本命

翌日、午後からの仕事を休む申請を、社長はすんなりと受け入れてくれて、彩音が務める会社へ赴いた。


そこで楽しそうに待っていた彩音を車に乗せ、彩音のナビ通りに走らせる。


初めにスーパーに立ち寄り、其なりの量のお菓子作りの材料の買い込み。


再び彩音のナビで車を走らせてたどり着いた場所は、彩音が小学生の時に通っていた母校であった。


時間的には下校時間。

ここまでくれば、聞かなくてもなんとなく察しが来る。



◇ ◇ ◇



彩音は早速、調理実習室と思われる教室でお菓子作りを始めた。

彩音の周りには料理してる姿を眺めてる子、お手伝いをしてる子が数名。


隣の教室では畳がある程度敷き詰められ、学年関係なしに十数人程度の子供がボードゲームで遊んでたり、アニメ映画のDVD鑑賞したりしてる。


これが彩音が自分に見せたかったモノか‥。



◇ ◇ ◇



「いつも‥ココに来てるのか?」


『ううん‥基本、月水金の週3日間。水曜だけはクラブとかの練習は無いから、毎回来てる‥』


「ココに来たら学校や町から収入貰えるとか?あとお菓子作りとかの費用は?」


『お金は何処からも貰ってないよ‥。さっきのお菓子作りの代金も私持ち‥。今日は私からだったけど、大体はみんなの家にあるものから頼んで持って来て貰ってるよ‥‥』


「そっか‥」


『それだけじゃないんだよ~♪教室に敷いてた畳だって町内で譲ってくれないか営業したから手に入れたんだよ♪遊具やDVDだって子供達の持ち込み。実質無料でココは成り立ってますのデス♪』


………


「理由を聞くのは野暮かもしれないが、自分にこの場所を見せたかったのには何かしら意味があるのだろうから‥‥。だから、聞かせてもらってイイか?」


……


『うん‥。どうぞ‥‥』


「どうして‥ココを初めようとしたんだ?」


……


………


『ここ‥この町ってさ‥、県立の高校があるとは言えその1校だけだし、小中校も結構な数で廃校。この学校だって前はスクールバスがあったんだけど、町の予算の都合上それも無くなっちゃってね‥。親の都合次第で帰宅時間はバラバラ。車使わないと友達の家とかに遊びにも易々と行けない‥。色々と考えたら放っておけなくて‥』


「沢山悩んで考えた上で‥この場所を作り、この道を選んだ‥。と思っていいのか?」


『うん。学生の頃は自分の将来はどうしたら良いモノかと時間があれば悩むんだけどね‥。でもね‥、そうやって悩む度に周りの事が脳裏にチラついちゃって‥‥』


……


『たぶん私には無理なんだよ‥‥。自分自身を‥付き合いのある人とか‥生まれ育った場所とかを切り離すってのが‥‥』


………


「不安とか‥ないか?ココをずっとやって活けるのかの不安とか‥‥」


『‥正直不安はとても大きいよ‥‥。今の世の中の情勢を鑑みれば、未来はお先真っ暗。やる前はナニをやればいいのかとか、やったとしても無駄に終わるんじゃないとかって‥‥。あの時、慶孝くんに言われた事がけっこう効いたな~~♪実態の無い慰めなんかナンの意味も成さないってのが‥‥』


…………


ますます後悔しかない。


自分のやったことが、彩音に悪影響を及ぼしてる‥。


『そしてココ始める決意、続ける勇気を与えてくれたのも慶孝くんだよ』


……


………


「えっ?‥‥‥。自分が‥か?」


『うん。慶孝くんがちゃんと真面目に働いているってのを知ったから』


「それだけで?‥‥」


『それだげじゃないよ。少なくともあと2つ』


「??」


『慶孝くん、お仕事1度も休まず出勤しても、慶孝くんのお父さんが亡くなった月日の日は必ず午後から有給取ってお墓参りしてるんだよね?』


「あ‥ああ‥‥」


『それと同時に亡くなった先輩のお墓参りも‥』


「そんなことも知ってたのか‥‥」


『うん‥。先輩の家に訪ねてお母様からも話聞いてみたよ‥。お母様、ウチへの慰謝料の支払いが慶孝くんの大きな負担になってるんじゃないかって心配もしていたよ』


…!?


