🌟40 魔法少女は息をする
その白い魔法少女の装いは、
魔法少女は薄いまぶたをひらくと、群青色の目を泳がせて眼下になにかを探し始めた。ほどなく、急行落下するピンクの人影を認めると、空気の爆発を残してあとを追った。
「
白い少女は取り乱した様子で、肩をつかんで持ちあげたピンク色の魔法少女へ食ってかかった。
「きみはいまなんと呼んだ!? なにが起こったんだい!? ボクのこの体はいったい――」
「シグレちゃんッスぅぅぅッ!」
「うぅっぷ!?」
ピンク色の魔法少女、セイランは体を揺らすと、しがみつくようにして白い少女を抱きしめた。空中でふらつきながら、白い少女は困惑顔で問い返す。
「しぐれ……? それが、ボクの名前かい?」
「そうッス、シグレっちゃん! だっはぁぁ~っ、えげつなカワイイッスぅぅぅぅぅぅ~!」
「うぅあぁぁっ!?」
ハグとほおずりの洗礼を受けて、白い少女、シグレがさらに慌てふためく。
マスコットのシグだった頃の彼女の記憶は、山の上の
「その姿は、おかあさんからの贈りものッス」
「おかあさん……?」
「あ~でもぉ、あーしをかかさまと呼んでくれてもいいッスぅ~」
「わけがわからないよ、寓童サラ……」
急によだれを垂らしそうなほどしまりのない顔になったセイランに、シグレは白眉をハの字にして途方に暮れた顔をする。その表情豊かさにますますなにかをくすぐられたらしく、セイランは宙ぶらりのまま器用に体をくねらせて気持ち悪い声をあげた。
――と、不意に、落ちていたシグレのまなじりが跳ねる。
すかさず振り向いたその先、何百メートルか離れたところに、海の死骸を集めて固めたような巨大な《魔女の手》が浮いていた。目だった動きはなく、辺りは静寂そのもの。
「マガツヒたちがいない……」
「食べきっちゃったんスかね?」
「どうかな……」
現実には、全滅するまで攻めつづけた可能性は低いだろう。しかし、残っているマガツヒの気配さえ一切感じられなかった。
改めて辺りを見まわしていたセイランの視界に、ふと、星くずじみた青白い光がただよってきた。夜気に溶けて消えていくその光の流れをたどると、自分の二の腕をつかんでいるシグレの手に行き着いた。
その手の甲から少しずつ、風船から空気が抜けるように光の粉が流れでている。密度を減らした手はしぼむ代わりに、それ越しには見えないはずの街の夜景をセイランに見せていた。
「ちょっ!? シグレちゃんッ! すすす透けてるッス!」
シグレがキョトンとした顔でセイランを見る。と、視界に自分の手も入ったらしく、そちらを見て銀色のまつ毛をしばたかせた。痛みなどはないらしいが、なにもわからない様子だ。
「たぁーっ、そうだったッス! その体はカワイイ代わりに、《魔女》サマのほうの魔力でできてるッス! 地球にいるだけで常時ポイズン! ど、どないしょーッ!?」
「《魔女》? ソトツヒの魔力かい……?」
「そうッス! 《魔女》様もだから自分といっしょに封印してたのに、こっからどうすりゃいいか聞いてないッス!」
頭を抱えて騒ぐセイランをよそに、シグレは冷静な顔でじわじわと透過度を増していく自分の手を見ていた。流れだしていく魔力の
「――単純だよ、寓童サラ」
「な、なにがッスか?」
「いまのボクなら、役目を果たせる」
役目、とシグレは確信に満ちた声で言った。
おのれの作り主たる《魔女》の意に沿わないものを排除すること。叡智を外に置いてまで形を捨てた《魔女》は、叡智に魔力を通して自分の形が復元されることを望まないだろう。
「なら、いっしょにやるッス」
「え? いや、きみはついてこなくても――」
「ダーメッス。しぐれちゃんと約束したッス」
「約束? ボクとかい?」
「しぐれちゃんはしぐれちゃんッス~」
素っ気なく唇をとがらせたセイランに、シグレがふたたびうろたえ始める。反論を封じられば返事に
「朱鐘センパイが行っちゃったら、ひとりになるなんて言って悪かったッス。ずっといっしょにいてくれてたッスよね、シグシグは」
シグレの目から惑いが消えていく。ほどなく、さっきのセイランのように口を引きむすぶ。目の前のおだやかな笑顔とは対照的に、ぎこちなくも力強くうなずいた。
「わかったよ、寓童サラ。いっしょにやろう」
「そう来なくちゃッス。無茶バカセンパイをぶっ飛ばそうッス!」
顔の横でこぶしを握り、手慣れたウインクも添えてセイランは笑い返す。
シグレはもう一度うなずくと、片手をセイランの脇に差しこむようにして抱えなおし、高度をあげ始めた。
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