EX. Chap. 1

番外編1 イフ:魔法少女が着替えたら・前編

※ このエピソードは、「(第15話の開始時点までに)奇跡的にマガツヒたちの狙いに気づいたシグが、魚卑似オビニ浪戸ロウド、両名の襲撃しゅうげき阻止そしした場合」のじつたんです。本編第15話以降のストーリーとは関係がありません。






 二人の少女が向き合っていた。

 暮れなずむ令法野りょうぶの市立高等学校。はくの洋館じみた校舎の一角、魔女部が無断利用している空き教室にて。


 真ん中でおう立ちしているのは、するりと長い金髪を高くむすんだ少女、ぐうどうサラ。よく育った長身で、令法野高校ブノコー指定のセーラーワンピースをさも当然のように着こなしているが、勝手に校舎へ侵入している中学生だ。


 向き合う少女は車椅子に座っている。ハネの多い黒髪を肩でむすんで、かきいろのリボンだけがささやかに主張している彼女はみずなら陽和ひよりだ。令法野ブノコー一年。制服に着られるほどがら華奢きゃしゃなところをさらに背中を丸めて座っているため、衣装のカタログから出てきたようなサラと二人きりでは互いに別の生き物のようですらある。


 サラは派手な赤ぶちの眼鏡ごしに、日本人離れした濃い緑の目をクワッと見ひらき、陽和をにらみおろしていた。

 陽和はうつむき加減でしきりに目を泳がせている。学校指定のボストンバッグをひざに置き、両手で握りしめている姿は盾を構えているように見えなくもない。ただ、向かいでまばたきも忘れてうなっているサラの眼光は、そのバッグにこそ注がれているようだった。


「むむむむむむむむむむむむむむ!!」

「はわわわわわわわわわわわわわ!?」


 そこへ、あけっぱなしの教室の入り口にふたつの影。


 片や、床につくほど長い黒髪を垂らし、引きずるほど長い黒紫のローブをまとった魔女のような少女。金とあい二色眼オッドアイ、眠そうな顔には鼻眼鏡。灰色の花冠リングブーケを乗せた頭には、よく見ると垂れたケモノの耳が生えている。

 片や、黄色いエプロンドレス姿で、同じ色の巨大な蝶にも見えるリボンを頭に乗せた少女。オレンジの髪は肩の高さでくるりと内に巻き、オリーブ色のくりんとした目は面白くもなさそうに手の中のスマホをながめている。


 どちらも背はとても低い。中学生どころか、歳はふたけたあるかも疑わしい。

 だが、ふたりはれっきとした令法野高校在籍の一年生――が変身した姿の魔法少女なのだった。黒いほうがアストラル★エレン、黄色いほうがアストラル★バインという。


 先に教室をのぞいたのはエレンのほうだが、彼女は無言で立ち止まっただけだった。あとから踏みこんだバインが相方の反応に気づいて顔をあげ、サラたちに目をやって、その愛くるしい顔をうるさげにしかめた。


「……なんだあれ?」

「サラが陽和をシメてる」

「シぃ!? シメてないッス!!」


 エレンが淡々と答えたのをズバッと振り向いたサラが泡を食った様子で否定した。「ほかにどう見えんだよ……」とバインが余計にまゆを落とす隣りで、エレンが「フム」と小さなあごに手を当てる。


「『今日は水色がいいって言ったッス。なのに忘れて黒を穿いてくるなんてっ。ドスケベな子にはみっちりオシオキッス!』みたいな?」

「黒がいいッス!」

「持ってないよぉっ!」

「聞いてねえし言わんでええしそんな顔ではなかったろ」


 途端に目を輝かせたサラと涙目で訴えてきた陽和とをごと好きな相棒といっしょくたにバインは一蹴いっしゅうした。


「それで、ふたりでなにをしていたの?」そしてきわめてなにごともなかったようにエレンがたずねた。「ああ、ナニは別にシモネタではないのだけど」

「どうしてほしいんだよ……」

「車椅子が消えないなぞッス」


 と、サラが人差し指を立てて答えた。


「車椅子?」

「消えるほうが謎だろ?」


 エレンとバインがそろって首をかしげ、車椅子といえばで陽和のほうを見る。陽和はその車椅子の上でほうに暮れた顔をしていて、膝に乗せたスクールバッグをそわそわと抱き寄せるだけだった。


