Chap. 4 星の願いは

_31 魔法少女たちの憧憬

「……みずならさん。その、大変だったね」

とり先輩……いえ。まだ、助かっただけ、わたしは……」

「……そうだね。瑞楢さんだけでも無事でよかった」

「……すみません。お忙しい時期に」

「なに言ってんの。なにも知らなかったら、週明けに自分以外の魔女部員全員失踪とだけ教えられて、受験勉強どころじゃなかったよ。そんな次元の話じゃないし……それもこれも、あのバカマスコットが中途半端な契約しかよこさなかったせいじゃん。魔法少女にも戦う力があればよかった。でしょ?」

「……そう、ですね」

「そうだよ。かわいい衣装の美少女になれるだけでなにが変わるんだっつーの。見た目なんかいくらでも上がいるんだよ。あのサラって子見て、瑞楢さんも思ったんじゃない?」

「え……サラちゃんが?」

「新入りでしょ? で、アレで素なんでしょ? 全然変身必要ないじゃん。ムカつくよね。本気でコスプレ感覚なんだろうなー」

「サラちゃんは、その、でも、見た目だけじゃ……」

「恵まれてる人のほうが性格もいいってやつでしょ? それもホント魔法少女的じゃないっていうか。あたしらが必死で変わりたいって思ってる横で、無邪気にヒーローとか目指してんの。もう邪魔オブ邪魔」

「……香取先輩?」

「なぁに、瑞楢さん」

「……なにか、ありましたか?」

「んー、まぁね。心配なくなったっていうか。ねぇ。あなたが生き残ってくれてホントによかったと思ってんだよ、瑞楢さん? 生き残ったのがあなたでよかった。八木豆やぎずさんはいつもなんか怖かったし、そうせいさんは話しやすいけど意外と慎重派で頭よかったし。一年生のあとふたりは、なんていうか、住んでる世界が違ったって感じ? そのふたりを誘いこんだ三生みぶくんなんか絶対論外。つか男じゃん。瑞楢さんだけだよー、まじめにあたしの話聞いてくれそうなの」

「あの……話って」

「不公平だよねって話。こんなにがんばってんだから、神様も少しくらい返してくれていいんじゃないっていうの? あたしの学年、魔女部あたしひとりだったんだよ? 先輩たちがいた頃はかわいがってもらえたけどさぁ、卒業しちゃうと魔法少女でもなくなるから関係切れちゃうし、自分がいざ上になるとマジ向いてないっていうか、ぶっちゃけ後輩ガチャじゃん。馬が合わなかったらそれまでって感じ? こっちは期間限定の魔法少女に青春賭けたってのに、あのクソマスコットの人選で全部台なし。だいいちなんで期間限定なんだっつーの。知ってた? 魔力って回復しつづけるから、子供産むとき以外取りつづけても問題ないって。じゃあずっと契約してりゃいいじゃん。瑞楢さんなんか特にそう思うでしょ? ね?」

「わたしは……でも……」

「……なに、さっきから? いろいろあって落ちこんでるだろうと思ってたのに、結構落ちついてるじゃない。どうせ歩けなくなるのは同じだからって、達観してるわけ?」

「そうじゃ……その、……わたし、リハビリをしてみようかと、思ってて……」

「……は? なにそれ。瑞楢さん、歩けたの?」

「いえ。……お医者様は、成長期だからまだ間に合うと言ってくださるんですが、とても痛くて、つらくて、一度やめてしまったんです。耐えてがんばっても、本当に歩けるようになるかはわかりませんし、少なくとも、事故の前と同じようには。だったら、なんのために努力するんだろうって思って……でも……いまは、隣りを歩きたい人がいる。魔法少女してる時間もなくなっちゃうかもしれない。それでも……だから先輩、わたし――」

「えらいじゃーん。瑞楢さん、見直したよぉ」

「え……?」

「いいねぇー。目標があると人は変われるって言うけどさぁ、なかなかできることじゃないよ。特に瑞楢さんなんか、正直そんな積極性? なんかと無縁だと思ってたし」

「そう、でしょうね。実際、まだ迷ってはいるんです。そんなにすぐ、強くはなれな――」

「でももうそんな努力しなくて済むよ。瑞楢さんがここまで来てくれたから」

「……は?」

「言ったじゃん、心配がなくなったって。期限さえなければ全部どうだってよくなるはずでしょ? あたしたちは永遠に魔法少女でいられるんだよ。あのクソマスコットとの契約を捨てて、ロード様と契約しなおせば」

