誌で見た悪魔の絵を思い出させた。そして、心の底から沸き上がる愉悦…。
熱いシャワーを頭からかぶり、顔にこびりついた血を洗い流しながら木下は、改めて会社へ行こうと考えていた。もちろん、周りの反応を楽しむために。
***
出社した木下を迎えたのは、恐怖と奇異に満ちた周囲の目だった。誰も声をかけてはこないが、明らかにチラチラと視線を投げてくる。木下は可笑しくて堪らなかった。
石田課長の席に目を移すと、そこには見知らぬ男が座っていた。ガッチリとした体格にダブルのスーツがしっくりと馴染んでいる。
誰だ、コイツ…?
木下がいぶかしげな目でじっと見ていると、その男は木下にすっと近づいてきた。
そのあまりに自然な様子が、かえって木下には奇妙に感じられる。
「木下くん、だね」
男は太いしっかりした声で言った。
「そうですが…」
動揺を隠すように、つとめて静かな口調で返す。
「ちょっと、応接室まで来てくれないか」
ははあ、俺をクビにするつもりだな、と木下は思った。どうやらこの男は会社の偉い様らしい。しかし木下にとって、クビになるのは望むところだった。石田に対する復讐も終わったわけで、まさに当初の狙い通りの展開であった。
しかし、応接室で男から出た言葉は、木下の思惑とはまったく異なるものだった。
男は応接室のソファーにゆったりと腰を沈めると、こう言った。
「木下くんには、異動してもらうことになった。異動先は、営業四課」
男の声には、抵抗できない静かな迫力があった。
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