番外編1 イフ:魔法少女が着替えたら・中編

「ふびゃぁぁぁぁっ! ちゃんセンパイッスゥゥゥゥゥゥッ!!」


 奇怪な歓声。進撃のサラ。高校生の平均よりひとまわり大きな体は、進路上にある机や椅子の角に幾度となくぶつかりながらモノともしない。

 それを見た梨世ははんなり微笑むや、襲来した170センチメートル級中学生の両手を眼前ではっしと捕まえた。そうして両手をつないだまま、お互いの位置を入れ替えるようにクルリクルリと一回半回る。


「ふふっ。サラちゃんコウハイお久しぶりっすぅー」

「アイィィ! おひさしッスゥゥッ! 今日も清楚せいそかわいいッスね、梨世ちゃんセンパイ!」

「どう見ても心臓を捧げたやつの動きだったろ」

陽和ひよりちゃんもひさしぶりね」

「お、おひさしぶりですっ!」

「敬語になっちゃったよ……」


 調子よく愛想を振りまく梨世と興奮するサラ、ついでに無駄に恐縮する陽和を見てバインは呆れかえる。しかも自分が進めなくてはらちが明かないのもひと目で察してしまい、「で、なんで梨世モード?」とすかさずく羽目にもなった。


「実験よ、実験」

「実験?」

「サラちゃん。サラちゃんは陽和ちゃんの車椅子くるまいす、消せたの?」

「消せたッス!」

「マジか……」

「じゃあ、カバン貸してくれる? 陽和ちゃんとバインちゃんも」


 サラへの質問から流れるように指示する梨世。サラがいのいちに「はーいッス~!」と返事をして教室のすみに駆けていき、陽和が「どうぞ」と膝の上のボストンバッグをそのまま差しだした隣りで、「ちゃん付けんな」とすごんだバインもしぶしぶ「まぁ、いいけど」と、くわしくは聞かずにリュックをおろす。

 戻ってきたサラが自分の中学指定のスポーツザックを床に置き、梨世自身のも含めて四つのカバンが梨世の足もとに並んだ。


「それじゃ……よいしょっ。あら?」


 両手にふたつずつ、梨世はそれぞれのカバンのひもをつかんで一斉に持ちあげた。声を出してまで気合いを入れたわりに、梨世の細い腰はすんなりと立つ。当人もキョトンとした顔で「意外と軽いのね」と感想を述べた。


「おまえがいつも持ちすぎなんだよ。魔女グッズ無限増殖してんだろ」

「梨世ちゃんセンパイが荷物持ち……!」眉をひそめるバインのそばで、サラが涙ぐみ両手で口を押さえこむ。


背徳感はいとくかんで頭が爆発しそうッス!!」

「常にしてね?」

「はい、グローリー・アウト」


 梨世がまたも唐突に唱えた。変身を解いたときと同じように姿がブれ、垂れケモノ耳の生えた鼻眼鏡の童女に置きかわる。


「ぶぅ~ッ!」途端にサラが口をとがらせた。「なーんでアストラルシリーズには変身バングがないんスかねー?」

「お、おいっ、カバン!」


 邪念をくすぶらせる中学生を無視してバインが真っ先に声をあげた。

 指をさされた黒い魔法少女は、いまさらのように自分が片手にひとつだけカバンをさげていることに気がついたそぶりを見せる。「おや?」と、梨世のときよりいくぶんまりのなくなった声をこぼして、アストラル★エレンはパンパンにふくれた自分のスクールバッグを持ちあげた。


「フム。いちいち降ろす必要はなかったわけね。これは盲点」

「ほか、消えたぞ!?」バインは素直に驚いている。「なんで梨世のだけ残ってんだ? 自分のだからか?」

「じゃあ、次。サラ」

「ほいッス!」


 バインの問いには答えないまま、エレンはサラに手招きをする。


 応じたサラはかがみこんでこぶしを立てたので、エレンはサラのひじにカバンのひもをかけてから、また「グローリー・オーバー」とつぶやいた。梨世に戻ると消えたバインたちのカバンもふたたび現れる。それも均等になるよう、サラの両腕にひっかけていく。


