End Credits

💝Epilogue お茶会はおわらない

 ぐうどうサラは背が高い。

 具体的には171センチだ。夏休み明けにクラスメイトの手で測られた数字なので、もう一センチくらいは増えているかもしれない。おそるべき中学二年生。バレーボール部からの勧誘は今日もすさまじい。


「ひぃーどい目に遭ったッスー……」


 令法野りょうぶの市街の一角にあるカフェテラスで、サラはお尻を椅子の端に引っかけるように行儀悪くぐったりと腰かけていた。

 長い体を椅子の上に寝かせようとしているのが逆に窮屈きゅうくつそうだが本人に改善を願う気配はない。投げ出された手足はスラリとして一見スポーティーだが、運動に興味がないらしいその肉付きは要所でむっちりとしている。ただでさえすその甘いキュロットが座面と擦れてずりあがっていて、白い太ももの付け根が視界に入るたびに朱鐘あがねは居心地が悪くなって背筋を伸ばした。


「助っ人くらい、頼まれてやればいいだろ……」

「やぁーッスぅー。週末はイベが多いんスー」


 愚痴を吐きながらサラはメガネをはずし、小さな糸くずがついているのを見つけてフッと息を吹く。小気味よくとがったリップは明るい色で少し濃い。髪もほつれ気味ではあるがポニーテールでなく、編みこみを入れたハーフアップにしていた。襟ぐりの広いバルーン袖のブラウスにクッキーブラウンのベレー帽という私服姿だ。忙しいと言いつつ放課後にわざわざ着替えてから令部野まで来る心理を、朱鐘は理解しきれない。


「二週ぶりに会ったかと思えば、ずいぶん暇そうだな、寓童」

「いまだけッスよー。来月から塾通いのお受験女子ッスー」

「受験か……」


 朱鐘は神妙に目を細めた。「だったら、適度に部活もやっとくことだ。内申も大事だぞ?」

「魔法少女で試合に出ていいならやるッス」

「正体不明だろ……」

「跳んだりはねたりはぱいぱい痛いんスぅ。最悪垂れちゃうんスよー?」


 ぶぅぅー、と妙な声をあげてサラは眼鏡をかけ直すと、その手を前に突き出し伸びをする。そのままテーブルのティーカップを取ろうと背中を丸めたとき、隣りにいる朱鐘の目が彼女のゆるんだ襟もとを覗きこんでいた。すぐに慌てて顔をそむけた彼の動きにサラは気づかないまま、カップを口もとに寄せつつ盛大に溜め息をつく。


「センパイはいいッスねー。改良型の認識阻害があれば、そのカッコで学校行っても『朱鐘』あつかいなんスから」

「いいわけあるか」


 引きつっていた顔から一転、眉を吊りあげた〝朱鐘〟は小豆あずき色の目を光らせた。

 肩口で切りそろえた黒髪がなびき、純白のヘッドドレスが揺れる。


 サラがずっと顔を向けていた椅子の上に、メイドライクな衣装を着た、十歳そこそこに見える幼い少女が座っていた。エプロンドレスに似ているが、極端に短いブラウスとロングスカートに分かれ、肋骨の浮き出た胸下からヘソ周りのぽっこりした下腹部までが露出している。

 ちょうどテラスの外を通りかかった若い女性のふたり連れが、その『小さいキテラ』に気づいてきゃーと歓声をあげた。無遠慮にスマホを取り出しシャッター音を連続で鳴らす。愛らしい細眉がげんなりと下がるのを見て、サラの緑の目も赤ぶち眼鏡の奥でキラリと光った。


「撮られてるッスよ?」

「知らん。どうせおまえしか写らない。いやそれも問題だが……」


 夢中で撮影していた女性たちは、目の前の幼女がスマホの画面にいないことにも気づいていないらしかった。満足そうに興奮した笑みを浮かべ、連れ同士「かわいかったねー」などと言いあいながら去っていく。


「やーしかし、ちっちゃくなっちゃったのはケガのコーミョーッスぅ〜」

「怪我でしかないだろ。普通に動きづらくて不便だ」

「そんなこと言わずにぃ、おひざに乗ってほしいッスぅ〜」

「絶対に断る」


 爛々らんらんとした目でとろけきった笑みを浮かべるサラを見て、朱鐘はより顔色を悪くした。


 朱鐘のその姿は、《魔女の手》から救い出した彼の魂の入れ物として、シグレが最後の魔力を使って作りだしたものだった。魔法少女の姿なのは、彼の契約がまだ生きていたのを利用したためだ。ただ、シグレに残されていた魔力もわずかだったため、実際に具現化される姿は小さくなってしまった。


