_33 魔法少女たちの現象

「にぃにたち、どこいくの?」

「里帰りだ」

「さと? ここじゃないの?」

「にぃにたちはナ。サラちゃはココ。だからサラちゃはお留守番ナー」

「ふたりとも、いっちゃうの?」

「双子だからなナー。片っぽだけじゃさびしーダロ?」

「すぐに帰ってくる。サラ、ママを頼んだ」

「うん! さらちゃっ、がんばるっす!」

























 とーりゃんせ とーりゃんせ


 こーこはどーこの ほそみちや


 てんじんさまの ほそみちや







 やさしい声を聞いた。

 しんしんと、しも降るような声で、誰かがそばでうたっている。







 ちょーいととおして くだしゃんせ


 ごようのないもの とおしゃせん







 ここが、小さな家の中なのを知っている。

 外は、夜だろうか。そわそわと、笹やぶのれる音。







 このこのななつの おいわいに


 おふだをおさめに まいります







 あたたかい膝枕。冷たい手が胸をたたく。団扇うちわをあおぐ気配。

 目をあけたくない。唄が聞こえる。







 いきはよいよい かえりはこわい


 こわいながらも とーりゃんせ


 とーりゃんせ……







 唄が終わる。まだ唄っていてほしい。目をあけたくない。


 走ってくる音がする。小さな足音が。

 そばまで来て、肩をゆすられる。幼い声で名前を呼ばれた。


 さらちゃん、おきて。さらちゃん、おねがい。


 さらちゃん。さらちゃん。さらちゃん。



















「サラちゃんッ!」



















「――!?」


 強く目の奥が光った気がして、サラはまぶたをこじ開けた。


 月の明るい夜空を、星と雲とが流れていく。

 冷たい秋の夜気を肌に感じて、自分が外で気を失っていたことを理解した。


(なに……?)


 寸前に聞こえたものに先に意識が向く。(陽和ひよりちゃんセンパイ……?)似た声ではあった。しかし、(違う……誰?)


 状況が飲みこめず、ひとまず体を動かそうとした。が、うまく起きあがれない。ごわごわした詰め物だけになった上張りのないソファのようなものの上にいる。

 顔の向きを変えてようやく、それがどこかの植えこみに、お尻からスッポリはまり込んでいるせいだと気がついた。と同時に、自分が魔法少女アストラル★セイランの姿でいることにも。


「なんで、あーし……」

「気がついたね、ぐうどうサラ」


 平坦な声とともに、上空からふわふわと白いものが降りてくる。最初月に見えていたそれは、月に像を重ねていただけの、ぬいぐるみのような子ドラゴン。


「教室からここまでふっ飛ばされたんだ。とっさに変身はしていたようだね」

「教室……」


 頭を起こす。見まわすまでもなく、眼前はトラックの敷かれた校庭。私立令法野りょうぶの高校の瀟洒しょうしゃな学び舎がその奥にあり、二階の突き当たりにあたる壁に、黒ずんだ大穴があいている。


「人間の魔力の総量は想定以上だった」とシグ。「すまない。またボクの落ち度だ」

「魔力……」


 復唱して、サラ、もといセイランは、ようやく覚醒した。


「センパイは!? 朱鐘センパイは、どうなったんスか!? グリモワールは……」

「あそこだよ」


 シグは、植えこみの背後の木を見あげて言った。

 セイランは体をゆすってやぶからいだし、振り返って空を見る。


 そして瞠目どうもくした。

 ひらいていく自分の瞳孔がわかるほどに。


「なん……スか、あれ……?」


 校庭の木のこずえのはるか上、月と並んでいるかのような高さに、街をおおうほどの影が浮かんでいる。


 楕円形の中心部分から、末端は五本に枝分かれしながら伸びていた。さながら手袋のようなシルエット。

 ただ雲の合間にて、またたく星たちに照らされたそれは、毛糸でも、ましてや皮膚でもなく、無数のなにかうごめく者たちで形づくられていた。遠くてつぶさには見えないが、甲虫の羽根のようなきらめきもあれば、のたうつ軟体動物らのが覆う箇所もある。

 すべてのものたちが流動し、絶えず位置を変えつつも、総体を〝手〟のかたちに保ったまま、それはおだやかに浮いていた。


「《魔女の手》じゃわ」


 がく然とするセイランに、シグではない、別の声が答える。


 ぜんとしたまま、ただ声につられ、セイランは上空から目をおろした。さっきまで自分がはまり込んでいたやぶのうしろの木立ちの中に、人影があった。


 暗がりの中で、すいいろの玉飾りがゆれる。

 歩み出てくると、黄色いカエル柄のレインブーツと真っ赤なレインコートが先に目を奪った。そして月明かりの下、宵闇よいやみを引き受けたような黒肌が浮かびあがる。


「まことに、やってくれたのぅ、そなたら」

「ロゥたん……」


 セイランはこわばりつつも、ひるまずにたずねた。


「魔女のって、言ったッスか?」

「シャラ・グードー」しかめていた黒い顔がややゆるむ。


「どうしてここへとは訊かぬのか?」

「あとでいいッス」

「ふん。おうよ、言うたどね」


 ふたたびそんに鼻を鳴らし、浪戸ロウドは指さないまま上空への意識を示した。


「あそこに浮いておるのは、《魔女》の断片。まさしく。断片に過ぎなくも機能は同じ。いうなれば小さき《魔女》」

「……そのロリかわな響きのわりに、すげービジュアルッス。小さくもないッスし」

「かたちや大きさなどは問題でない。《魔女》も元々便べんの呼び名じゃわ」

「んじゃ、ほんとに〝手〟だけ封印が解けた、ッスか?」

いんや」


 低く、重い声。あやしくもあどけなかった声色がせ、年老いた蝦蟇ガマのように。


「《信仰》を持つ者が、ソトツヒの〝えい〟に触れた」

「!?」セイランは金の目を開け広げた。「それって――」

「応ど」


 黒肌の頬が歪み、小さな口の端が吊りあがる。いろ双眸そうぼうに、ちぐはぐな怒気を宿し。


「あの、《魔女》の叡智グリモワールを取りこもうとして、逆さまに食われおったわ」

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