「ロゥ、ド……? うそ……え……!?」

「うそじゃないよ。見て、。きれいでしょ? これを開けることができたら本物の魔法少女にしてあげるってロード様が約束してくれたんだ、このあたしと。あたしだけに。でもあたしだけじゃダメだって言うんだよ。不公平だから。誰かもうひとり魔法少女を連れてこられたら、きみをひとりよがりじゃない本物の魔法少女と認めてあげるって言われてさ。絶対瑞楢さんだって決めてたよ。ずっと八木豆さんたちにべったりで近づきづらかったけど、ひとりだけ生き残ったって聞いたときは思わず笑っちゃったよ。あのムッツリ眼鏡! 自分だけ魔法を使おうなんてガツガツしちゃってその結果がこれだもん! とぉぉぉぉぉぜんだよねえ!? どうせ瑞楢さんにはていのいい記録係とかさせてたんでしょ? できそこないらしくて逆に驚かないけどぉ。自分のためにしかがんばらないやつが、あたしたちみたいな本物になる資格を持てるわけないってぇのに。狩られて当然」

「そんな、うそ……やめ、て……香取先輩ッ……」

「ねぇ、聞こえる、瑞楢さん? もうお迎えが来てるんだよ? 窓の外に」

「ひッ……!? や、ぁ……」

「ほら、笑ってよ瑞楢さん。マガツヒたちが祝福してくれてるよ? あたしら今日こそ本物の魔法少女になるんだ。新しく生まれ変わるんだよ。ほら、入ってくる! ねえ、してよ! 元のゴミみたいな顔も体も全部あげるッ。だから、あたしを魔法少女に! 本物のあたしにぃッ!」

「あ、ぁぁ、ぁ……サラちゃん……ごめ――」




    * * *




 ぐうどうサラが泣いていた。

 荒らされた暗い部室の床にしゃがみこんで、声をあげて泣いていた。長い体を折り曲げて、熱を出した赤ん坊みたいに。音を出すたび砕けていく、ガラスでできたピアノみたいに。


 のどがれて、声が出なくなるまで叫んで、叫べなくなってもまだ動かずに泣いているのを見て、朱鐘は椅子から腰をあげた。


「寓童」


 返事はない。朱鐘がすぐそばにかがみこんでも、顔をあげようとさえしなかった。朱鐘がそっと抱きよせたとき、ようやく彼の胸の中で、嗚咽おえつ以外の息を漏らした。


「……聞こえるか?」


 耳に触れる体温ごしに、とくん、とくんと、規則正しい音がする。「静かだろ?」そうたずね直す朱鐘の口ぶりは、自嘲じちょうするようでいて、どこか得意そうでもあった。


「おまえが泣けるやつだって思いだして、安心してるんだ」

「……あがね……センパイ?」

「……じゃあな」


 朱鐘が離れていく。


 合間に吹きこむ冷たい風を感じて、サラはハッと顔を起こした。

 教室の出口に向かう朱鐘の背中を、出なくなったはずの声で追う。


「朱鐘センパイ! げほっ……」


 一度咳きこんでしまう。ただ、朱鐘は足を止めて、軽く振り向いて待ってくれた。


「センパイッ……なんスかいまの? なにする気なんスかッ?」

「…………シグ」


 ヒューヒューと息で音を鳴らしながらも、サラは懸命に問いかけた。

 しかし、朱鐘はサラを見おろしたまま、廊下に浮かんでいるマスコットを呼んだ。


「マガツヒたちの様子は?」


 夕闇から白い影がただよい来て、砕けた窓をくぐり抜ける。いつもほのかにまとっていた光は弱々しく、飛び方も糸で吊られた人形のようにフラフラとしていた。


「……押しよせてきている」


 朱鐘のすぐそばまで来て、シグは答えた。


「けれど、こちらへは来ない。どこか一点を目指してるみたいだ」

「……《魔女》だな。弱りきった盾には興味なしか。こっちを素通りして、本丸をたたくつもりなんだろ。都合はいいが、時間はないな」


 朱鐘はそう言って、うながした。

 侵略者の、ソトツヒのの、《魔女》の使い魔に。

 指揮するように、りんとして。ぜんとして命じた。


「出せ。《魔女》のグリモワールを」

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