「エネルギー保存の法則バンザイッ!」

「理科の勉強をしなおせ」


 当事者の憂鬱も気にせずはしゃぐサラを、朱鐘は幼くも険のあるキテラらしい顔でにらみつけた。


 ちなみに朱鐘のオリジナルの肉体は、変身中の隔離先である『次元の狭間はざま』で行方不明になっていた。グリモワールにはキテラの姿で触れたため、オリジナルは無傷ではあるものの、魔女化したことで魂との紐づけが切れてしまったらしい。物理法則の通用しない次元の狭間は実質無限の空間であり、容易には見つけられないとのことでもあった。


「ふーん、でもッスよ? 魔力量の問題っちゅーことは、契約集めればまたおっきいキテラちゃんになれるんじゃないんスかね?」

「それも難しいね」


 サラの向かいの、朱鐘の隣の席でずっとココアをすすっていた白い魔法生物が言った。簡潔に、淡々と。


「流路が細すぎるんだ」

「リュウロ?」

「ボクが作り直したのは、厳密には朱鐘の肉体じゃなくて、ボクが前の肉体で持っていた魔法少女の契約の基盤の部分なんだ。そのときボクから朱鐘に魔力を流す新しい道すじを作ったんだけど、手持ちの少ない魔力でこじ開けたような太さにしかできなくてね。しかもその工程に使ったのはソトツヒの魔力だから、地球の魔力運用に戻ったボクにはもう改変もできない……要するに、いま以上にボクから朱鐘に魔力を供給することはできないんだ」

「はー。流しそうめんがあふれちゃう的な感じっすね」

「流しそうめん? そうめんを流しこむのかい?」

「今度いっしょにやるッス〜」


 あいかわらずの魔法生物と、のんきな中学生のやりとりを聞きながら、朱鐘はわがことながらやれやれと肩をすくめざるを得なかった。

 魔法少女の体は歳を取らない。また、次元の狭間にある肉体も、時の流れの影響を受けない。どれだけかかるかはわからないが、いつかは人間に戻ることができるかもしれない。どのみち朱鐘自身にはどうしようもないことだった。


「大丈夫だよ、朱鐘」


 不意に言われ、振り向けば目が合う。朱鐘の顔がくもっていたのに気がついたのだろうか。気づくにしても、以前はこんなふうに励ましてはこなかった。


「朱鐘の体は、必ずボクが見つけるよ。どれだけかかっても、絶対に」

「あーしもお手伝いするッス」


 体を起こして椅子に座りなおしたサラも、身を乗り出して笑いかけてくる。朱鐘は少しうろたえて、しかしすぐに眉をひそめた。


「おまえは受験があるだろ」

「ジャジャーン。そこではっぴょーッス。サラちゃん、令部野高校ブノコーを受けまッスる!」

「は? なっ!? おまえッ……」


 一瞬戸惑った朱鐘は、声を大きくしてサラに詰め返した。


「まさかッ、空気を読んだなんて言うんじゃないだろうな! 自分の進路だぞッ!?」

「そ、そりゃ、わかってるッスけどぉ……」サラは少し縮みつつ口をとがらせる。


「そうは言ってもッスよ? どうせ地元のテキトぉーな高校に行くつもりだったッスし、そこよりランク落ちるどころか、むしろ上ッス。下宿しないで通えない距離じゃないッスし、ちゃんと学校自体もリサーチして決めたんスけど?」

「だからって、おまえ……」

「だからッスー。理由はたぁっぷり、よりどりみどりッスよ、朱鐘センパイ」

「理由……」

「たっだーし!」


 虚を突かれたようにひるんだ朱鐘に、サラは追い討ちのように指先を向け、妙に低い声で付け足した。かと思えば、引っこめた手をもうひとつの手とすかさず合掌がっしょうし、しぶそうにしかめた顔の前に持ちあげた。


「サラちゃんの成績だと、いまから塾通いスタートしても結構難度エグいッス。だからセンパイッ、ベンキョー教えてくださいッ!!」

「……」


 面食らった幼いキテラの顔で固まっていた朱鐘が、次第に、そしてみるみるうちに目の色を濁らせていく。「今日呼び出したのはそれが狙いか……」とぼやき、小さな体全体で不愉快を表現するようにそっぽを向いた。


「頼むッスぅ〜ッ。魔女部員のリクルートだと思ってぇ!」

「おまえがいなくてもなんとかなるなんとかする」

「しょしょしょんにゃ〰〰ッ!?」

「余計なことは考えず、どこでもいいから受験に集中しろ。どうせ《魔女》の作った結界は半年限りだ」


 朱鐘は一切譲る気配なく、神妙に突きはなした。


 《魔女》の結界というのは、《魔女の手》が消えた直後に現れたものだ。そちらはトチガミたる《魔女》の仕業しわざだろうということになっている。

 令法野全体を包むドーム状の見えない壁で、発生時にマガツヒたちを町の外へ追いやったらしかった。魔法少女たちが態勢を立てなおすまでの時間稼ぎなのだろう。ただしドームはもって半年――というのは、魔力でできたいまの朱鐘の体にはなんとなく感じられることだった。


