💝14 魔法少女は実現する ~このおおぞらにつばさをひろげ~
大きな円のまわりに三つの小さな円が隣接している――
その〝魔法陣〟を前にして、サラはもう目も口もひらきっぱなしだった。内なるときめきがあふれてもあふれてもまだ湧いてくる。見る目にも明らかなサラの興奮ぶりに、とんがり帽子に青い衣装の魔法少女、アストラル★ピルクもまた、満足そうにうなずいた。
「ほーんと、すごいタイミングで来たな、サラは!」
そう言ったのは、騎士風衣装に金色キツネ耳の魔法少女、アストラル★シプンだ。シプンは屋上の床に広げた模造紙の端にかがみこんで、風で飛ばないよう足と両手で押さえていた。
「シプンが言いだしたの」と今度はピルク。「新入りが来るって聞いたとき、この実験と歓迎会をいっしょにしようって。わたしもそれがいいと思った」
「ホントに飛べるデスか!?」
はやる心を抑えきれずにサラはたずねた。ピルクも待っていたように息をはずませる。
「理論は完璧。そもそも魔法陣を光らせるところまでなら、177冊目のグリモワールですでにたどり着いていたの。わたしたちよりふたつ前の世代でね」
「光ったデスか!?」
「まー電気が通ったような感じだな」とシプン。「183冊目では風も起こしてたぞ!」
「落ち葉がかろうじて動く程度のね。それでも前進は前進。ただ、風だけで人が飛ぶのは危なすぎるから、重力を遮断して反転させる方向に切り替えたの。なにもないところへなにかを出すよりは、すでにあるものを
「やっぱ魔法少女なら飛びたいしな!」
シプンがサラを見あげ、にしし、と子供っぽく笑う。対してピルクは、少し気おくれ気味に苦笑していた。
「まあ、ここまで自信満々に語っておいてなんだけど、成功したとしてせいぜい数センチ浮くくらいよ? 魔法陣を大きくすれば出力をあげられるけど、いまの理論で空を飛ぶには、校庭を借りなくちゃね」
「それでもいきなり人で実験するあたりが
「こら。いま磨理呼び禁止。魔法少女として集中したいんだから」
「ハイ!」
シプンが元気よく返事をした、わけではなかった。誰の視界からもはずれるくらい高く勢いよく手をあげたのは、ひとりだけ変身していないサラだ。
「実験台! したいデス!」
「まじか」
シプンが笑ったまま気まずげな微妙な顔をする。その視線は気づかわしげに相棒のほうへ走ったが、当の青い魔法少女は真顔で「いいわよ」と即答した。
「うはーッ! やったデェース!」
「いいのか!?」
「なんであなたが驚いてるのよ、シプン」
「だって磨理――ぃ、いや、部長が、最初は飛びたいだろって……」
「ぜいたくを言えばね。ただ、間違いなく姿勢がひっくり返ったり、興奮しすぎたりして、魔力のコントロールに集中できなくなるだろうし、できるだけ長い実験データがほしいの。どうせなら、あなたに飛んでもらおうとも思ってたけど」
「い、いや、ウチは……」
めずらしくシプンが心細い顔をして、ふるえる視線をゆらゆらとさまよわせる。はしゃぐサラはふたりの会話も聞こえない様子で、記録係のペトラに抱きつき
「部長が自信持ててからでいいぞ?」
「そう? じゃあ、サラ、お願いね」
「ハイデス!」
ピルクの指示で靴を脱ぎ、サラは模造紙を破らないよう慎重に魔法陣の真ん中に乗る。ピルクと向かい合わせで立ち、背後にシプン、真横に車椅子の上でスケッチブックを広げるペトラがつく。
「変身しなくていいデスか?」
「そのままがいいわ。魔法少女を形づくる魔力と干渉しないとも限らないし。それに、サラぐらい大きな子を浮かせられたら、たいてい誰でも行けるってことになるし」
「ゴメンなー、デカいデカいばっか言って」シプンが苦笑交じりに声をあげる。
「だいじょーぶデスっ、シプちーセンパイ! サラちゃんおっきいの自慢デス!」
