💝12 魔法少女は参加する・2 ~こどものときゆめみたこと~
「変身して死んじゃうと、どうなるデスか?」
サラはためらいなくたずねていた。
魔法少女ふたりが顔を見合わせ、やや気まずそうに留学生風の少女へ向き直る。
「一応、ウチらはトラックにはねられても平気なはずだけどなー? 本当の自分の体は無事なわけだから、最悪怪我しても変身解いちゃえば、なかったことになるし……」
「認識阻害の魔法があるから、魔法少女のまま遺体になってしまったら、世間的には永遠に身元不明ね」
ピルクが簡潔に答えると、
「部長ぉ~ッ、さらっと言うなよっ。こわいだろー?」
「わ、わたしだっていまゾクッとしたわよ! でも、万一の話だし……」
「魔法が解けて、変身が戻らないデスか?」
「その前に魂の糸が切れちゃうから、元の体は次元のはざまへ行方不明になっちゃうのよ」
「
「どうしろっていうのよ、わたしにっ!」
「なぜッスかねぇ」
サラはつぶやいた。
「やー、たしかにこわいはこわいッス。けど、ある意味至れり尽くせりッスよね。過保護っちゅーか、あーしらが損だけはしないよう契約ガチガチって感じッス。シグシグに魔力を取られすぎないってのもそう。そのくせ契約者が死んだあとも残る認識阻害ってなーんか不自然ッスし、いったいなにから……」
誰にともなく、たずねたつもりもなかった。こぶしをあごに当て、夢中で考えごとをそのまま口に出していた。
そうして不意に、顔をあげる。目の前に、青と白金の魔法少女がふたり。どちらもサラを見て、目を点にして固まっている。
「おり? どうかしたデスか?」
「え、え? あ、あの、口調……」
「クチョ?」
「んー、いや、気のせいだったんじゃないかーぁ?」
心なしか震えているピルクの隣りで、シプンが無理やり作ったような笑みを浮かべて首をかく。サラはにっこり笑いかえす。
「気のせい、かしら……?」
「気のせいデーッス~」
「気のせいだぞッス~」
「えっ? あれ? え……?」
混乱しているピルクにサラとシプンが同時に笑いかけ、ピルクはいっそう
「準備っ、できました!」
とそのとき、三人の輪の外から四つ目の声がかかる。
屋上の出入り口のそばで、車椅子に腰かけた緑色の魔法少女が、膝の上のスケッチブックから
「あぁーっ、とぉっ」シプンが慌てて手を振りかえす。「ちょ、ちょい待ってなー?」
「えぇっと……なんの話だったかしら?」
隣りでピルクもわれに返った様子で、あたふたとサラに体を向け直していた。
「魔法少女の体は魔力で作られた別の体って話デース」
「まだそこかー。もったいぶりすぎたなー」
ハの字眉でシプンも苦笑する。ピルクは自分を落ちつけるように息をついて、なにかのクセのように眉間に指を押し当てていた。
「じゃあ、手短にだけど、順を追って。あのマスコット――シグが契約を必要とするのは、自分が使える魔力を自分で持っていないから、なのは知ってるのよね?」
「ハイデス。魔力をさしあげる契約デスね」
「そう。その代わりにわたしたちは、好きなだけ魔法少女に変身していい……ってまるでフェアな取り引きっぽく言われてるけど、結局変身魔法に使われるのも、わたしたちに生まれつき備わってる魔力なのよ。どんな魔法もみんな、わたしたちの自前の魔力なの」
「あいつは使い方を知ってるだけってことだなっ」
シプンが言ったことをピルクが指を立てて「正解」と評する。シプンは満足げにうなずくと、「先、ペトラのとこ行ってるなー?」と言い残し、小走りで後輩のもとへ駆けていく。
ピルクはかまわず、「逆に」と続けた。
「逆に、わたしたちは使い方を知らないだけ。魔法にとって魔力が誰のものかがどうでもいいなら、使い方を知ってるかどうかだけが鍵ということ。いいえ、魔力がむしろ本来わたしたちのものであるなら、わたしたち自身で使うほうが理に適ってるのかもしれない。純粋に魔力だけの存在である魔法少女の体でなら、さらに可能性は高くなる。この、『魔法少女のグリモワール』は……」
よどみなく語りながら、ピルクは抱えていたノートの束を見おろし、やさしく強く抱きしめていた。
「その説を信じた魔法少女たちが、自分たちの研究とその成果を、ずっとずっとしたためてきたものよ。いつの日か、魔法少女が魔法を使う日を願って」
ピルクは顔をあげた。サラがグリモワールを見ていた。薄くリップの乗った唇をぱっくりとあけ、宝石のような深い緑の目をキラキラと輝かせている。
ずるい顔だなあ、とピルクは思った。薄化粧で映える美貌も、気持ちを表に出す素直さも、魔法少女になる前の自分にはなかったものだ。
けれど、いまは同じようにかげりなく笑える。だって、今日からわたしは――
「論証はほかにもあるの」
サラの反応を見て満足したピルクは、うながしてともに部員たちの待つほうへ歩きだしながら、さらに語った。
「こっちのグリモワールの元になった『魔女のグリモワール』。それがあれば、魔法少女でない人間でさえ魔法を使えるようになると言われてるのよ」
「そんなものもあるデスか!?」
「半分都市伝説だけどね」ここはおどけるように苦笑うピルク。「でも、あの魔法生物が持ってるのを見たってメモは、こっちのグリモワールに何度か出てくるの」
「シグが?」
「あいつが持ってるんじゃ、盗るのは無理だけどなっ」
ペトラとなにやら打ち合わせをしていたらしきシプンが、近づいてきたピルクたちに顔を向けて言った。
「万一なんかの間違いでブン
「まあね。向こうはしばらく弱体化するのを我慢すればいいだけだし。どうせ魔法少女なんて、替えのきく電池ぐらいにしか思ってないんだから」
一瞬、ピルクの声が低く沈む。だがすぐに「とにかく」と持ち直し、
「その存在が真実ならますます、魔法少女が魔法を絶対使えないわけじゃないって確信できる。わたしたちは同じ確信を得た過去の魔法少女たちの思い出を引き継いで、活かせるように努力してきた。グリモワールはもう199冊目。二百冊目を目前にして、わたしたちはやりとげたの」
サラはハッとしてピルクを見た。それから、どこかもったいつけた様子で歩み寄ってくるシプンにも気がついた。
シプンは巻いて筒状にした大きな紙を抱えている。部室から持ってあがってきた模造紙だ。長さと筒の厚みから、広さ二畳はありそうな。
「やりとげたのよ」と、ピルクはくり返した。
わきでシプンが「ドッキリじゃないぞー?」といたずらっぽく笑う。
「マサカ……!?」
思わず口走ったサラを見て、ピルクは眉と口角をあげ、威厳ある魔女のように首肯した。
「今日、人類は初めて、空を飛ぶ」
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