💔17 哨戒
「あれぇぇぇ? おぉかしぃぃぃぃいなぁぁあ?」
据わらない幼児のように首をクネクネかしげる喪服の女を、サラは塔屋のかげからうかがっていた。膝に乗せたウロコドレスの魔法少女、ペトラの小さな体を背中から抱きこみ、悲鳴をあげつづける小さな口を手でふさいでいる。サラ自身もカチカチと音を鳴らしそうになる歯を必死で食いしばり、息づかいより大きく聞こえる自分の鼓動に
(なんなんスか! なんなんスか、いまの!?)
ふらふら浮かぶ足のない女の下にピルクたちの魔法陣が見える。視界の端でとらえたそこに
(シプちーセンパイ! ピルクセンパイ!)
ふたりになにが起きたのか、サラはもはや苦しむまでもなく理解しつつあった。理解という現象が迫るにつれ、拒むように
ありえない。すべてがありえなかった。
(ダメだッ、考えるな! 息をするッス! いまはペトラセンパイのほうがッ)
「ねぇえぇぇ、いたよねぇぇぇ、
伸びきったしゃがれ声に、サラは意識を引きもどされた。壁に頭を当て、すがるように耳をかたむける。警戒することに頭を集中させて、呼吸を取り戻す。
「
「近くにはいますね」
しかし、潘尼と呼ばれた
「《信仰》の流れがふたつ、同じほうへ向かっています」
「ふたぁつぅぅ?」
「目視でもいましたよ。片方は変身していなかったようです」
「へぇぇぇ? じゃあぁ、両方壊していぃぃいぃ?」
「駄目ですよ。わかってるでしょう?」
「ちぇぇぇぇ~」
不平をもらしながら、喪服の女がゆらゆら動きはじめる。髪の隙間からのぞく白い鼻がヒクヒクと動き、「にぃぃおいはするねぇぇ。こぉっちかなぁぁ?」と、サラたちのほうへ近づいてきた。
四角い塔屋の出入り口は異形たちのほうを向いている。サラが逃げられる向きにはフェンスしかない。そもそもペトラ共々腰が抜けていて立ちあがれない。
サラは気を失いかけてもいた。涙も滝のようにあふれてくる。ただその目を、閉じはしなかった。
(考えろ、考えるッス、寓童サラ! 弱っちくても魔法少女になったッス! 一度は戦うって決めたッス! 頭をまわせ! なにか、助かる道をッ……)
不意に、ハッとした。その直感は、形になるより早く脳裏に飛びこんできた。
(あいつ、あーしを素通りしたッス……?)
あいつとは喪服の女だ。女が上空に現れたとき、サラはその真下にピルクの魔法で浮かんでいた。身動きの取れないサラはまな板に置かれた大根も同然だったはずだ。それを無視して、女はピルクのそばに舞い降りた。
(あの半分口裂け女は、『もうひとり』って言ったッス。あっちのデカいお坊さんも、ふたりいるって言ったのに、両方に手を出すのはダメって言ったッス。もっかして……!)
「ペトラセンパイ! 聞こえますかっ?」
サラは抱えこんだペトラの顔のそばですばやくささやいた。しかしペトラは怒れるネコのような息をくり返すだけで、首を縦に振る気配はない。
(これじゃダメっす。ごめんなさい、センパイ!)
サラはいっそう強くペトラを抱きしめると、薄いドレス越しの肩に思いきり咬みついた。
「ンンーッ!? ンーッッッ!!」
ペトラが口をふさがれたまま泣きさけんで暴れはじめる。サラは必死で押さえこもうとしたがいまにも振りほどかれそうだった。信じられない力だ。さらにペトラは胸を締めついていたサラの腕を小さな手でつかむと、それを力いっぱい握りはじめた。
「いッッッ!?」
(や、やばいッ! 先に折られるッス!?)
腕力以外の方法についてサラは必死で考えを巡らした。そして不意に、ポケットの中の固い感触にいたった。
(そうだ! これで――)
「いッ、やあああッ!」
気のゆるんだ瞬間、手を振りほどかれた。ペトラが叫んだ。
かすれた声だった。喉が乾ききっていたのだろう。だが同じ屋上にいる者には届く。
サラは呼吸も手離しかけた。離すなと祈りで頭をいっぱいにしながら、ほどかれた手をポケットに滑りこませた。
「ペトラセンパイッ……陽和ちゃん!」
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