🌟41 魔法少女は戦える
見えない波に乗るように、ふわりと舞いあがりながら《魔女の手》に近づいていく。 《手》全体を見おろせる位置まで来ると、
その刃たちが不意にちぢみ、まるまって別のかたちを取りはじめる。
ぷくぷくとかわいらしく太った、羽根のないドラゴンのような造形。光の玉たちはどれも一律にその動くぬいぐるみを模す。
「オホウッ!? 量産型シグシグ!」
セイランの歓声のすぐあと、光でできたシグモドキたちは一斉に光線を吐きだした。一本一本がサラとの契約時に見せた契約数カンスト状態のビームより大きい。全弾まっすぐ標的に到達し、爆音をあげて異形の集合体を吹き飛ばした。
「効いた……」
「すんげーッス、シグレちゃん!」
「でも、まだだよ」
爆発した蒸気が風に流され、大きくかたちを崩した《魔女の手》が現れる。被弾した箇所はプリンをスプーンですくったように
シグレが同じ技をもう何度かお見舞いすれば、跡形もなく消しとばせそうにも見えた。しかし、不意に無傷の部位が泡立つようにうごめいたかと思えば、そこかしこから大量の糸のような触手が伸び、損傷部分に流れこみはじめた。
流れこんだ触手は隙間を埋めるように折りかさなり、えぐり取られた穴をたちまち埋めていく。明らかに無事な部分の組織を移動させて傷を埋めあわせているだけだったが、なぜか体積の減っている気配がない。
「やっぱり、あれは『
「あれ? どういう意味ッスか?」
「龍脈とつながったままなんだ。地球からのアストラル・エナジーが、《魔女の手》になっても供給されつづけてる。朱鐘はグリモワールに取りこまれたんじゃない。逆に朱鐘に取りこまれたグリモワールが、朱鐘の体を作りかえたんだ」
「体積違いすぎて草も生えないッス。ちゅーか、じゃあ無限回復ッスか? チートMODで対戦とか朱鐘センパイ最低ッス」
「望みはあるよ。エナジーの総量はともかく、ひとりの人間が龍脈から供給されるエナジー量じゃ、あの巨体を一瞬で全回復させることはできない。すばやく何度も攻撃をたたき込めば、いずれは押しきれ――」
急に言葉を切ってシグレが顔をくもらせる。傷をふさぐために動いていた触手たちの一部が、あふれるように《手》の外へ広がりだしていた。
そのねずみ色でヌラリとした有機的な先端は、すべて魔法少女たちに向けられている。シグレがセイランの膝に手を入れて飛び去った直後、ふたりのいた場所をうねる槍ぶすまが通りぬけた。
シグレは衝撃波を振りまきながら高度を下げ、《魔女の手》を中心に旋回を始める。その高速も空気の振動もものともせず、触手は四方からふたりに襲いかかってきた。
シグレも負けじとかいくぐり、魔法を撃てる場所を探す。すぐそばを触手がかすめるたび、しがみついてるセイランが「ふぴぃぃ!?」「ぬゅわぁあぁぁッ!!」とわめき散らす。
「ししししシグレちゃん! シグレちゃんさんッ!? うえっうえっ、
「ダメだ。テレポートは
答えながら、シグレは正面から迫ってきた触手をかわして垂直に上昇を始める。
急激な重力負荷にセイランは歯を食いしばって耐えていたが、ふと真下を見おろした拍子に眉をひらいた。
「もしや……」
「
「シグレちゃん。一本借りるッス」
「は?」
放心したシグレがハッとするよりわずかに早く、セイランは両腕と両足をまっすぐ上へ伸ばし、お姫様だっこから下へスルリと抜け落ちた。
「えっ、ちょ!?」と取り乱すシグレを置き去りにして、そのまま落下していく。シグモドキから戻ってシグレに追従していた魔力剣を一本かすめ取り、真下の《魔女の手》めがけて降下しながら振りあげた。
「あッ、がッ、ねッ、セッ、ンッ、ぷァァァァァァァァァァァァイィッッッッ!!」
気合いの雄たけびが夜空にとどろく。呼応するようにシグレを追っていた触手たちが向きを変えるも、面食らったように速さがない。
セイランは迎撃も難なくすり抜け、逆手に掲げた光の剣とともに〝朱鐘〟をとらえた。
「カワユぅイ後輩の朝起こしイベントォォッ! うーけーとーるぇ、ッスぅぅぅぅッッッ!!」
発光する切っ先が、《魔女の手》の手首付近に衝突し激しい光を放つ。
「かった〰〰〰〰〰〰ぁッッ!?」
悲鳴とともにセイランが《魔女の手》よりさらに下へ落ちていく。その小さな体を銀色の
「ガード固すぎッス、あのセンパイ!」襟首をつかまれ強風にゆられてセイランが
「きみも無茶だよ、寓童サラ。どうしてきみたちはいつも……」
「さっきは触手があーしを狙ってなかったッス! シグレちゃんの大魔力でまぎれて、認識阻害の魔法もまだ生きてるなら、朱鐘センパイからあーしは見えづらいッス」
《魔女の手》の真下をくぐり、上昇して指の付近を飛びぬける。頭上から待ち構えていたように触手の雨が来て、シグレは進路を水平に切り替えた。網目のように縦横無尽の軌道で迫る触手たちをかわしきり、ふたたび《手》の真横を旋回していく。
「もっかい上に行くッス、シグレちゃん」セイランが強く言った。
「だから無茶だ。朱鐘はきみの存在にもう気づいてる」
「見えづらいことに変わりはないッス。このまま逃げつづけてもジリ貧ッスよ?」
「わかってる。手はあるんだ。ただ……」
「ただ?」
「…………」
不意にシグレが言いよどむ。
その顔をうかがおうとセイランがぶらさげられたまま見あげたそのとき、うつむいた白い頭の上に、灰色の影が伸びてくるのを見つけた。
「シグレちゃんッ!」
「!?」
驚いたシグレが制動をかける。セイランは身をよじる。
飛びこんできた触手はシグレの鼻先をすり抜けていったが、減速とほぼ同時に無数の触手がふたりを全方位からとり囲んだ。
その間合いに、慣性を振り子の要領で使って飛んだセイランが身を
片手には光の剣。ひと振りでどれだけ払いのけられるだろう。
せめて友だちの妹が無事ならいいと、心の中で静かにうなずく。
その金色の瞳がまばたきもせず映した世界を、黄色い火炎が塗りかえた。
「――!?」
反射的にセイランは目をつむる。触手たちが火を噴いたのか?
物理攻撃だけだと思ってあなどった。炎を切り払う力は自分にはない。これでは盾にすら――そう思った矢先だ。
目を開けた。すると、体はやはり炎に包まれていた。焼かれた空気がうずを巻いて髪をかき混ぜ、周りにいた触手たちをも灰にしていく。
だが、セイラン自身は髪の毛一本、爪の先さえ燃えてはいなかった。頭を飾る小さなリボンもどれひとつと焦げていない。熱さを感じなかった。まるで炎がセイランだけを特別に守っているかのように。
ほどなく炎が消えうせる。セイランは、自分が宙に浮いていることにも気がつく。
そしてブーツが燃えていた。さらにはツインテールの先端にもそれぞれ火の玉が食いついていた。
そのいささか過激すぎるアクセサリーたちにどぎまぎするうち、セイランは、頭上に降りてくる虫の羽音を耳にした。
「まことに、世話の焼ける
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