▼24 その魔法少女、迎賓

 あんたがったどこさ


 どむさ どむどこさ


 すろびやさ すろびやどこさ


 そらさ






 水車小屋には ぼじゃにがおってさ


 それを漁師が短刀マキリで獲ってさ


 煮てさ 食ってさ 焼いてさ


 それをつつみへちょいとかぁくぅせ







「――グロォリィィッッ……」


 少年は叫びきるより早く踏みこんだ。


「アウトオオオオオオオオオッッッッ!!」


 砕け散るような咆哮。同時に振りおろした巨大な耳かきが、フローリングに突き刺さる。ほんの一瞬前まで赤いレインコートの幼女が、ふたりの魔法少女の頭部でリフティングをしていた場所に。


「たまげたのぅー」


 とぼけた声はリビングのすみ、掃き出し窓のそばからした。


「本当にじゃに契約しちょんとは。面白いこともあるものじゃわ」

「――ぁがつひぃィィィッッ!!」

「ダメだ、朱鐘あがね!」


 シグの制止を振り切り、メイドフューチャーな魔法少女が人間離れした神速で耳かきを横にぐ。魔力でできた鈍器は窓を枠ごと砕きながら、人の頭部を重ねて片手に掲げるレインコートに迫り、


 その首の真横で静止した。

 幼女の立てた小指に触れて。


「……ッ!?」

「シャラ・グードー」


 凍りついたキテラあがねの目の前で、黒い肌の幼女はいとおしむように薄い唇をほころばせた。困ったような口調とは裏腹に、髪の分け目からのぞく赤い眼を弓なりに細めて。


「あやいうのぅ。不可抗力までは、らもかえりみかねるどね?」


 キテラはハッとして自分のわき腹を見た。セパレートのエプロンドレスから大きく露出したそこに、長い腕と金髪の頭が貼りついている。


「あーしはここのスベスベを確かめてるだけッス」

「そうか。甲斐かいはあったかの?」

勿論モチのもちもちッス」


 顔の半分を白い腹にうずめたまま、サラは黒肌に光る赤い眼をにらんだ。


 捕まえたキテラのやわ肌に、サラの指が深く沈む。そのままぐいとうしろに引くと、キテラは踏み抜いていたローテーブルに足を取られてわずかにたたらを踏んだ。その体とレインコートの間に、サラの半身が入る。


ぐうどう……」

「無理はダメッス、センパイ」


 サラの声は低く落ちついていた。ただ白いうなじには、流れて線を引くほど汗がにじんでいる。見つづけなければわからないほどだが、肩で息もしていた。


「そのとおり、無理はするものでないのじゃわ」赤いレインコートがおどけたように言う。

じゃーぎだから、ここらでのぅ、手打ちにしようと思うが。ソトツ


 目を見はるキテラたちから視線を外し、その頭上を見あげて眉をひらく。


「そのを投げて、次をこさえるに何秒かかるど?」


 天井のシーリングライトを逆光に浴びて、シグが静かに浮かんでいる。そのライトの明かりの中へ隠すようにして、小さな両腕の間に光の玉を作りだしていた。

 大きさはヒトのこぶしふたつ程度。さらに大きくなりつつあるが、その速度は転がる雪玉より遅い。


 シグは光弾を解いた。


「見のがしてくれるんスか?」


 たずねたのはサラだ。視線をさげたレインコートは、なぜか気をよくしたように相好そうごうを崩す。


「シャラ・グードー。見のがすもなにも、みどもらは土地ノモノに手を出せぬ。『式体しきたい』――そなたらが魔法少女と呼ぶ姿でなければのぅ。それに、そこなソトツヒのと勝負もつかぬ。ほかの二柱ふたはしらより格は上じゃが、みどもは荒ごとが苦手じゃーぎ」


