今宵

『慶孝~♪早く~♫』


あの日からの翌日、彩音から早速呼び捨てで呼ばれる様になった。


相変わらず切り替えが速い。


聞けば、─私の方が年上なのに、自分だけ呼び捨てされるのは気にくわない─とのことらしい‥。


年上言ったって誕生日的に2ヶ月程の差なのだが‥。


高校のバイト通いの時から使ってる原付を納屋から引っ張り出し、エンジンを掛けた。


玄関先には渡したまんまであった今現在も使っている傘。


「彩音は‥他人が運転することに不安とかは無いのか?」


『ん?別に?♪慶孝の運転にナニも心配は無いよ♫』


「‥そっか‥。なら乗って‥」


『は~い♪失礼しま~す♫』


……


……


「彩音‥」


『え!?ナニ?』


「そうやって腕回されてガッチリホールドされると運転に支障を来す‥。体少し離して片方の手は肩、もう片方の手は車体を掴んでくれないか‥」


『あら?そうなの?』

「そうなのです」


……


『では改めて出発♪』



◇ ◇ ◇



あれから約半年。


俺は彩音とその家族との下、一緒に暮らす様になった。


仕事は平日に昼間、日雇いで働いてた建設会社を正社員として働き、土日祝と平日の週2~3回の夜には彩音の親戚の居酒屋で手伝いとして。


労働量で見たら以前とあまり変わりはしないが、お金の為や罪滅ぼし的感情でやってた以前とは違い、苦痛など殆ど感る事はなくなった。


金銭面にも余裕が出来、休暇を取ろうと思えば取れる。おいしい食事にもありつける。


そして何よりも


【支えてくれる人達が居る】


これに気づいた事には俺自身の凄いアドバンテージとなってる。


時は深夜に近い夜。


向かう場所は、昔、俺の唯一の居場所であった、あの場所‥‥。



◇ ◇ ◇



『ホントだ‥。けっこう明るい』


照らしてた懐中電灯を消して進む道。


天気が良く満月に近い日を選んで歩く山道は、目が慣れて少し用心さえすれば、人が作り出す灯りなど必要としない。


『今から行くその場所には‥よく行ってたの?‥‥。学校休みの日とか?』


「学校休みもそうだが、天気がそれ程悪くもなければ、しょっちゅう行ってた。何なら野宿なんて結構ザラにしてた」


「エエ!?‥‥夜1人で山ん中籠るとか‥怖いとか嫌になるとか‥そーゆーの無かったの?」


「怖いとか嫌とかは殆ど‥‥イヤ、全くって言っていい程無かった‥。俺にとって1番のイライラとかストレスは間違いなく人間関係だったから」


……


『慶孝。嫌じゃなかったら聞かせて欲しいな‥‥。余った時間の大半を費やして‥‥何してたの?』


「ああ‥‥それは‥‥」


……


……


『はぁ~‥。なるほどねぇ~。そうやって慶孝が作られたってわけねぇ~。クラスのみんながビクビクするわけだ‥‥』


「ん?‥‥クラスの奴らがビクビクしてた?‥‥。俺を‥怖がってたって事か?」


『そうだよ~♪直接関わらなくても、慶孝の出す雰囲気がさ‥。一線を越えたら本気で命狩られるんじゃないかっ的なオーラがビンビンと出てた‥。慶孝にちょっかい出す人なんて居なかったでしょ?』


「そう‥だったの‥かな?」


『まぁ‥それすら理解出来ないバカな男子は─ロボット~!!─とか言って出しゃばって‥』


「ああ‥そんな事‥あったな‥‥」


………


『ふふ♪』


「ん?彩音?」


『その男子‥。慶孝に睨まれた途端に怖じ気づいて‥震えて‥キャンキャン子犬の様に吠えてさ‥。今思い出せばあれは潮笑モノだよ~♪』


彩音‥‥けっこう楽しそうに話してる‥‥。


意外な一面だ。


「他の男子が─やめろ─言ってたけど‥その後何か?」


『慶孝が先生に呼ばれて教室出た後は静まり返ってた。一部の女子は泣いてたりもしてた。あの男子‥、自分は正しい事やってるのだからクラスのみんなが味方してくれると思ってたら─やめろ!─だもんね‥。それーが結構堪えたのか、翌日まで無口だった』


「…………」


『あれからこのクラスはどうなっちゃうのカナ~思ってたけど、その後は何事も無かったって感じで後の学校生活も贈れて無事卒業‥。一応安心した‥で良いのかな?』


「うん‥‥それで良いハズ‥」


『でもあの例の男子はねぇ‥‥。ちょっと日にちが経った途端、ケロっと忘れたかの如く卒業するまで周りに対する愚痴ばっか‥。成人式で出くわした時も色んなモノに対する愚痴や文句ばっか、悪口ばっ~~か!』


「あっ成人式で出会ってたのね‥」


『うん‥‥。序でに─先輩可哀想‥─とか言って泣いてた女子も居たけど、その子は数ヶ月付き合ってた彼氏と別れていて─サイテー!!─言ってた』


………


『まぁコーユーのが言わゆる[弱者・無関心]に値するんだろうね‥』


…………


無関心か。


俺の‥実の家族はどうだったろうか。


曲がりなりにも家族として同じ屋根の下暮らしてたのに挨拶さえも交わさず、他に行く宛が無いからタダしょうがなく寄り添ってるだけの集団となっていて‥。


母親が出ていっても悲しまず、自分に危害を与えていたワケでもない祖母が亡くなってもどうでもよくなっていて‥。


父親にだって表面的部分でしか評価しなくなって‥。


俺がもっと‥もっと関心さえ持っていれば‥。


あの事故は回避されてたんだろうか‥。


……


それでも俺は。


俺は‥。


…………


「せっかくクラス集まっての成人式なのにな」


『大抵の人はまんざらそうでもないんじゃない?少なくとも高校以来1度も出会ってもなかった何人かが─番号交換しよう!─と私にすり寄ろうとした時は、そう感じはしなかった』


「こ‥交換‥って!?‥。その‥‥したの?」


『え!?なになに!?慶孝、私を心配してくれるの?♫』


「いやっ!‥あ‥あの‥‥その‥‥」


『んふふ♪ご安心下さい♪ぜぇ――んぶ断りました♫』


「そ‥そうか‥」


『私は大の大人にかまってやるほど暇じゃないの。今居る所でせいぜい頑張っときなさいって‥。それよりも慶孝♪さっきの慌てふさめいた顔と嬉しそうなニヤけた顔~♪とても良かったヨ~♫私だけの特権で拝めた慶孝の素敵な一面ですな~♫』


「ニ‥ニヤけていやのか‥おれぇ‥」


彩音の発言や行動には戸惑ってばかりだ‥。


だが自然と不快感は無い。


むしろ以前に人付き合いによって無駄に感じていた疲れや緊張感も無く、彩音がそばに居てくれる事が、安心感さえも感じる様になってる‥‥。


彩音は俺にとって、間違いなく特別な存在となっているんだな。

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