Astella★Magia! 魔法少女はお茶してる💝 ～戦いはマスコットにおまかせで～

🌟Last 魔法少女は

　ふたり手をつなぎ、眼下の巨大なる異形と向きあう。

　それまで触手を放つ以外ただ静かに浮いているだけだった手形の肉塊が、いまゆっくりと〝指〟を持ちあげはじめていた。

　原生生物たちの腐肉で編まれたような五指が伸びきり、手形はひらいたかたちになる。かと思えば、〝指〟は関節を逆に曲げてさらに持ちあがり、手のひらを返したようになっていく。

　やがて内側を向いた五指から、不意に白い光が夜空へ向けてはなたれはじめた。より合わさった光の束はシグレたちの眼前もすり抜け、どこまでも高くのぼっていく。

「これ……ロゥたんが言ってた〝道〟ッスかね。ソトツヒのワープゲート……」

「いよいよ時間がないようだね。行くよ」

　セイランの手を引き、シグレが『ゲート』に沿って流れ落ちる。

　『コード：ピルク』に吹きとばされた触手たちは早くも再生を終えて待ちかまえていた。赤いシグレが赫（あか）いシグモドキたちと陣形を組み、止まらず触手の海に道を切りひらいていく。触手が引いたかと思えば水塊が飛びだしてきたが、黄色い光の壁がすべてを受けながし、隙が見えれば紫の竜巻がえぐり抜く。触手も水も絶えず尽きることなく押しよせたが、シグレはことごとくをはじき返し、セイランとともに突き進んだ。

「サラ」

　ふたたびシグモドキたちを展開しながら、シグレが不意にささやく。

「やりたいようにやって、いいんだよね？」

　一瞬ポカンとしていたセイランは、しかしすぐに口角をあげると、つないでいないほうの手で握ったこぶしを見せつけた。

「どんとこいのカモンッス！」

　左右から押しつぶしにきた激流を光球の防壁でいなし、蒼（あお）き長槍をふるって包囲ごとまとめてなぎ払う。

　飛び散った水塊がまとまるのは早い。それは毎度のこと。

　しかし、このときは即座に攻め返しては来なかった。水塊のひとつが、ヒトのかたちを取りはじめていた。

「あ……ず、ぅ……」

　溶けた粘土のような不格好な頭部に口がひらき、ひずんだ声を発する。

　水塊はおよそ女性とわかる姿を取り、頭部は太ぶちの眼鏡をかけた少女の顔を模していった。ひらいた口をゆがめ、泣きさけぶ姿を。

「あず、るぅぅー、どぉこォ……？　あぁ、ずうぅるぅぅー……」

「八木豆磨理（やぎずまり）……」

　シグレの動きがにぶる。セイランでさえ一瞬意識が凍り、警戒が薄れる。

　ふたりの背後から伸びてきていた触手を、しかしうず巻く火（か）焔（えん）が焼ききった。

「惑うでないッ！」

　燃えるレインコートをまとった黒肌の幼女が横合いから水体の少女に跳びかかっていく。少女のほうが形をくずして逃れたが、幼女は爆炎で向きを変えて追いすがった。

「潘尼（バンニ）が吸った思念の断片じゃ！」追撃をやめないまま浪戸が叫ぶ。「潘尼ともども囚われておる！　ソトツ仔（こ）！」

「あーしが」

　すかさずあとを追おうと動きかけたシグレを制し、セイランが翔（と）んだ。

　消えかけていたブーツの炎が燃えあがり、やや不安定な姿勢で放物線を描く。

　水体の少女めがけて飛んでいったピンクを見送り、シグレは片手に剣を呼んだ。

「――疑わない……『コード：キテラ』」

　つぶやくとともに、光の剣を投げはなつ。

　先行していたセイランに取らせ、さらに加速をうながす。

　接近に気づいた水体の少女が、薄い刃に変形させた腕を銛（もり）のように撃ちこんできた。

　しかしその視界を炎がさえぎり、刃は手ごたえもなく伸びきった。

「ピルク……磨理センパイ」

　炎を突き抜け、ピンクの魔法少女が逆さまで現れる。

　受け取った魔法のちから（ねがいのかたち）を、居合のように腰に構え、

「体験入部、ご歓迎……てんきゅうべりまっち、でシタッッッ！」

　すり抜けざま、迷うことなく振りきった。

　銀より重い、鋼（はがね）色（いろ）に輝く大太刀を。

　ひと振りで水体の少女はバラバラに切断され、さらに横から来た爆炎がしずくも残さず焼き滅ぼす。

　男の絶叫と少女の友を呼ぶ声を背後に聞きながら、光の軌跡と透明なしずくを残し、ピンクの魔法少女が落ちていく。そのかたわらに白い流星が追いついた。

「……『コード：ペトラ』ッ」

　ふたたび手をつなぐと同時にシグレが口走る。シグレの空いた手に喚（よ）びだされた剣と、セイランの握っていた大太刀が、ともに緑光を放つ長大な突撃槍（ランス）に変わる。