 そう言うとレインコートは、持っていた生首ふたつをひとつずつ足もとへ並べはじめた。まりにしていたときや片手に積んでいたときの無造作な調子から一転、手つきもしゃがむ仕草もうやうやしいものに変わる。うつむきひざまずく姿は無防備そのものだったが、見ている側はキテラがひとり、唇をかんで顔をそむけただけだった。


「無論、そなたらがソトツヒの仔と関係を断てば、どね」


 自身が立ちあがるまで待って、レインコートは話をつづけた。


「みどもらとてざまじゃわ。じゃーどけれども、この惑星ほしの『龍脈りゅうみゃく』に属し、《信仰》を注がれて成りたっておるのはそなたら生ける者、トチノモノと同じ。ソトツヒとその仔だけが異なる。外宇宙そらのそとから来たる侵略者がゆえに」


 キテラのつばを呑む気配がする。知らなかったことを知った様子ではない。シグも否定せず、沈黙したまま浮かんでいる。


「龍脈って、なんスか?」


 サラがおくしたふうもなく、またたずねた。


「龍脈とは、星の核をおおうの流れじゃ。氣か? そなたらの言葉でアストラル・エナジー、あるいは魔力。それを欠かしては生命も存在も生まれえぬもの。みどもらは《信仰》と呼んでおる」


 信仰――その言葉を仏僧姿の大マガツヒ・潘尼バンニも口にしていたことをサラは思いだす。おそらく人間が口にするそれとは解釈のまとが異なるのだろう。うがった表現にも取れたが、赤いレインコートの幼女はそこにあてこまれた言葉にひとかどの熱情を持っているらしかった。


「そなたら個体の思念が持つ〝信仰〟とも別なるもの、いわば『肉体の信仰』じゃ。

 そう呼ぶには妙があってのぅ、異なる《信仰》を持つ者ら――つまり異なる惑星や外宇宙に生まれしモノらにとって、なじまぬ《信仰》はそのまま害毒となる。あくまで相いれぬ〝正統〟と〝異端〟のようにのぅ。しかしながら、生命をその外殻がいかくに宿し支える星の龍脈は、ばくだいな資源でもあるのじゃわ。異端がこれを手に入れるには、龍脈を直接おかし、《信仰》をおのれのものに書きかえるよりほかにない」

「……?」サラがここに来て眉をひそめた。「それは、つまり――」


 レインコートは満足そうに「応ど」とうなずいた。


「ソトツヒに龍脈を明け渡す。と、この惑星ほしに生まれたモノが、この惑星ほしに住めぬようになる。生けるトチノモノも精霊も、存在する限り龍脈から《信仰》の供給を受けねばならぬ。トチガミとは、龍脈の防人さきもりじゃ。土地ごとにある龍脈の急所、《信仰》の噴きだし口の守護をつかさどるモノ。そしてここ令法りょうぶのトチガミは、異端の来訪者たる《魔女》にくだされたのじゃわ」


 サラを見ていた赤い瞳が、また次第に上を向く。

 《魔女》そのものではない、その《魔女》がこの土地の《信仰》を練って作った小さな白い木偶でくは、いかにも人形然として顔で、もの言わずに浮いていた。


「《魔女》はソトツヒの本体ではない。もとい、ソトツヒは個を持たぬ大いなる群体。《魔女》は侵略の布石としてそら彼方かなたより伸ばされた指の一本に過ぎぬ。それがどういうわけか、およそ千年、今にちにいたるまで群れをばず、あまつさえトチガミの真似ごとに興じておる。じゃーどけれども、そこにどのような思惑おもわくがあれ、いつでも龍脈を侵しはじめられることに変わりもない。正統のトチガミとなれるみどもらの元へ、引き渡せぬ理由があるかのぅ、シャラ・グードー?」

「理由はないッス」


 問いかけたレインコートがふたたび目を合わせたとき、間を置かずにサラが答えた。


 黒い頬が少しこわばる。

 その目をまっすぐ見据え、じっくりと空気を押しかえすように、サラはいま一度言葉を吐きだした。


「引き渡す理由がないッス」

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