「わー、サラちゃん、力持ちねー」

「ウス。陽和ちゃんセンパイだっこして走れたッス。第三章で」

「だ、だっこ……!?」

「三章?」

「ではではサラちゃん参るッス! アストラル★セイランッ、グロォリィィィアウトッ!!」


 両腕ガッツポーズで仁王立ちした長身が、一瞬ゆがむようにブレた。

 まるで遠のくようにサラだった像は小さく縮む。グリーンの瞳がらんらん輝いていた位置よりずっと下、頭ひとつではきかない高さに、同じきらめきを宿した金の瞳と気合いを放つ幼い顔とが現れる。


 身にまとうのは、赤いリボンとフリルにまみれたピンクのジャケット。

 颯爽さっそうと覗くヘソの下には、真っ赤なエナメルのホットパンツ。突き出た脚にはガーター付きのニーソックス。

 リボンの赤は頭にも散らばり、ひときわ大きなふたつのリボンは、長い長いピンクの髪を左右できっぱりまとめている。リボンのそばには、同じ色のネコ耳も。


 明るすぎる色味と豪快なツインテールが目を奪う小さな魔女――アストラル★セイラン。


 姿勢も面持ちも変身前と変わらないままでいる彼女は、装飾の多い衣装にし替えながら、衣装以外のなにものも身につけてはいなかった。


「カバンゼロ!?」

「まあ、きれいサッパリ……」

「で、なんでドヤ顔なんだ?」


 バインがおののき、梨世が目をしばたかせる。セイランは意気揚々ようようガッツポーズを維持したまま、フンッと鼻から息を噴き出し、ネコ耳をパタパタ動かした。


「じゃあ、次は陽和ちゃんね」

「ひ、ひゃいっ!」


 変身を解いたサラが、無事に再出現したカバンを車椅子の陽和にひとつずつ渡していく。細いひざの上にどうにか四つ積みあげたが、元々つつましやかな陽和の体はほとんど埋もれかけていた。


「……わかってたけど、イジメられてるようにしか見えねぇな」

「陽和ちゃんセンパイ! あーしが半分ッ、いや全部持つッス!!」

「それじゃ意味ねーだろ」


 カバンの山はいまにも崩れそうだ。それをしがみつくようにして支えながら、陽和はぎゅっと目を閉じて叫んだ。


「ぐ……ぐろーりぃ・あうとぉっ!」


 しかし、制服と入れ替わった魚のウロコのような緑のドレスの長いそでは、カバンの山を抱きしめたままだった。

 ウシ角付きのつば広帽子の下、水色の髪の小さな少女が、片眼鏡モノクルの内側であけた目をぱちぱちとあけ閉めする。


「あ……あれ?」

「今度は消えねえな」

「いいえ、よく見てバインちゃん」


 梨世にさとされ、「ちゃん付けんな」と苦言で返しつつも、バインは車椅子の上でカバンを抱える魔法少女、アストラル★ペトラへ向き直った。すると、


「……お? 当人のだけ消えてんのか」

「元々ぺたんこだったみたいね」

化粧けしょうぐらい入ってたろ」

「陽和エアプ?」

「なんだそれ?」

「ぺたんこカワイイッスよね?」

「おまえはどこの話してんだ?」


 華奢きゃしゃな陽和よりペトラはさらに小さい。しかし強化された魔法少女の体は、カバンを三つを抱えたままでもあやうげなく立ちあがる。そしてそれぞれを持ち主に返しはじめた。


 が、サラのスポーツバッグをかかげて背伸びをした瞬間、長い手に腰をつかまれ「ふわあっ!?」「ぬおおおおペトしゃんゲットッスゥゥゥゥゥ!!」「うわああああサラちゃんんん!?」そのまま軽々と持ちあげられてしまった。小さなペトラを高い高いしながらサラはクルクル回り、さらに肩車に持ちこむがうっかり前後が逆だったので「ひぇあぁッ!? ふわわわわわあああ!?」絶叫したペトラが思わず膝を閉じようとして、魔法少女の力で首をはさまれたサラはモチモチと弾力ある太もものあいだで白目をむいて崩れ落ちた。


「陽和は自分のだけ……サラは全部……なるほど、そうか」


 梨世がひとり静かにうなずく。


 なにが、とバインが問うより早く、梨世は唇に当てていた手を掲げてパチンと指を鳴らした。途端、なぜか呪文を省略して姿がエレンに変わる。

 りんとすました表情で、黒紫の魔法少女は鼻眼鏡を押しあげて言った。


「謎はすべて解けた」

「それ言うために変身したんか」




 後編へつづく――

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