「心配‥って‥‥。実の息子を失ったのに‥‥どうして?」


『もう1つはね‥。私のお婆ちゃん‥‥。昨日のいとこの子と住んでる方のお婆ちゃん‥』


「お婆さん?‥‥。その婆さんが自分と何の関係が?」


『慶孝くん、小学生の頃、椎茸栽培するための木を運ぶお手伝いした記憶ない?』


……


ガキの頃からよく手伝いと言う名目上で、工事現場などで雑用とかはされてたりしてた。


雑用する事もなければ、暇潰しに現場辺りの散策ってのもしてた。


記憶の引き出しから徐々に思いだしてくる‥。


「ああ‥ある‥。今思い出した‥。あの時会ってたのが‥‥」


『それが私のお婆ちゃん』


まさかずっと前から彩音の親戚とは接点があったとは。


『あの頃のお婆ちゃん。─新しく孫が出来る!!─ってそりゃ大喜びだよ。娘と婿さんが育児専念するためには、自分自身でやれる事はやらにゃって‥。畑仕事に加えて家事全般を引き受けて毎日が大忙し‥‥。でも流石に椎茸栽培作業に老婆1人じゃ無理があるなって困ってた時に、現れたのが慶孝くんってワケ‥‥』


あの時は婆さんに頼まれてだ。

善意のためにしたつもりじゃ‥‥。


『元々日にちを別けてやるつもりだったから、1部だけを運んで並べてくれたらイイって思ってたのに、慶孝くん真剣な目でずっ~とやる続けるモンだから‥。キリの良い所で止めさせようにも断れなくなっちゃったと言ってた‥。全部運んでくれた上に、片付け掃除まで‥‥』


それが‥‥普通だろ?


『その後のお婆ちゃん。─イイ小学生男子に出会った!あの子は将来絶対イイ男になるから、中学か高校で知り合ったら結婚を前提に彼氏になって貰いなさい!─‥って‥。それを小学生の私に言うんだよ』


当事者の俺が隣居るってのに‥‥。


『最初は冗談半分だったけど、高校入学した時、大好きなお婆ちゃんから聞かされてた同姓同名の人が同級生として一緒の学校に居ると分かったら。そこからず~‥っと‥慶孝くんのことが気になり始めちゃって‥‥』


自分は昔、彩音のことを[お人好し]と評していた。


『気になってる人がすごく困っているのに、何も手助け出来ない自分の力の無さと不甲斐なさに泣いて落ち込む事しか出来なかった‥。だけどその気になってる人が落ち込まずに頑張ってると知って、逆に私が元気付けられた‥』


でも、そうじゃなかった‥‥。


『慶孝くんは私にとっての大切な人を大事にする‥。慶孝くんのお陰でやりたい事も行動に移すことも出来た‥。諦めない限りは光はきっと見えてくる』


彩音は違った‥。


『気付けば私の人生が慶孝くんありきになってて‥。ああ、そっか。これはもう運命の人なんだな~‥‥って』


撤回したい‥。


『慶孝くん。人として当然とか、慰めで言ってるんじゃないんだよ‥‥』


……………


『慶孝くんには‥ずっと‥‥そばに居て欲しいなぁ‥‥』


─────


─────


今まで人に思ったことのない感情が込み上げてくる。


どういった言葉で表現したらよいのか分からない感情が‥‥。


何て返事をして、何て行動に移せばよいのかも分からない‥‥。


出来る事は、その場で頭抱えて踞るのみ‥‥。



そんな自分でも彩音は、ただ見守り続けてくれてた‥。




「俺は‥。そんなデキたヤツじゃない‥。あの時‥、あの事故が起こる前、俺はアイツに!‥自分の親に‥死ぬコトを促した!‥。生きてる内にも─さっさとくたばれ─とか何度も思ったりもした!飲酒運転を繰り返してるのを知っていながらも止めもしなかった!」


『うん‥。人間だもん‥。そうも思いたくもなっちゃうよ‥‥』


「だけど!‥。そのお陰で‥、関係のない人をも巻き添えに‥‥」


『それは結果論でしょ?ちゃんと償いをし続けてお墓参りもしている慶孝くんに、誰が咎める資格があるの?』


何で‥‥そんな優しくしてくれるんだよ‥‥。


「俺なんかが‥居ても‥何も楽しい事なんて‥‥」


『慶孝くんがそばに居てくれないと、私が不幸になる』


「俺には‥‥借金があるんだぞ?‥‥。ちょっとの間我慢してればイイとか、そんなレベルの話じゃないほどの大きな負債が‥‥」


『うん。協力する』


だから気軽に言いすぎだって‥‥。





「彩音」




『‥‥‥‥はい』


……


………


「すまなかった‥‥」


「あの時、彩音に何も非はないのに大声出して当たってしまって‥‥」




『やっと言ってくれたね。私の名前』





私、生月彩音は、神埼慶孝を許します。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る