🌟44 魔法少女はわすれない


 砕け散った水塊が、流れる磁石のようにふたたび集合していく。いくつかに分かれ、灰色の激流となり、夜空に浮かぶ小さな〝太陽〟へと一斉にぶつかっていった。

 液体なりに隙間なく押し包み、圧倒的な水圧をその黄色い光球にかけていく。しかし、光球が不意に鼓動を打つように震えると、またも水塊はぜたように四散した。


「『コード:バイン』はつらぬけない」


 光球の内側で、全身から同じ色の光を放っていた少女が取りかれたように口走る。

 その腕の中から見あげていたセイランは、少女の青かった瞳までもが色濃いやまぶきいろに染まっているのを見とめてつばを飲んだ。


「バイン、って……師ショーの?」


 戸惑いながら意味を問おうとするも、光球の外から聞こえた悲鳴に言葉を切る。


 とっさに見まわせば、飛び散った水塊の一部が向きを変え、戦意をなくした小さい異形の者たちを追いまわしていた。その中心には羽虫のマガツヒに乗り、炎を投げて迎撃をつづける浪戸ロウドもいる。レインコートが裂け、むき出しの太ももやわき腹から黒い墨を噴いていた。明らかに手数が足りていない。


「ロゥたんッ!?――」

「『コード:エレン』」


 叫びかけたセイランが、声を聞いてまた振り仰ぐ。山吹色の瞳が、黄昏たそがれを抜けたように深い紫色に染まる。


 光球の内壁に沿って旋回せんかいしていた光の剣たちも同じ色に。さらに陣形を動かし、シグレを平行に囲みながら切っ先をそろえて環状に並んだ。光球が消え、そこへ勇むように激流が打ち寄せてくる寸前、けんたちはシグレを中心に回りはじめる。


 激流をぎ飛ばし、こんの竜巻が夜空を駆けた。


 触れた水流がことごとくはじかれ、砕け散っていく。マガツヒたちの群れにも飛びこみ、彼らを取りこもうとする液状の敵意を残らす粉砕していった。巻きこまれながらもなぜかまとめて切り刻まれることなく置き去りにされた浪戸が目を見張る。


「ソトツ、そなた――!?」


 竜巻が止まる。ひととおり水塊を蹴散らし空白となった座標に、紫の光を放つ魔法少女が浮かんでいた。正面にやや距離を置いて、星空を侵す巨大な異形の《手》と向き合う。


「シグレちゃん、いまのは?」


 膠着こうちゃくを見はからってセイランが問うた。シグレの瞳はいまだ幽玄な紫色に輝いている。


「以前のボクの体に残っていた、契約者たちの魔力のざんだ。焼きついた彼女たちの願いのかたちを、そのままいまのボクの魔力で再現した。つらぬけない『コード:バイン』。寄せつけない『コード:エレン』」

「あーしのイメージだと師ショーとエレンさま真逆ッス。エレンさまってば激しすぎ……!」

「願いは秘めるものだろう? それを一度はボクに、マスコットのシグに託してくれた。だから――」


 灰色の影が死角から押し寄せる。水塊ではなく機動性偏重へんちょうの触手たちだ。シグレたちに迫る道すがら、負傷して動きのにぶい浪戸たちにも襲いかかっていく。


「まずいッス! シグレちゃん!」

「大丈夫」


 シグレの目が、今度は赤に変わる。

 よりもしゅよりも強いあか薔薇バラのように勇ましく、柘榴ざくろのように鮮やかに。


 その色の魔法少女はいなかった。いなかったと、サラは思った。


 しかし思い出す。白でも、金でもなかった。彼女は。姿を包むマントの漆黒でもなく、その裏地の、ほとばしる体温のすべてがきついたようなあかいろを。


 思いだす――心のどこかで決めていた。あの人になろうと。手の届くものを守ることを迷わなかった。きっと兄たちとも並び立てる、あの人のように。ぐうどうサラは。だからここまで来た。だから来られた。


 光剣たちが赤熱する。溶けたガラスのようにかたちを変え、一様に懐かしいマスコットのかたちを取る。手に手に短いながらもつるぎを雄々しくたずさえて。


「『コード:シプン』は、見捨てないッ」


 赤いシグモドキたちの姿が消える。かと思えば、すでに触手たちの前に張りつき斬りむすんでいた。何体かは浪戸たちのそばにも現れ、片っ端から触手をなぎ払っている。テレポートを駆使した連携で、敵が防衛ラインを抜けることを許さない。


「シプちーセンパイ、やっぱりかっこいいッス……」

「彼女は身軽で、物覚えも早かった。質量のない魔力のかたまりならテレポートの魔力消費も少ない」


 防衛網の外側からまわり込んだ触手たちがシグレを狙う。その頃には浪戸たちを逃し終わり、び戻されたシグモドキたちがふたたび黄色い光剣となってたてを生んだ。触手を押しかえすと同時に今度は紫の竜巻が現れ、追いすがる触手たちを粉々にしながら垂直に上昇していく。


 シグレは竜巻とともに包囲網を抜け、月の前に差しかかった。

 竜巻を止めると、片手を頭上へまっすぐ掲げた。


 手のひらに集まってきた光の剣たちが、溶け合うようにひとつにつながっていく。

 光の色は紫からあおへ。あまける雷撃のような紺碧こんぺきへ。


 同じ色の輝きを瞳に宿し、シグレははるか下方の《魔女の手》を見おろした。

 狙いを定め、迷いのない手で振りおろす。


「『コード:ピルク』は……止まらないッ!!」


 蒼き光の長槍が、彗星すいせいのように落ちていく。軌道に並んだ触手も水塊もことごとく消し飛ばし、《魔女の手》の中心に突き刺さり、爆発した。

 初手の光線を当てたときよりはるかに大きい爆発で、巨大な《手》を包み隠すほど蒸気があがる。それが晴れたあと、《魔女の手》の向こうに街の明かりが見えた。


「ふぉぉぉ、さ、さすが本命魔法少女ッ。部長サン怖すぎッス……!」

「あの穴へ行く」


 腰にしがみついて震えているセイランに、シグレはぜんとした声で告げた。まとう色は白銀に、瞳は夜空を映すあいに戻っている。


「内側で、ボクの全魔力を解放する。そうすれば、朱鐘から来た地球の魔力と、ボクのソトツヒの魔力とで打ち消しあって、龍脈からの補給をさせずに倒しきれるはずだ」

「ナルホド……って、でも、それって、シグレちゃん、消えちゃうッスよ?」

「いい」

「いいん、スか……?」


 シグレのよどみのない口ぶりに、見あげたセイランの金の目が揺れる。シグレは静かに見つめ返す。

 その青い瞳の奥に、銀河よりもまぶしく激しい輝きを見たような気がして、セイランも息を飲むようにうなずいた。


「わかったッス。けど――」


 言葉を継ごうとしたセイランの前に、小さな手が差しだされる。ふたたび呆気に取られたセイランに、シグレは言った。


「いっしょに」


 その手と、決意に満ちた幼い顔を見比べ、セイランもいま一度目もとを引き締める。ただ口もとだけは揚々ようようとゆるめ、力強く手を取った。


「いっしょに、ッス!」

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