「そかー。もしも部長の計算違いでぶっ飛んだら、すぐ変身しろなー? 最悪屋上から放り出されても死なないからなー」
「リョーカイデス! お気づかい感謝デス!」
握りこぶしをかかげ、サラは二の腕に力こぶを作る真似をしてシプンの忠告に答える。向かいではピルクが「
「じゃあ、行くわ。サラ、覚悟はいい?」
「ドントカモン(どんとこい)ッ、デス!」
「マジで英語ダメだなー」
両のこぶしを握って「
ピルクがうなずくと、どこからともなくその手に青い杖が現れる。
ガラスでできた
〝詠唱〟を始めて三秒。屋上に風が吹き、模造紙の押さえていない角が軽く持ちあがる。
――直後、サラは足もとからのそよ風を感じた。同時に、視界の下側がほんのり白んでいるのに気づいた。
見おろし、そして目を見ひらく。
黒い油性ペンで描かれた魔法陣の線という線を、青白い光がなぞり、覆いつくそうとしていた。早くもスカートが波打ち、髪の毛が普段はしない揺れ方をしているのがわかる。
サラはへたに動いてはいけないと頭では理解しつつも、思わず顔をあげてピルクの様子をうかがい、そして周りを見まわそうとした。途端、膝の下に手を入れられたような感覚とともに、バランスを崩した。
本来ならそのまま腰から落ちるところだっただろう。しかし、背中に誰かが手を添えていたかのように、サラは立っているときの高さに浮いた。
「浮いた!?」
「やったデス!」
「まだッ!」
はしゃぎかけるシプンとサラをピルクが動かずに制す。そのまま詠唱を続けていくと、サラはあお向けの姿勢のまま、徐々に高度をあげはじめた。
「おお、おいおい!? 数センチじゃなかったのか!?」
シプンが慌てているが、ピルクは詠唱をやめない。
上昇していくサラは浮力に身を任せ、手足を大の字に伸ばして空を見あげていた。
波のない海に背中で浮いているような感覚。いや、それ以上にもっと抵抗がなく心地いい。そよ風が全身を包んでいて、むしろ海の中にいるような安心感がある。海面に顔をあげようとするクジラは、いつもこんな風景を感じているのだろうか。まるで太陽に吸いこまれていくような。
「すごい……飛んでる! 飛んでるぞサラ!」
「やった。やりましたね! ピルク部長!」
魔法少女たちの
青一色しかない目の前の空に、サラは涙をためた紫の目を思い浮かべようとした。
瞬間、その景色がぶれ、暗闇の中にほの白く光る少女の姿を見た。
――
「え……?」
不意にサラは、自分が目を閉じていたことに気がつく。
魔法による空中浮遊があまりに心地よくて、眠りかけていたのだろうか。いけない。上昇はうまくいっても下降がわからなければ変身しなくてはいけないかもしれない。油断するにはまだ早い。
とは言っても、陽光と空しかない目の前の景色はなにものにも替えがたい。幸運の秋晴れをながめ、いましばらくはひたっていよう。そう思って体の力を抜きかけたとき――空の真ん中に小さな黒い点があることに気がついた。
なんだろう。鳥かなと、サラは日差しを手でさえぎって目をこらす。
その黒点はにじみだすようにして、だんだんと大きさを増していた。落ちてきている? 違った。高度は変わらない。本当にそれは、徐々に空の中へしみ出している。
雲が生まれ落ちるように、もやもやとしていたその影は、なにかのかたちを取りつつあった。末広がりの、黒い、ヒレの大きな熱帯魚のようなかたち――
その、頭の部分に、サラは見た。
深い
そして聞いた。
祝うような、崇めるような、喜悦と恍惚に満ちたうめき声を、天から。
――ミ
――ィ
――ツ
――ケ
――タ。
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