「変身のときっス」とふたたびサラ。「消して運べれば、陽和ちゃんセンパイも楽ちんっスよね?」

「消すって……まさかまた魔法の実験か?」

「ああ。そっちじゃないわね」と、うんざりと眉根を寄せかけていたバインをエレンが制した。


「変身魔法のオプションの話でしょう? 持ち物ごと格納されるっていう」

「それッス! さっすがエレンさま!!」

「おぷしょん?」


 やたらにはしゃぐサラと、いまだ要領を得ない様子のバイン。エレンは両方の顔を見比べながら、魔力でずり落ちない鼻眼鏡をあえてつまんでみせた。


「変身してるあいだ、わたしたちの体は次元のはざま、いわば、四次元倉庫のようなところへ格納されていると習ったでしょう? ひも付きで」

「あぁ。マス公からな」

「ますこう?」


 サラが首をかしげる。エレンは「マスコットよ」と軽く耳打ちしてから話をつづけた。


「元の体は格納される。そのときって、厳密に言えば服なんかも、この衣装に変化してるわけじゃなく、体といっしょと考えるのが自然じゃない。まあ、異空間にスッポンポンで浮かんでるのも、それはそれで面白いけど」

「フツーに嫌なんだが」

「それで、元の体にくっ付いていくのがどこまでかという話よ。部長やサラの眼鏡なんかも消えてるわよね? ポケットの中身とか、手に持ってたスマホやカバンも――」

「消えてねえぞ?」


 バインがたずね、エレンから表情が消えた。

 ホラ、と言うようにバインが顔の横で揺らす右手には、黒いカバーに赤いステッチの入った小ぶりなスマートフォン。肩まであげた左手には、赤黒チェックのミニリュックが引っかかっている。


「す……スマホを持ってるッス!?」サラが絶叫した。


「持ってるだろ。普及ふきゅうしたてかよ」

「そういうとこあるわよね、あなたって」

「なにがだよ、なんでキレてんだよ……」

「どうやったッスか、師ショー!?」

「どうって言われてもなぁ……」

「サラ、バインの小学校のころのあだ名知ってる?」

「まるで関係ねーことをあたかも関係あるかのようにバラそうとすんじゃねえッ。つーかエレンもカバン持ってんだろうがよ」


 小さく愛らしい唇をゆがめたバインの前で、黒衣の魔法少女が似つかわしくないナイロンのスクールバッグを持ちあげる。サラがまたギョッとした顔をしかけていたが、エレンは特に不思議はない、とでも言うようなすまし顔でいた。


「ワタシは変身するときいちいち降ろしてるもの」

「あ? あれわかってやってたのかよ……」

「いえーい」


 エレンは両手で持ったカバンのひもを親指にかけたまま、両方の人差し指と中指を立てて得意げにうなった。驚くほどでもないといえば驚くほどでもない程度のことでわざとらしくはしゃがれて、バインの口角がいよいよさがる。


 しかし、ピースサインをふたつ並べた状態で、そのあいだにあったエレンの顔からふたたび表情が消えた。


「…………」

「……なんだ? ど、どうした?」


 人の顔を見ているようで見ていないうわの空な様子の同輩どうはいに、バインはひねりもなく戸惑うしかない。

 サラや陽和も首をかしげて見守る中、また不意にエレンの口から、「グローリー・オーバー」と呪文がこぼれた。


 黒紫色の小さな影が揺れる。

 エレンの姿がブレたように見えた次の瞬間には、エレンがいたのとまったく同じ空間に、エレンよりも頭ひとつ背の高い、ブノコーの制服姿も違和感のない少女がそこにいた。


 セーラーにしては広く作られた前襟の間からは、黒いハイネックのインナーがのぞく。ほっそりした足にも黒のストッキング。

 エレンほどではなくも、長く腰まで届く黒髪がさらりと揺れる。白さのまぶしいヘアバンドの下、切りそろえられた前髪のさらに下には、黒々としたまつ毛のふち取るしとやかな目つきと、白いかんばせ。


 魔女部一年のひとり。アストラル★エレンの正体、あり――


 変身解除前のエレンと同じようにブイサインをしていた細い指が、なにごともなかったようにたおやかに流れる。肩にかかる髪をさっと払えば、上品な梅の香りが辺りをそよいだ。




 中編へつづく――

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