　ふたりで穂先をそろえて前へ突きだし、間近に迫っていた光の柱もつらぬいて、閉じかけていた《魔女の手》の傷の内側めがけて突撃した。

　途端、傷の中の見えない壁にぶつかり、激しい光と衝撃をはなって突撃槍が止まる。

　はじき飛ばされそうになりながらも、シグレとセイランはともに歯を食いしばって柄（つか）を握りこんだ。

「んぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ！　やっぱカタブツッスっ、童顔のくせにぃぃぃぃ!!」

「朱鐘（あがね）……」

　傷をこじ開けようと奮戦するセイランの隣りで、シグレがすがるようにささやきかける。小さな額に大粒の汗を浮かべ、白かった頬は熱を出したように上気していた。

「きみに……きみに助けられていた」

　それは、ずっと秘めてきた言葉。

　気づかないふりをして、気づこうともしてこなかった言葉たち。

「きみを頼っていた。いつも頼りきって、なにもかもまかせるままにしてしまっていたんだ。ボクにだって、考えることはできたのに……」

　呼びかけても、返事はない。きっと聞こえてさえいない。

　以前の自分（シグ）なら、こんな無駄なことはしなかった。無意味だと言いきった。

　けれど、いまは感じる。内側からあふれてくる。かつてシグだった頃の記憶さえもが、シグレを衝（つ）き動かしていく。

「きみに謝りたい……だから、止めなくちゃ。きみを、ボクが。ボクがきみに、してあげたいことを……ボクがッ！」

「シグレちゃん」

　不意に呼ばれる。

　いつの間にか離していた手を、静かにそっとつなぎ直される。

　重なる手のひらの向こうには、おだやかにゆるむ金色がある。

「シグレちゃんは、ひとりじゃないッス」

「――っ!?」

　シグレは目を見張った。

　自分を見つめるセイランのうしろに、もうひとりを見た。

　ウロコのような緑のドレス。二本角をあしらったつば広帽子に、古めかしい片眼鏡（かためがね）。

　ピンクの魔法少女の肩に手を置き、同じようにやさしい顔でシグレを見ている。

　そしてまた、自分の肩にも手があった。

　小さな手だ。自分とよく似た。

　知らない気配。けれど、知っている。

　ずっと遠くにあって、ずっとそばにあった。永遠にも思える時間の中、この手を握ってくれていた。しんしんと、霜降るような唄声（うたごえ）のとなりで。

「いっしょに、ッス」

　セイランが歯を見せて笑う。

　つないだ手を、強く握りかえす。

　握る突撃槍が輝きを増し、シグレ自身とともに白く変化した。

　セイランが持つほうはピンクに変わる。

　さらに、シグレのそばに漆黒の突撃槍が。

　セイランの隣りには、ふたたび緑の槍が。

　四つの穂先をそろえ、いま一度（魔女の手）の傷と向かいあう。

　閉じていくそのわずかなすき間をめがけ、シグレとセイランは声をあげて踏みだした。

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「「「「コード：ザ・ウィッチ!!　――――『不滅の願い星（アステラ★マギア）』ッッッッッ!!!!」」」」

　爆ぜるように亀裂が走り、《魔女の手》の傷がひらく。

　ねじれからみ合って四つの槍はひとつとなり、激しい光を残して夜空を駆けた。砕け散った《魔女の手》が、自ら放っていた光の柱の中へ吸いこまれるように消えていく。

　すべての光がついえたとき、不滅の星明かりを抱いた空は、西の端が白みはじめていた。

　その地平線を見はるかし、ふたつの小さな人影が、手をつないで飛んでいく。次第に高度を落としながらも、悠々（ゆうゆう）と風に乗り、眠りゆく月から遠ざかっていく。

　歌いだしたくなるような気持ちをおさえ、セイランはたずねた。

「空を飛ぶ気分はどうッスか？　シグレちゃん」

　輝きはじめた雲の向こう、そのもっとさらに先に、どこまでも抜けていく青を望む。

　真白い魔法少女は、ささやかに、彼女らしく笑んでうなずいた。

「うん。……きもちいいよ」

　朝日がのぼる。流れ星を吸いこんで。