光陰

夜はすっかり更け、民家も商業施設も灯りが少なくなった帰宅中の道、自転車を置いてきたスーパーまで送ってもらう形で彩音と一緒に歩いてる。


彩音は嬉しく楽しそうに何か色々と喋っているが、正直頭に入ってこない‥。


それほどまでに彩音の父さんの言った事が衝撃的過ぎた‥。


自分の事情は、娘や友人である社長さんからある程度聞いていたらしい‥。


流石は地方の田舎。

すぐ知り合いが知り合いを呼ぶ。


とは言え普通サラッっと言えるか?

あんなこと‥。


『慶孝くん?』


「えっ!?‥‥。あ‥あぁ‥‥」


『まだ心の整理落ち着いてない?』


「あ‥。う‥うん。正直‥‥」


……


『んん~~♪─焦らずにゆっくり考えればいいよ─って言ったらきっと慶孝くん後々断るだろうからさ。私の家にホームステイする事はもう決定事項ってコトで♫』


「なっ!!?」


またも彩音の突拍子もない発言。


何で‥。

どうして‥。


「何で‥‥、そんな簡単に言ってしまうんだよ?‥自分とはそんなに深い関係でもないのに?」


『慶孝くん‥嫌だった?』


「嫌!‥‥嫌‥じゃないけどさ。嫌とかそーゆーのじゃなくて!その‥普通はさぁ?」


前にも似た様なやりとりをしてる感覚。


『慶孝くん、車の免許持ってるけど‥どうやって手に入れたの?』


「そ‥それは社長さん‥。昼働いている所の社長さんに取りに行ってこいと言われたから‥」


何故急に唐突に免許?


『その社長さん‥。どうして慶孝くんに免許取らせたんだと思う?』


「それは‥社長さんに免許持って貰わないと色々と仕事に支障を来して困ると言ってたから‥」



『それだけかなぁ?普通そんな付き合い長くもない人に、教習所と免許取得の費用全額出してくれると思う?』


……


「社長さんには感謝してるよ‥。中卒の自分を雇ってくれるし、車の免許だって」


…?


「そう考えみれば何で‥自分みたいなんかにここまで?」


………


『建設業とか土木業とかってさ、キツいし汚いし、危険がいっぱい‥。毎年何件も死亡事故が起きる職業の割には給与は大したことない‥。世間がそうやってずっと煽っちゃうもんだから、新たな担い手も早々に現れない‥。こういったのは底辺の奴らがする仕事。こんな仕事したくなければちゃんと勉強しろ‥‥』


…………


『自分で言っといてムカムカしてきたよ。私にとっても親しく、長い付き合いのある社長さんのやってる仕事が否定されてるみたいでさ』


………


[そんな事はない]とかそう簡単に言うわけにはいかない。


安易な情けをかけても、それは優しさでも何でもないと自分自身が1番承知しているのだから。


『でも、それでも。慶孝くんは来てくれた‥。残ってくれた‥‥』


……?


「それが‥理由?」


『社長さんだってね。他と比べて給与があんまり良くないってのは分かりきってる事なんだよ‥‥。それだと仕事をテキトーにやってしまう人や数ヶ月で辞めてしまう人が出るのも無理はない‥って‥‥』


………


『でもそんな職場でも慶孝くんは真面目にやってくれて残ってくれる‥‥』


「自分が‥今の所に居るのは他に行く場所が無いからであって‥いわば消去法だ。別に恩義を第一にしてるワケじゃない‥‥」


『それは早々誰にでも出来る事じゃないんだよ?‥世の中誰しもお金の事、自分の事を優先しちゃう物だから』


「そんな‥ものなのか‥?」


『だから慶孝くんに免許取らせたんだよ。でも、それが不安でもあったみたいだけどね。社長さん』


……


「え‥?」


『もしかしたら慶孝くん、免許取ったら何処か遠い所へ行ってしまうんじゃないかって‥‥』


…………


『経営が上手く行ってない建設会社の息子なら、建設業とかがホントは嫌いなのかもしれない‥。それが本当で、何処かに行ったとしても‥‥、それでもイイって。慶孝くんなら何処に行ってもしっかりやってイケる‥。ウチを選らばなかったのは、ウチの会社に魅力が無かっただけの話だって‥‥』


‥‥‥社長さん。


『そんな不安の中で居たんだけれども、慶孝くんは戻って来てくれた。《ありがとうございます》って何度も頭を下げて‥。お金だって何時でも返せる時に返してくれたらイイのを、凄く早く作って返してくれて‥。それがとても嬉しかったみたい‥‥』


……


マジかよ‥。

社長さんが‥そこまで自分を‥‥。


『慶孝くんの事、評価してる人はしてるんだよ。私がこれからの慶孝くんにアドバイス贈るとするなら、[人に頼る]ってのを少しは身に付けてもイイんじゃない?』


……


心をエグる言葉だ。


人との関わりを否定しておきながら、そのしょうもないプライドが、現状一生を賭けても返せそうにない償いの枷となってたのだから‥。


それを見ぬフリをして‥‥。


……


『慶孝くん』


……


『明日の午後、一緒に来て欲しい場所があるの』


………


「自分だから‥‥言ってるのか?」


『うん。慶孝くんに来て欲しい』


……


……


その眼差しに悩み考える必要はない。

自分の返事はただ一つ。




ああ‥‥わかった

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