「おまえが来るまで、おれたちで魔女部を守る。みずならとも約束した。あいつや、ほかの部員たちのためにも……」


 うつむき加減の白黒魔法少女が、以前よりずっと小さくなったこぶしを握る。


 あの夜の大マガツヒ・浪戸ロウドの口ぶりでは、ほかのトチガミたちは《魔女》の存在を危険視していないようだった。独走した浪戸自身は、《魔女の手》との戦いで深手を負ったうえ、手勢の大部分を失った。結界のあるなしにかかわらず、しばらく攻めてはこないだろう。


 一方、魔女部の部室は消えてしまった。

 元々正式な部活動ではないが、校舎を損壊するほどの爆発事故があった上、部員と目されていた少女たち六人が一斉に行方不明、あるいは事故死したとあっては、外野の人間たちが動かないはずもなかった。《魔女の手》やマガツヒたちの目撃証言こそなかったが、夜どおし空を照らした不審な光と結びつける言説も根強い。なにより、魔法少女を学校のアイドルとして無心でながめていた在校生たちに、警戒心を持たせるには十分すぎる結末だった。当の魔法少女たる朱鐘だけで、どこまで立て直せるだろうか。


 それでも、サラはこのときは口を閉じて、隣りで気を張る朱鐘の姿をただ見つめていた。少しだけ困ったような、さびしげで曖昧な笑みを浮かべて。


「――そーいえばッス」


 そのサラみずから、まだ勉強を教わる話も決着がついていないのに、唐突に話題を変えた。きらめきを復活させたその瞳は、朱鐘ではなく自分の向かいの席を向く。


「だいぶいまさらッスけど、なーんでシグレちゃんは、シグレちゃんのままなんスか?」


 指摘されたは、白い少女の顔でキョトンとした。


 夜空にひたしたような青い瞳が、わずかに戸惑ってゆれ動く。小首をかしげながら、小さな唇がカップのふちからそっと離れていった。青みを帯びた白銀の衣装は、いまは発光こそしていなかったが、隣りの幼キテラ以上に衆目を集めまくっている。


「まま、というわけじゃない」少し遠慮がちな口調で、その白い魔法少女は答えた。カップをテーブルに戻しながら。


「シグレという個体の本来の肉体は、あのとき完全に消えてしまったよ。いまのボクは以前と同じ魔法生物。サラ、きみというただひとりの契約者の魔力に依存する存在さ。体を自分で作りなおしたから、マスコットの姿と両方再現してみたにすぎない。あっちの姿のほうが慣れているし、動きやすいけれど、きみたちとの意思疎通や契約者探しには、こっちのほうが向いてるだろう?」

「それはそうッスね。あとかわいいッスしぃ~」

「それに」

「それに?」


 赤ん坊にそうするような猫なで声になって、サラはシグレの顔を覗きこむ。


 シグレはそのサラから視線をはずすと、体ごとゆっくり朱鐘のほうを向いた。朱鐘が気がついて目を丸くするのを見計らい、自分とほとんど変わらないその小さな体へぴょんと抱きつく。

 引きつった朱鐘の顔に白い頬を寄せ、こわばった腕に薄い胸を擦りつけ、シグレは濡れた唇をすっと弓なりにほころばせた。


「この姿でいるほうが、朱鐘の反応がおもしろい」


 熱っぽい笑みを目もとに浮かべ、魔力でつながった相棒により深く絡みつこうとする。

 そんな魔法少女たちを見て、サラも目と口をぱっくり開けたまま固まっていた。顔色は蒸されでもしたかのようにほかほかと紅潮していく。が、ふと思いだしたように目をしばたかせると、今度は幽霊でも見たかのごとく、冷や汗を噴きだしながらサァーっと青ざめていった。


「……うぇ? ちょ、ちょっと待つッス。も、も、もしかして、シグシグのときからやたらセンパイにくっついてたのって……あのぉ、シグレちゃん? こっち見て答えるッス。シグレちゃん? シグレちゃんっ!?」


 席を立ち、ふたりを引きはがすかどうかのところで意味もなく手を動かす。


 騒々しい少女たちのテーブルに、カフェの軒先に吊るされた装飾が、つき始めた街灯を反射して小さな輝きを注ぎはじめていた。真鍮しんちゅうや銀の色をした星型の飾りたち。クリスマスのオーナメントだ。







 Astella★Magia! Magical Girls and Mascot would enjoy their Tea-time 'Together'!!!

 ――fin.

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